第32話 炎の記憶

文字数 1,545文字

 異形の魔物と怪物の喧嘩は続いていて、何かの破片やら魔物の黒い血が砂漠に降り注いでいる。
 緑色の皮膚と金色の髪を持つシイラが、腕を組んで、その戦闘を眺めながら言う。

「あん時の砂蟲(サンドワーム)は姉様の使いだったさ。あんたに伝えたこと全部聞かれてたみたい」

 屈託(くったく)無い笑顔のまま続ける。

「お仕置きでまた百年くらい眠らされそうだったから、逃げてきたんだよ」

 スワビ達はおれと同じく、この光景と彼女の言葉をよく理解できていない。押し黙って様子を見ている。
 風馬(ペガサス)は吹き飛ばされた後、ぐったりして横たわっている。

「シイラ。あの空飛ぶ人面がアーメルの使いだとしたら、怪物の方はお前が呼んだのか」
「あの子は怪物じゃない、アタイの幼馴染(おさななじみ)さ」

 またおれの理解できない話になったが、とりあえず人面の方をなんとかすることにした。

「人面の魔物の魔導珠(まどうじゅ)は、どこに埋まってるんだ」
「皆、アタイ達と同じ、左目の奥さ」

 聞いていたスワビが驚きの声をあげる。

「この子、魔物なのかぁ?」
「なにがこの子だよ、アタイはあんた達の何十人分も余計に生きてるんだ、誰かさんみたいにね」

 彼女はそう言って悪戯(いたずら)っぽい笑顔に変わる。

 パナタに黄色く輝く鉱石を渡し、モアーニとスワビも交え作戦を伝える。
 シイラには、幼馴染とかいう魔物に一度退いてもらうよう依頼した。彼女が指笛を鳴らすと、山の如き怪物は動きを止め、何本も生えた脚を懸命に動かして後退(あとずさ)りする。

 冷静になったのか、空飛ぶ異形の魔物がシイラを見つけてこちらを向き移動し始める。

 パナタが宙に魔法陣を描き、鉱石をかざす。
 砂漠の砂の下から石柱が生えて、おれとスワビ、モアーニを乗せ、速度を上げながら空へと伸びていく。うねりながら伸び続け、異形の魔物の正面へ迫る。

 おれ達を凝視し、魔物は大きく口を開けて待ち構える。

 スワビとモアーニが球状の火の魔道具を口に向かって投げ入れる。
 そして、すぐに彼等は石柱から飛び降りる。
 咄嗟に口を閉じた魔物の内側から炎が上がり、鼻からは黒い煙が噴出する。

 石柱は魔物の高度を越して、さらに空を目指し続ける。おれは石柱から魔物の頭へと飛び移る。

 口を爆破された魔物は、混乱して左右に顔を振り続けていた。
 振り落とされないように、長剣(ロングソード)を頭に突き刺し踏ん張る。

 おれは目を閉じて古の記憶を呼び覚ます。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 血宵(けっしょう)の戦士キヴリは、悪の王と呼ばれる男に雇われていた。
 悪の王は、隣国をその手中に収めようとしていた。キヴリは兵隊長として敵対する国の村や街を廻り、そこに暮らす戦争とは関係のない人々をも斬り捨てていった。そして、その国の王都へと向かって進軍していた。

 或る時、勇者ダイフと名乗る男が現れ、村が炎に包まれる中での戦いの末、キヴリの剣を弾く。そして、喉元に剣先を突きつけ、爽やかな笑顔で言い放った。

「俺と一緒に東の海へ行こう、狂ってしまった海の神を沈めるんだ」

 キヴリは自分よりも強い者に初めて出会い、勇者に服従を誓った。いつか勇者を倒せるまでに強くなる。それまでは。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 おれは目を開ける。
 両腕から黒い胞子が湧き出てくる。腕は鋼の様な光沢を帯び、おれの目から紅い涙が溢れる。
 おれは長剣に力を注ぎ込む。剣は紅い光を放ち始め、その光が膨れ上がる。

 ふと、おれの横に人の気配を感じた。
 顔を上げると、あの頃の勇者ダイフの姿があった。

「キヴリ、いつか一緒に大陸中を旅しよう」

 彼はそう言って笑い、消えた。

 刺さったままの長剣から豪炎(ごうえん)が放たれ、魔物の左目を焼き尽くす。異形の魔物は、情けない悲鳴を(とどろ)かせて、どろどろと溶けていく。
 おれは宙に放り出されて落ち始める。力を使い果たし、意識が遠のく。

 きっとパナタが風の魔術で受け止めてくれるだろう。
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