第177話 子どもの権利と尊重・自己実現 ❝単元まとめ❞ Aパート

文字数 7,050文字



 慶を見送った私が、多少の気遣いや優しさを見せたとはいえ、あまりにもあんまりな態度だったから、せめてお弁当箱はと思って席を立ったのだけれど、
「慶久の事は良いから、愛美は自分のしたい事をしてきなさいな。それから家にいる間はお母さんがお弁当は作るから、何も気にしなくて良いわよ」
 慶の話どころか、私への気遣いをさせてしまう始末。
「良いよ。先週からこっちはずっとお母さんに甘えっぱなしだったんだから、お弁当くらいは作るよ」
 本当なら心配かけた分、私の方がお母さんにゆっくり休んで欲しかったくらいなのに。
「何を言ってるのよ。家にいる間くらい親らしい事させなさいな」
 そう言われてしまえば、お母さんのお弁当を楽しみにしている私からはそれ以上言えなくなってしまう。
「ありがとうお母さん」
 だから再びお礼だけを口にして全てお母さんに甘えてしまう。


 私は自室に戻ってから、そう言えば昨日の時点で全く伝えていなかった、私の復学の話もした方が良いかと思い、思い立ったが即実行。善は急げとばかりに、
『もしもし朱先輩。昨日に続けてすみません』
 今日も【朱】に染まる西日の中、今日の病院の結果を伝えるために朱先輩との通話を始める。
『ううん。謝らなくても良いんだよ。それよりも何かあったの? 会長さん?』
 昨日の今日だからか真っ先に倉本君を警戒してくれる朱先輩。
『今日は違うんです。今日病院に行ったら先生が明日から学校に行っても良いって言ってもらって――』
『――! って言う事は、愛さんのお顔は完治したの?』
 その朱先輩が、私の話の途中で喜びを口にしてくれるけれど、
『完治ではないです。まだ多少赤みとか青みとかは残っていますけれど、病院の先生が腫れ自体は引いたからと復学の許可が下りたんです。この知らせを早く朱先輩にしたくて電話しました』
 実際の所は先生に相当頼み込んだし、体育や激しい運動も月末までは控えるようにって但し書きもたくさんついた。
『本当に愛さんは……一度ならず二度までも……でも、学校に行けるくらいまで快癒出来て良かったんだよ。これでおばさまも空木くんも大喜びなんだよ』
 確かにそうなんだけれど、そう言えば朱先輩からのブラウスの補修を、蒼ちゃんがしてくれるって言ってたっけ。だけれど朱先輩の今の喜びを私が消してしまうのかと思うと、どうしても気後れしてしまう。
『はい! 優希君に明日から登校出来るかもしれないって、先に知らせたら明日は是非一緒に登校したいって言ってくれました』
 まあ、明日は優珠希ちゃんの文句にはなるんだろうけれど。
『空木くんは愛さんがとっても大切なんだよ』
『そうですね。最近それは感じることが出来ます……それで、ですね……?』
『ん? どうしたのかな? わたしには何でも話して欲しいんだよ』
 どうしても良い淀んでしまう私。それでも蒼ちゃんの気持ちも伝わってはいるから、
『あのブラウスって……何とかなりそうですか?』
 結局どう言う言い方が一番良いのか分からなくて、そのまま聞いてしまう。
『あ! 時間がかかりそうなら別に急かすつもりは無いので、別に良いんですけれど、本当に困っているんだったら、蒼ちゃんが直せるって言ってくれたので、一度伺ってみようかなって』
 朱先輩からの無言に耐えられなかった私は、大慌てで蒼ちゃんの善意だって伝える。
『その人って愛さんのとっても大切な親友さんなんだよね』
『はい。一昨日・昨日と私の家に泊りに来てくれた時に、気にしてくれていました』
 実際にはその他にも何か言いたそうではあったけれど、憶測の部分だからと私の心の中に留めておく。
