第10話 宿場から

文字数 1,730文字

 漆黒(しっこく)の空に数千の光が(きら)めく刻、おれとパナタは谷底に流れる青色の川を見下ろすように、川縁(かわぶち)の柵に腰掛けていた。

「僕は王都で、この大陸の歴史の編纂(へんさん)をしていたことがあるんだ」

 ゆったりと(きら)めき流れる川を眺めながら、パナタが話し始める。

「千年前の海洋神との戦いのことも調べていたけど、当時のことを(のこ)した書物や石板は見つからなかった。だから、各国に伝わる詩を集めたり、長寿の種族に話を聴きに行ったりして、少しずつ大陸の過去を知っていったんだよ」

 おれは黙ったまま、パナタが落ち着いた声で続けるのを聴いている。

「東の海から魔導珠(まどうじゅ)を宿した魔物が現れた時のこと。ずっと雲が大陸を覆っていて、誰も空を見たことがなかった時のこと。幾つもの話を繋げて、想像したんだ」
「なぁ、パナタ」
「……だけど、悲劇の時がいつ終わったのか、国によって話が全く違ったりしてね。勇者が活躍して海洋神を倒したって話もあれば、実は海洋神は人の子として生まれ変わり、今も大陸の破滅を狙っているなんて話もあった」

 パナタはおれの言葉を聴いてない風で続けた。

総帥(そうすい)が言ってた、(いにしえ)の宿命とか呪いってのが気になってさ。ルキは何か知ってるんじゃないか?」

 彼はおれをじっと見て、少し口の端を曲げながら言う。
 両腕に少しの痺れを感じた。おれは少しの間、川面(かわも)(きら)めきを見つめ、頭の中で言葉をまとめる。

「おれは……確かに、お前が知らないことをたくさん知ってる。でも、それを口にすることができないんだ」
「それも呪いってやつなのか?」

 おれはパナタに背を向ける。彼はおれの気持ちを受け取ってくれるはずだ。
 彼はしばらく黙っていた後、静かに歩き出し、両親の家へ戻って行った。

 遅れてパナタの両親の家に戻ると、スワビとモアーニは、この地特産の酒でずいぶんと酔っ払っていた。
 パナタはおれの席を用意していて、母親を手伝って料理を運んできてくれた。
 夜遅くまで、たわいもない話をしながら、穏やかな夜は過ぎていった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 パナタの狭い部屋に4人で泊まり、窮屈(きゅうくつ)な姿勢で寝たので身体が痛い。家の外に出て、谷に降り注ぐ陽光を浴びながら伸びをして、帰り支度を始めた。
 パナタは宿場リミルガンに採取した薬草や土を持ち帰る用事がある。おれ達も、いったん宿場に戻って旅の疲れを癒(いや)そうということで、全員の目的地は同じ場所に決まった。

 彼の両親に礼を伝え、少しの食糧を貰い、宿場に向かうため出発した。

 風の里からは、来た時と同じ飛行船で抜けた。その後は、同じ方向へ向かう荷馬車を見つけられず、3日ほど道なりに歩いて宿場に戻った。途中で一度、小さな集落に宿泊したが、近くの湖は水が冷たく、身体を洗うことができなかった。
 だから、まず湯浴(ゆあ)び場に向かった。宿の外にある井戸の水を使って、汚れきっていた服も洗った。服を干して宿の部屋に戻り、木製の固い寝床に布を敷いて横になると、泥のように眠った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 それから幾夜かが過ぎ、巨大鬼(オーガ)に吹き飛ばされた時から残る痛みが身体から消えた頃、宿の食堂でスワビと会った。

「冒険者やら行商人が王都に向かってるらしくて、今はめぼしい依頼が無いねぇ」

 王都では、破壊された家や城の復旧に人手が必要で、この辺りの冒険者達も、その作業に駆り出されているそうだ。
 スワビは安宿に滞在していたが、宿代の支払いができず、今は宿場近くの広場に厚布の天幕を張って寝ているらしい。

「このまま仕事が無いなら、他の街に行かなきゃねぇ」

 スワビが言うには、モアーニはすでに何処(どこ)かに行ってしまい、パナタは薬草研究の手伝いに熱心らしい。
 
 風の総帥の言っていた、北の極地ゴルンカダルのことが気になった。広く大陸を渡り歩いている旅商人に尋ねると、その場所は幾つもの道なき山を越えるため馬で行けず、歩くとなると数十夜はかかるという。また、海からは近付けないほど険しい高地にあるとのことだった。

 長きにわたり、おれは宿命を果たす時を待ち続けた。それが北の極地にあるのならば、旅に出る覚悟をすべきだ。
 狂おしいほどに(あか)く染まる遠い空を眺めながら、おれは、過ぎ去りし日々を(おも)い返し、この先に待つであろう苦難の日々に心を砕いていた。
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