第172話 人のいいとこ探し Aパート

文字数 4,520文字


宛元:優希君
題名:僕も好きだよ
本文:愛美さんを彼女に出来て良かった

 私の気持ちだけを送ったメッセージに対して、嬉しい感想を貰った私は、首に付いた口付けの痕の言い訳を考えてから、今日は気分良く家に帰る。
「少し遅くなったけれど、ただいま」
 私が玄関を跨いだ時、
「愛美。その首はどうしたの?」
 今日はお母さんが出迎えてくれる。
「ちょっと首を虫に刺されて」
 お母さんだとすぐにばれてしまうとは思うのだけれど、万一お父さんに聞かれても大変だから、まずは用意しておいた理由を口にしておく。
「そう? お母さんはそのタオルの出処を聞きたかったのだけど、まあ大体の事情は分かったわよ。そしたらもうすぐご飯も出来るから、先に汗を流して来なさいな。お父さんが愛美に話があるみたいよ」
 ……タオルか。完全に余計な一言を言ってしまったがために全部バレた気がする。
 せっかく今日の昼間にお父さんが先生の話を聞いてくれたはずなのに、この首と巻いたタオルをお父さんに見られたらまた態度が硬化しかねないと思って、リビングには顔を出さずに、着替えだけを用意して改めて汗を流す。
「汗。流し終わったら傷テープを置いておくから、貼っておきなさいな。でないと今日のお父さん。輪をかけてうるさいわよ」
 ……やっぱりバレているのかと半ばあきらめながら。

 浴槽で汗を流している最中、今日のデートを少しだけ振り返る事にする。
 優希君とのデートは幸せで楽しいのは当たり前なのだから、そっちは一旦置いておくことにする。
 それ以外の話でまず一つ気になるのは、昨日、今日で倉本君と彩風さんの話がどのくらい進んだのか。倉本君の話だと、明日月曜日に雪野さん残留と言うか、統括会としての意思を伝えると言う話で学校側の条件としては、倉本君自身の成績の要件、同じ話し合いに同席するパートナーである彩風さんとの意見のすり合わせ、明日再交渉予定の雪野さんの事も含めて、何か一つは要件を満たさないといけなかったはずなのだ。
 その中で成績に関しては次のテストまで待たないといけないし、渦中の雪野さんの話をするんだから、必然的に学校側の条件としては彩風さんとの意見をまとめる事。“五人で一つのチーム”と倉本君自身が言っていたように、統括会内の意見を一つにまとめると言うのが、学校側の求める事前条件でそこは間違いないはずなのだ。
 だから昨日、今日で二人の話がうまく行かないと、倉本君には特別厳しいあの教頭の事だから、明日話すらしてくれない気がする。
 そして次に気になると言えば、渦中……とは言っても直接何かをした訳では無い雪野さんだ。この後お父さんと話をして、みんなでご飯を食べたら連絡するつもりではいるけれど……雪野さんが追い込まれている事には変わりないのだから、しっかりと話を聞くつもりをしておかないと、間違っても挑発に乗るような事だけはあってはならないと、意識を強く持っておかないといけない。
 そして今日最後に連絡交換をした御国さんと優珠希ちゃんだ。
 私がいなくても、誰に言われる事なく、停止期間中にもかかわらず自主的に部活をしている姿。本当に園芸とお花が好きなんだなって分かる、伝わる。
 だから私としても統括会として、生徒が楽しく学校生活が送れるように二人の力になりたいと思って、先生にだけは先に伝えてはいる。
 そして最後に保健室。御国さんの容態を見かねた私が提案したら、兄妹揃って綺麗に反対した上、御国さんも何も言わなかった。
 もちろん私も蒼ちゃんに対して取った今までの言動があるから、あの先生を信用するのは辞めてしまっている。だけれど、保健室で見かけたあの二人、あの腹黒に対して礼儀正しく振舞っていた優珠希ちゃんがキッパリ否定するところを見ると、何かあったのか。
 もちろんあの朱先輩からの電話で、おおよその検討は付くけれど。
 とにかく今後も一波乱どころか、大荒れになる場面もありそうだと腹積もりをしてお風呂を終わらせる。