『ちょっと待つんだよ? 一昨日・昨日って日曜日から火曜日にかけてって事なんだよね。でもその親友さんも大変じゃなかった?』
 ……ブラウスの話をしたはずなのに、いつの間にか蒼ちゃんの家出の話になりそうだって言うか、話さないといけない気がする。
『そうなんですけれど、蒼ちゃんのお母さんが状態が酷いのを理由に、学校を辞めさせるって言った上に、私と会う時以外は家から出してすらもらえなかったみたいで、日曜日に蒼ちゃんが私を頼って家出して来たんです』
 と言うか、朱先輩に嘘も秘密も嫌だったからもう解決したのも手伝って話してしまう。
『家出って……今もそこに親友さんはいるの?』
『いません。今日おばさんとの喧嘩も無事に解決して家に帰りましたから、今は私一人です』
 隠さずに全部話したはずなのに、どうも朱先輩のご機嫌が斜めのような気がする。
『……愛さんには時間かかってごめんなんだけど、ブラウスの件はわたしが何とかするから、親友さんには気持ちだけもらっておくって伝えといて欲しいんだよ。それよりも家出が終わって納得して帰ったって事は、親友さんは納得したの? それともご両親が納得させたの?』
 元々は朱先輩のブラウスを私が台無しにしてしまったのだから、是非もない話ではあったのだけれど、
『蒼ちゃんが学校を卒業する、部屋に閉じ込めないって約束するまでは絶対に家に帰らないって、立派に自分の気持ちを口にして、最終的にはおばさんが折れました。そう言えばおばさんが蒼ちゃんを返さなかったら、誘拐とか未成年略取になるとか言われてびっくりしたんですけれど、もし昨日・一昨日の時点でおばさんが警察に届け出たら私たちどうなってしまっていたんですか?』
 せっかくだから、お母さんは何でもない事のように答えていたけれど、私が不安に感じた内容を聞いてみる事にする。
『……その前に確認なんだけど、その親友さんは自分で帰りたくないって言ったんだよね』
『はい。先の条件付きではありましたけれど、帰りたくないってハッキリ言ってくれました』
 だから蒼ちゃんの気持ちを尊重したくて、私たち子どもの話、意見も聞いて欲しくてわたしも蒼ちゃんの味方をした。
『……だったら大丈夫なんだよ。1日・2日くらいならお友達の家に泊る話なんて割とあっても不思議じゃないし、ましてや親友さんが自分で帰りたくないって言ったんだから、何も気にしなくて良いんだよ。それに親友さんは過去にも愛さんの家に、わたしでもした事が無いお泊りもした事あるんだよね』
 朱先輩でもした事が無いって……なんだかこんな朱先輩を見るのは新鮮で嬉しい。
『はい』
『だったら尚更、愛さんや愛さんのご家族の方が親友さんに酷い事や、乱暴、騙すなんてするわけないんだから、どう解釈したって誘拐とか未成年略取とかには当たらないんだよ』
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【児童虐待防止法第16条 ①項全号】 ないしは 
【改正児童福祉法33条の10 全号】 に該当しないかの確認
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 朱先輩が私にも分かるように説明してくれるけれど、
『でも蒼ちゃんの体中のケガとか暴力痕を私たちがつけたって警察に思われたら……』
 自分で口に出してゾッとする。思い返したらだんだん不安になって来た。
