第172話 人のいいとこ探し Cパート

文字数 5,313文字


 そして改めて今日優希君に提案した通り、
『……お疲れ様です。雪野です』
 今更なのかと躊躇う気持ちはあったけれど、思い切って私から雪野さんに連絡する。
『私。岡本だけれど分かる?』
 電話越しとは言え、明らかに雪野さんの声に張りも元気もない。
 それにしてもお疲れ様ですって……まじめな雪野さんらしいなって思う。
『電話でまでワタシをバカにしに来たんですか? 連絡網で登録したんですから、表示されるに決まってるじゃないですか』
 ……心配した分、私にはいつも通りの雪野さんに安心して良いのか、嘆いて良いのか判断に迷う。
『そんなつもりじゃなかったんだけれど……ごめんね』
 でも連絡の行き違いの無いようにって、あの時雪野さんはいなかったけれど彩風さん経由で交換したのは間違いなかった。
『ちょっとやめて下さい。何で岡本先輩が謝るんですか。いつも通り二枚舌でワタシを言いくるめたら良いじゃないですか』
 いやちょっと待って欲しい。その二枚舌って言うのはもう印象として確定なのか。しかも私がいつも言いくるめているようなその言い方。せめて説得とかに直してもらわないと、私の印象ってどんどん黒く――もとい、悪くなっているんじゃないのか。
『二枚舌って……その言い方何とかならないの? それに相手の名前が出るのも当たり前で、私が謝るのも道理なんだからそれこそ雪野さんが恐縮する話じゃないんじゃないの?』
 ……ひょっとして雪野さんって……
『岡本先輩が謝るまでの瑕疵なんて何もありません。むしろ謝らないといけなかったのはワタシの方じゃないですか』
 いやもう一回待って。どう言う思考で雪野さんが謝らないと――まさかとは思うけれど。
『何で? 私は、雪野さん

は何もされていないし、腹も立てていないよ』
 今の二年の集団同調の話をしているのか。だとしたら何としてでも謝らせたら駄目だ。
『でも今は岡本先輩と、議論する気はワタシにはありません』
『……』
 本気で焦った瞬間でのまさかの一言。電話口とは言えよく叫ばなかったなって自讃しても良いと思う。
『それで何の用があってご連絡いただいたんでしょうか』
 いや、だから今、雪野さんが否定した話をするために電話したんだけれど、出鼻をくじかれた私はどうしたら良いのか。
『……議論する気は無いって、私とは喋る気が無いって事?』
 いやでも、雪野さんが謝りたいって言うくらいなんだからそれもおかしいのか。口に出した後で気づく。
『霧ちゃんみたいな事言い出さないで下さい。それとも大切な話を顔も見ずに電話で済ませるような先輩だったんですか?』
 しかも今度は全く可愛くない後輩と一緒にしようとする、頭の固い可愛い後輩。
『大切な話って言うけれど、私は雪野さんが何について話そうとしているのかもまだ聞いていないし、私の目的も話していないよね。それに大切な話だからこそ、少しでも早く相手に伝えようとするものなんじゃないの?』
 一週間もの間何も行動しなかった私が言うのもなんだけれど、気付いてしまったら少しでも見せる誠意ではあると思うのだけれど。
『やっぱりワタシと岡本先輩では考え方が違うんですね。先輩だからって何と言われても、今話す気はありませんから』
 私だって雪野さんみたいに頭が固い訳じゃ無いっての。しかも私がいつ先輩だからって後輩を強制したよ。
『分かったよ。じゃあ今はもう何も聞かない』
 でも雪野さんの頭の固さもすごいけれど、ヒントになりそうなやり取りはあったのだから、今はこれ以上拗れる前に引いておく。
『……岡本先輩のご容態はいかがなんですか?』
 それが功を奏したと思って良いのか、話題自体が変わる。しかも私の予想を裏付ける方向で。
『完治とまではいかないけれど、大体は快癒したよ。次の火曜日の診断次第では水曜日から学校には行けるかもしれないかな』
 私の予想通りなのか、私の傷病報告に対して一息つく雪野さん。だとしたら何の関係も無い雪野さんが気に病む必要は全くないのだから、私から特に何も気にする必要は、もちろん周りの意見も聞く耳を持つ必要は無いと遠回しに伝えるだけだ。
『……――だとしたら、岡本先輩が登校された時、ワタシに時間を頂けませんか?』
 私の返事に一息ついた後、私に提案するのにやっぱり覚悟がいると思い込んでいるのか、二度三度深呼吸をした後、意を決したように雪野さんの気持ちを電話越しに聞く。
『もちろんっ。どっちにしても復学したらまた、お昼は雪野さんとするつもりだったから、いくらでも時間の都合は付けるよ』
 無論そこでする話を半ば予想しながら。
『分かりました。その際はお手数ですがご一報をお願いします』
 それにしても更にご一報って……
『分かった。じゃあ改めて雪野さんのお話、楽しみにしているね』
『……それでは失礼します』
 でもまあ、やっぱり雪野さんらしいと言えば雪野さんらしいのかもしれない。
 私は通話を終えた電話機を眺めながら、いつもと変わらない雪野さんに笑顔を浮かべながら、やっぱり呆れる。