 忘れずに傷テープを貼って、一通りの身支度を整えてリビングに足を踏み入れた時、
「ねーちゃん。よりにもよって学校のセンコーと付き合ってたのかよ。んな変態と付き合って大丈夫なのかよ」
 何故か完全にふてくされている慶の言葉を聞いて、ズッコケそうになる。
「はぁ? 何を意味の分からない事言ってんの?」
「慶久。そんな馬鹿な事がある訳ないだろ」
 本当ならお父さんの言う通りなんだけれど、それでもなんかニアンスが違う気がする。
「えっと。今日先生の話を聞いてくれたんだよね」
 勝手な事ばかり口にする男二人は置いておいて、まずはお母さんに話を聞くようにする。
「ええ。教頭先生と、担任の先生もいらしてたわよ」
 え……先生も来るなんて私聞いていないんだけれど。
「愛美! いくら好青年だから知らないが、教師が生徒に手を出すような男は、いくら母さんの話を真に受けたとしても辞めておきなさい」
 いや……好青年って……年は確かにまだ若そうではあるけれど、そんなにあの先生……格好良いのかな。男の人をそういう基準で見た事が無いから、何とも言えないけれど
「辞めておきなさいって、先生とお付き合いするわけないじゃない」
 私には優希君がいるのだから。
「だから言ったじゃありませんか。愛美の相手としては役者不足ですって」
「だったらあの男は何をしに来たんだ!」
「愛美と学校の話をして下さったじゃありませんか。それ以上のお話なんて、それこそ私に分かる訳ありません」
 かと思ったらお母さんがまた、とんでもない毒を吐く。
「そもそも先生の話はちゃんと聞いてくれたの?」
 だけれどその肝心の話が出て来ないのは、どうにも気になって聞くと何故かお母さんが苦笑いを見せる。
「ええ。しっかりご説明頂いたわよ。これ以上ないって言うくらいものすごく分かりやすくね」
 ……分かりやすく説明してもらって、最後まで話を聞いて、何で初めに出て来る感想がそれなのか。もっとこう、私の学校の話とかじゃないのか。
「とにかく! 愛美に乱暴した男子があの学校からいなくなったのは分かった。その上で愛美の進学、将来の為に今転校するのが良くない理由も分かった」
 ビックリする。あれだけ頑なだったお父さんの考えを、今日半日だけで変えるなんて先生はどれだけ頑張ってくれたんだろう……。
「……」
「ちょっと母さん! あれは男に恋してる表情じゃないのか?!」
「……何?」
 お父さんの言葉にハッとした私が、慶の視線に牽制を入れると、
「べっつに? ただねーちゃんに男とか似合わねーって思っただけだっつうの」
 あんな視線を向けられるよりはるかにマシだけれど、ホンッと失礼する。それに一向に自分に彼女が出来ないからって僻み過ぎじゃないのか。
「愛美だって年頃の娘です。年上の男性に憧れる事だってあるに決まっています。それともお父さんは愛美に恋もするなと仰るんですか?」
 いや待って欲しい。誤解を放って耽っていた私も私だけれど、ただ応援していた先生が、私の期待

で応えてくれたのが嬉しかっただけなのに。
「こ、恋?! 俺は認めんからな! あんな教師、愛美の相手として俺は絶対認めんからな!」
 怒ると言うより、必死になっているお父さんにはややこしくなりそうだから口にはしないけれど。
「で。先生との仲は認めなくても良いけれど、私がこのまま学校に通って卒業するのは認めてくれるの? それとも今までと考え方は変わらないの?」
 どっちにしても先生とのお付き合いは、優希君がいる以上認めてもらう必要なんてない。ただ蒼ちゃんや優希君と同じ時間を過ごすのに、私の通学を認めてもらいたいのだ。それさえ認めてもらえれば、自ずと先生の応援も近くで変わらず出来るのだ。
「わ……分かった。学校に関しては愛美の将来の希望もあるから父さんからは何も言わないが、あの教師だけは絶対認めんからな」
「今お父さんが自分で言ってくれたんだから、今から学校の話を蒸し返したら怒るからね」
 お父さんが私の意図に気付かずに、転校の話は白紙だと約束してくれたら私としては十二分なのだ。
「愛美もお父さんとの約束だけは守ってくれな。それだけは絶対の条件だぞ」
「分かったって。先生相手にそう言う気持ちにはならないから」
 だから何の気兼ねも無く、慶からの疑心の視線を感じたとしても、私は堂々と首を縦に振ることが出来るのだ。
「良かったわねぇ……愛美」
 だけれど、お母さんには真意はバレている。でも、お母さんは私と優希君の仲を応援してくれているのだから、男二人の前では“何で”良かったのかは言わないでくれている。
 これで今週は、家族みんなで美味しいご飯が食べられそうだ。
 もちろん、我が家の男二人が優希君の存在に気付くのは、まだまだ先になりそうだけれど。


 気分上々で自室に戻った私は、ちょうど携帯が着信を知らせていたから
『ごめん。お待たせ』
 てっきり優希君かなと思ってそのまま取ったら
『あーしは大丈夫ですけど、何か良い事でもあったんですか?』
 まさかの中条さんからだった。
『良い事って言うか、今日は彩風さんのせいで不安に陥っていた優希君の不安を取り除けたんだよ』
 そう言えば今朝、中条さんから話があるって言われていたんだった。その中条さんに、さっきのお父さんとの会話を話しても良かったのだけれど、彩風さんに対して腹を立てていた私は、先に釘を刺しておくことにしたのだ。
『彩風のせいって……取り敢えず、今日も仲良く副会長とデートしたって事ですね』
『そうだよ。それでこの電話って昨日私と話した彩風さんの件なんだよね』
 その上で中条さんの話に耳を傾ける事にする。
『……愛先輩が副会長を好きなのはもう十分伝わりますけど、ちょっと彩風に冷たすぎますって』
『冷たいって何でよ。そもそも彩風さんは中条さんに何て言っているの?』
 確かに心を鬼にして、それでも居場所を失くしてしまわない様に激励もしたはずなのに。
『……理由を話さないで人にものを頼むのは失礼だから、説明をしただけなのに副会長の件で怒られたのと、会長に触れられて不快だったって言うのが納得いかないって話と、会長をボロボロに言い過ぎだって言ってました』
『私。昨日、今日としっかり倉本君と話してって念押ししたんだけれど、その話は?』
 概ねでは間違ってはいないけれど、それじゃあ私の意図は伝わっていない。
『そうなんですか? そんな話なんて何も聞いてないですよ。それよりも会長の悪口ばかり言われたって言ってたんですが……会長と何かあったんですか?』
 そうか。そう言えば金曜日の出来事を中条さんは知らないのか。だから金曜日の出来事、

 ①彩風さんが全く話を聞かないから、優希君からのお願いもあって代わりに私と
  倉本君で話をした。
 ②私と倉本君を二人きりにしたくなかった優希君の提案で、蒼ちゃんともう一人
  私の友達に同伴してもらった。
 ③その時に倉本君に腕を掴まれて抱かれた。その瞬間を優希君に見られた。
 事などを箇条書きのように説明して行く。

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