『そう言うのは学校から各々に連絡も行ってるし、学校側としてあの先生が付き添いで行った時点で、学校側の説明も受けてるから、それこそ少し調べればわかる話なんだよ』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【いじめ防止対策推進法31条①項 17条・23条①項等】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 けれどすぐに私の不安を打ち消してくれる。
『じゃあ私は間違った事、取り返しのつかない事はしていなって思っても大丈夫ですか?』
『そんなの愛さんは気にしなくて大丈夫なんだけど、不安みたいだからちゃんと話してしてあげるんだよ』
 私が念押しすると、柔らかく言葉を一度区切って
『愛さんがわたしと同じ学校に進学してくれば全部分かる話なんだけど、【改正児童福祉法の第二条の①項】に、社会のあらゆる分野において、児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され、心身ともに健やかに育成されるよう努めなければならない。そして【同法同条②項】に、児童の保護者は、児童を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負う。って言うのがあって、“親友さんが学校を卒業したい! 部屋に閉じ込められるのは嫌だ”ってハッキリ意思表示をしたのなら、お医者様が家に返してる以上、大人や親権者、お父さんやお母さんは出来るだけ本人の意思を尊重しないといけないんだよ。出来るだけって言うのは経済的な家の都合で学校に通わせられないとかは考慮されるって意味で、基本的に正当な理由がない限り駄目なんだよ』
 朱先輩がスラスラと難しそうな説明をしてくれたのも驚いたし、そんな決まりがある事自体驚いた。
『じゃあおばさまが心配していたからこその、完治するまでって言うのは?』
『それも病院の先生が何て言ったか正確に聞いてる?』
 だったら聞けるときに全部聞いておきたい。私は周りの人に笑顔でいて欲しいのだから、やっぱりその不安は全部取り除いておきたい。
『日常生活には問題ないけど、くれぐれも激しい運動や体に負荷をかけるような動きはしないでくれって言われたって言ってました』
『だったらそれも大丈夫なんだよ。要は動く、歩くくらいなら大丈夫なんだから、それを制限してしまうのはさっき説明した【改正児童福祉法二条】にやっぱり矛盾する事になって、むしろ親友さんのおばさまの方が問題になってしまうんだよ』
 そっか。確かにこのまま行けば卒業できる要件も満たしていて、出歩けるのにそれを阻止してしまうのはどう考えても蒼ちゃんの為にならない。
 しかも別に調理師学校に行くにしても今までの時間も無駄になる分、蒼ちゃんの利益とはしにくい。
『じゃあ朱先輩やお母さんも言っていた通り、誘拐とか未成年略取とかにはならないんですか?』
 だとしたらあのおばさんの言った言葉は何なんだろう。
『全部大丈夫なんだよ。よく“(一時)保護”と“誘拐”を勘違いする人がいるんだけど、今回家出して来た親友さんを慌てて“保護”した。これは考え方にもよるんだけど、同じ
【改正児童福祉法の第三十三条の1の①項】
に、児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、児童の一時保護を行い、又は適当な者に委託して、当該一時保護を行わせることができる。っていう文章があって、これだけだと、“適当な者に委託して”っていう部分、が愛さんのお家は何の認定資格もない民間の御家庭だから、該当しないって考えそうなんだけど、これとは別に
【児童相談所運営指針の第五章 一時保護 第1節】
の項目に、子どもを一時保護所に一時保護し、又は警察署、福祉事務所、児童福祉施設、里親その他児童福祉に深い理解と経験を有する適当な者(機関、法人、〖