 夜ご飯を終えてからこっち、電話口で涙を浮かべたり呆れたり……端から見ていたらさぞおかしい人に見えているんだろうなって思っていると、
『どうしたの? 蒼ちゃん』
 次は蒼ちゃんからの電話だ。
『良かった! やっと繋がった……今、愛ちゃんの家の前にいるんだけど、入れてくれないかな』
『っ?! 分かった! すぐ行くから』
 まさかの話の展開について行けない。
 とにかく女の子、私の親友を深夜に差し掛かるこの時間に一人、外になんて置けないからととにかく先に家に上がってもらう。


 一目見た蒼ちゃんの表情に全く余裕がなさそうだったから、お母さんに一声だけかけて、一度鍵をかけた私の部屋の中で落ち着いてもらう。
 そこで蒼ちゃんの口から出て来たのは、何と家出だった。
 さすがにこんな時間になって出て行ったきりだと、おばさん達が心配しているだろうと連絡だけはと思って立ち上がったら
「私、あんな家に帰りたくない!」
 何とそのまま私のベッドに潜り込んでしまう。当然蒼ちゃんの状態も学校側や先生からの説明を受けているであろう私の両親。だから心配をしているのもリビングを横切る際に少しだけ見えた表情からも伺えた。
「帰りたくないって何があったの?」
 迷った末電話をするのは一旦辞めて、まずは蒼ちゃんの話を聞くのを優先する。
「……」
 もちろんもう一度座り直した上で。
「もう学校を辞めさせて、料理学校に通わせるってこの一週間全然聞いてくれないの。その為に学校に退学届けを出すって言って聞いてくれないの。その上、私がこんな状態なんだから親友だって言うなら、そっとしとくんじゃないのかって愛ちゃんの悪口ばっかり言うようになって、大体公欠って学校からの指示休みなのに勝手に外に出歩くとか、人様の娘まで連れ出して何を考えてるんだって。常識を疑うって言ってて、非常識な人間と付き合うのは辞めなさいって言われ続けて我慢出来なくなったの。それに明日学校に抗議の連絡もするって言ってたから……迷惑かけてごめんね」
 触りだけでも話して落ち着いて来たのか、最後は心細そうに謝る蒼ちゃん。
「ううん。私の方こそごめんね。やっぱり蒼ちゃんには無理させずに安静にしてもらっておくべきだった――」
「――そうじゃないよ! 私、前に言ったけど心に元気が無かったら治りも遅くなるって言われたって。だからこの週末の外出は私にとっても愛ちゃんにとっても、病院の先生が言ってたくらいなんだからとっても大切な外出だったんだよ」
 私のベッドから顔だけ出して私の自責を軽くしてくれる蒼ちゃん。
「ありがとう蒼ちゃん」
 蒼ちゃんが痛みを感じない様に布団の上から優しく抱きつく。
 実際実祝さんとの仲直りも、倉本君との話も蒼ちゃんが立ち会ってくれていなかったらどうなっていたのかは分からない。
 特に倉本君との話は、もう話ですらなかったし私に対して“そう言う目”で見た上、あれこれ怖い思いもしただけに、蒼ちゃんがいてくれたのは本当に助かったのだ。
 それに蒼ちゃんは焦点をずらしてくれたのだと思うけれど、私の悪口を言われたから家出をしてくれた理由に繋がったのも、さっきの話からして明白なのだ……家出してくれたって言うのはさすがに不謹慎かもしれないけれど。
 ただいずれにしてもつい最近どころか、今さっきまで耳にしていた話ではあった。
「話してくれてありがとう蒼ちゃん。取り敢えずこのままって訳にはいかないから、一度親に話して来ても良い?」
 ただ私の家は、慶とお母さんの連携もあって、お父さんとの一週間以上にも及ぶ大喧嘩の末、まさに今さっき納得って言うか、仲直りをしたところなのだ。
「……」
「大丈夫。絶対蒼ちゃんの悪いようにはしない。蒼ちゃんとの約束を果たすために私にも頑張らせてよ」
 今度こそ蒼ちゃんから受け取った想いを、少しでも返せる時なのかもしれない。
「分かった。以降の判断は愛ちゃんに任せるね」
「じゃあ話してくるけれど、慶だけはこの部屋に入れないでね」
 万一寛いでもらっている傘に文句でも言われたら、確実に喧嘩になるし下手したら喧嘩じゃな済まないかも知れない。
「大丈夫だよ。そもそもいくら慶久君とは言っても、同じ部屋の中で男の人と二人きりなんて私には怖いよぉ」
「蒼ちゃん……」
 お母さんの言う事も分かるけれど、尊厳まで踏みにじられ恐怖を植え付けられると、お母さんみたいな考え方なんてやっぱり出来ない。
「だから愛ちゃんが出て行った後、慶久君には悪いけど鍵かけさせてもらうから、早く戻って聞くれたら嬉しいな」
 私は出来る限り蒼ちゃんの意向に添えられるように、両親に説明をしにリビングへと顔を出す。

「えっとどうしたんだ? こんな時間にって何があったんだ?」
「……」
 当然二人共蒼ちゃんを良く知っているから、気にもしてくれる。だから重いため息をつきながら、

 ①両親から学校を辞めて料理学校に通わせるって言われ続けて揉めた
 ②私が外に連れ出したのを、友達なら安静にさせておくものだろうと見咎められた
 ③私を非常識な人間と言われた上、友達付き合いを考えなさいと言われた
 ④明日学校に抗議の電話をすると言っている
 ⑤ただ、病院の先生は色々な人と喋って心に元気をつけるのが、治りを早くする 
  近道だって言ってもらっている

 その結果蒼ちゃんは家出を決行したと。どうせ隠したってバレるのだからと、包み隠さず要点として伝える。
「全く愛美が非常識とはどう言うつもりなんだ! 愛美だって被害者じゃないか!」
 言葉はすごく威勢が良いのだけれど、どうも表情とか目線とかがアヤシイ。どうしてそんなに挙動不審になるのか。
「お父さんの不安も分かりますが、まずはもっと腰を落ち着けて下さい。愛美とはもう仲直りしたんですから、愛美が家出をする理由なんてありませんよ」
 ああ……そう言う事なのか。
 なんだかんだ言っても私を大切にしてくれているのと、心配してくれる気持ちが伝わって来ると言うか、お母さんが教えてくれたおかげで、理解出来た。
 つまりお父さんはもう私の気持ちを理解してくれているから頼りになるし、私の気持ちをはじめから理解してくれているお母さんは言わずもがな。だ。
「……とにかく蒼依って子には今日はもう遅いから泊まってもらいなさい。それから蒼依って子の連絡先だけは紙に書いておいといてくれ」
「連絡先って蒼ちゃんの家に――」
「――連絡はする。だけどそれは“保護してる”と言う連絡をするだけだ」
「そうよ愛美。さすがに連絡だけはしとかないと、万一愛美に家出なんかされて、行方不明なんて話になったら、お父さんもお母さんも警察へ届けたとしても、心配のし過ぎで寿命は確実に縮むわよ」
 でもそうか。確かに蒼ちゃんの両親は心配しているのか。
「それに初めの対処を間違えたら、後がもっと大変になるわよ」
 確かにそうかも知れない。朱先輩から教えてもらった防衛本能が働いてしまえば、もっと態度が頑なになって行くのはお父さんを見ていれば変わる話だった。
「大丈夫だ。今夜は泊ってもらうから安心していい。それにお互いが落ち着くのに一度距離を空けると言うのも一つではあるからな。だから愛美を頼って来てくれた友達の話を、安心してじっくり聞くと良い」
 どうやら今夜から明日にかけては、また長い一日になりそうだ。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
        まずは一晩は泊めるのが確実になった岡本家
         その際に事の顛末を改めて細かく伺う事に

      ただその話もさることながら、お互いの経験を通して
       二人の恋愛観も大きく変わりつつあるのを確認する

          翌日女だけで改めて話を伺う事になるけど
            そこに秘められた想いもあって
            他者だからこそ気付ける想い……
        「あら。愛美ってやっぱり学校でも人気あるの?」

          次回 第173話 本人の意思と一時保護
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