〗)に一時保護を委託する(以下「委託一時保護」という。)ことができる。っていう一文があって、少し強引だけど二人は時々でもお泊りする仲で、ご家族の方も親友さんについては深い理解もあるんだから、この中の〖

〗に当てはまるっていう考え方は出来るんだよ。もちろん各都道府県知事なんかに連絡はしてないけど、そもそも今回はただの家出な上に、虐待でも何でもなく、ただの親子喧嘩だから、
【同章①項一】
の緊急保護の中に書いてある、棄児、迷子、家出した子ども等現に適当な保護者又は宿所がないために緊急にその子どもを保護する必要がある場合。に該当するから、親友さんのおばさまが言ってたような誘拐や略取には当たらないんだよ』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
念のため:これを成立させるために必ず該当の保護者への連絡を、保護した時点で
     する必要はあると筆者は解釈しています ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 つまりただの家出に対して、私たちは何の資格も無いけれど、友達が夜遅くに泊りで遊びに来た。だから何の問題も無い。しかも蒼ちゃんが泊まるのは今回が初めてじゃないし、ましてや私たちの仲は断金なんだからどれにも該当しないって事で良いのかな。
 だったらあのおばさんの……そう言えば
『私のお母さんが、“しつけ以上の暴力は感心しませんよ”って言ってたんですが、しつけと暴力の違いって何でしょうね』
『暴力って、親友さんのおばさまが親友さんに何かしたの?』
『したって言うか、傷だらけの蒼ちゃんの腕を、おばさんが痛がるほどに掴んで連れ帰ろうとしたんです』
 でも暴力もしつけも相手の取り方のような気がする。
『それは現時点では何とも言えないんだけど、親のしつけに暴力を入れるって言うのは最近色々言われてるから、愛さんを育ててくれてるおばさまは、気になったのかもしれないんだよ。ただわたしが知ってる範囲での話だと、暴力・虐待の定義として、【児童虐待防止法の第十六条①項の一号】に、延長者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。っていう基準があって、この基準を超えるかどうかなんだよ。もしその基準を超えてしまった場合は【民法の820条】と【同じ民法の822条】に“懲戒権”って言うのがあるんだけど、こっちは話が逸れて行くから今は辞めとくんだよ。ただこの暴力と虐待についての戒めは、
【児童虐待防止法の第十四条全②項】
に書いてあるんだよ。だから今聞いた限りだと、力を入れたとは言え、腕を掴んだだけなんだから暴力にも、ましてや虐待には当たらないんだよ。つまり誘拐にも略取にも当たらない。その上、虐待にも当たらないんだから、誰一人として何に対しても怒られる事も大事(おおごと)になる事もないんだよ。ちなみに確認なんだけど、愛さんの親友さんっていくつ?』
『先月の誕生日で18歳になりました』
 それにしてもって思う。私の不安を余す事無くすべて取り除いてくれる朱先輩。しかもその範囲は過不足なく私が笑顔になって欲しい人たちで。
『じゃあもう一つだけ補足しておくんだけど、子供って言う定義もちゃんと決まってて、満1歳以下が“乳児”。満1歳以上小学未就学者までが“幼児”。小学生から満18歳までが“児童”なんだよ。そして満18歳から20歳未満を“義務教育を修了した児童又は児童以外で満20歳に満たない者”、【改正少年法(※1)】では“特定少年”って言い回しをするんだけど、次回の法改正(※2)で成人が18歳に引き下げられるから、愛さんの親友さんに関しては本当に何も気にしなくても良いんだよ(※3)』
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【改正児童福祉法 定義 四条 及び6条の3 ①項】
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 そっか。18歳から児童でなくなるって言う話なんだって言うか、18歳までが児童扱いだなんて知らなかった。てっきり小学生までだって思ってた。
 そう言えば先生も朝礼や終礼で“18になったら自分で責任を取らないといけなくなる”みたいな話を何回かしてくれていた気がする。
『だから愛さんは何の気兼ねも無く、明日からの残りあと少しの学生生活を楽しんだら良いんだよ』
 そして朱先輩が私への激励と共に、全ての不安を打ち消してくれた。
 本当に、これで私が願った全員の笑顔だ。
『分かりました! 色々勉強にもなってありがとうございましたっ!』
 だから私は、今出来る最大に弾んだ声と、電話口だから見えないだろうけれど笑顔を浮かべて朱先輩へのお礼を口にして、朱先輩とのいつもより長かった電話を終える。


 朱先輩に根掘り葉掘り聞いて、私の中にあった不安が全て解決した中での、久しぶりに感じる三人での夜ご飯中。
「さっきお父さんに明日からの愛美と蒼依さんの話をしたら、喜んでたわよ」
 苦笑いながらお母さんが、お父さんとのやり取りを教えてくれる。
「はぁ? オヤジはセンコーがいるからって、ねーちゃんが学校に行くの反対してたんじゃねーのかよ」
 慶が口の中を無くしてから文句を垂れて来るけれど、なんか色々混ざり過ぎている気がするんだけれど。
「ちょっと慶! 頑張っている先生に対して変な事言ったら蹴り飛ばすよ」
 それだと私と先生の仲を邪推していた女子グループやお父さんと同じだ。
「頑張ってるセンコーって……」
 なのに私の気持ちなんて知らずに、疑いの目を向けて来る慶。
「ハイハイ。慶久もその辺にしときなさいな。でないとお母さんみたいにお姉ちゃんに叱られるわよ。それにお父さんは落としどころが分からなかっただけで、お姉ちゃんの受験の応援はしてたんだから喜んで当然なのよ」
 ……そっか。なんだかんだ言ってもやっぱりお父さんも私を第一に考えてくれていたんだ。だったら今週末帰って来てくれた時には優しくしても良いのかもしれない。
「……なら……俺からは何も……けど」
 なのに慶が不満そうに口ごもる。
 どうせ自分勝手な理屈でもあったのだろうと、以降も私を訝しげに見て来る慶と、お母さんから何故か温かい表情で見つめられながらの夕食を終える。

―――――――――――――――――Bパートへ―――――――――――――――

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