第175話 優しさに必要な強さ Bパート

文字数 4,262文字

 その後は途中から今日は慶も早く帰って来たからって言うのもあって、三人時々四人でたわいもない話をしながら楽しく過ごす。
 ただし蒼ちゃんがお風呂に入っている間だけは、慶を自分の部屋に閉じ込めはしたけれど。その後、慶からは散々文句を言われはしたけれど、当然慶の見え透いたイヤラシイ下心なんて相手にする訳が無い。
 一方でお母さんは昨日と今朝の様子を気にしてくれていたのか、かかって来たお父さんからの電話で終始穏やかに説明していた。
 そんな二幕ほどあった後、昨日の分も合わせて蒼ちゃんともっと喋りたいだろうからと、お母さんがついていてくれるのを確認して、もちろん鍵は閉めずに一度自室へと引き上げる。そして心配してくれていた朱先輩に、週末の結果を伝えようと電話をかけると、
『久々の愛さんからの電話なんだよ』
 また間を置かずに朱先輩と繋がる。
『先週は本当にすみませんでしたって。それよりも土曜日の件なんですけれど……』
 ただ、よく考えなくても朱先輩の都合を確認してからかけた方が良かったかもしれない。
『……愛さんがまた余計な事を考えてるんだよ』
『そんな事ありませんって。ただ、今電話しても朱先輩の都合とか大丈夫なのかなって思っただけですよ』
 だからこれは余計な事では無いと思うのだけれど。
『わたしの都合は愛さんに合わせられるし、愛さんそのものがわたしの都合なんだから、愛さんが話したいって思った時に連絡をくれればいいんだよ』
『?』
 えっと。今のってどう言う意味なんだろう。
『つまり、愛さんの話だったらいつでも聞きたいから、遠慮なんてしなくて良いんだよ。むしろもっともぉっとワガママで良いんだよ』
 ああ。朱先輩の都合は私に合わせてくれるって意味なのか。
 なんか本当に私の周りには私を大切にしてくれる人ばかりな気がする。
『土曜日朱先輩とお話をして、昨日優希君とデートして帰って来たらどう言う心境の変化があったのかは分かりませんが、先生の話を聞いた結果、私を転校させるのは辞める。私のやりたい事の為に卒業したら良いって言ってくれたんです。ただしどんな理由があっても、学校の先生とお付き合いするのは駄目だって言われましたけれど』
 まあ、それは巻本先生が私の両親。特にお父さんの前で気持ちを溢れさせたからで、優希君とお付き合いをしている私からしたら、さほど影響のある話では無いけれど。
『?! じゃあ愛さんは今の学校を卒業した上で、わたしと同じ学校へ通えるんだよね』
『通えるかどうかは試験次第ですけれど、朱先輩が言ってくれた通り私の気持ちをお父さんに伝え続けて良かったです。初めから理解してくれていたお母さんはもちろんの事、今回珍しく力になってくれた慶にも感謝です。それに何より私の気持ちを見つけて、お父さんの気持ちを教えてくれた朱先輩。本当にありがとうございました。まだまだ問題も多いですけれど、一個ずつでも地道に解決出来ればそれで良いかなって思っているんです』
 だから成果に対する朱先輩への感謝を伝える。
『本当に良かったんだよ。やっぱり愛さんのおじさまは愛さん想いのとっても良いおじさまなんだよ』
『もう朱先輩。涙しないで下さいね。第一お父さんはまだ朱先輩を男の人だって勘違いしたままですし、女だとか子供だとか言ったのも謝ってもらっていないんですから』
 だけれどお父さんに対する印象が良くなるのは、お母さんに対する言動を見ていると、どうにも面白くない。
『そんなの気にしなくても良いんだよ。わたしは愛さんが笑ってくれてれば良いんだから、おじさまは横に退けておけばいいんだよ。それから空木くんとは仲良くしてる? 喧嘩してない?』
 私だけじゃなくて優希君も気にしてくれているところからも、本当に私の笑顔を考えてくれているのが分かる、伝わる。
『はい。昨日デートした時に優希君の“好き”を見せてもらって、私の“大好き”も優希君にしっかり伝えられました。しかもその時、優希君からもはっきりと倉本君と喋るのも仲良くするのも辞めて欲しいって言ってくれました』
 本当に何もかも朱先輩の言う通りになっている。
『そうなんだよ。どの人ともってなると大変だけど、会長さんは今まで散々愛さんにお手付きをしてて、女性に対して嫌な視線を投げて来たんだから、愛さんも空木くんもこれ以上我慢する必要は無いんだよ。それからもう一つ。今までずっと空木君自身の中で隠してたハラハラする気持ちを愛さんに伝えたって事は、空木くんの内面、思ってる事を伝えてくれたんだから、愛さんに対する想いと信頼「関係」は更に強く深くなってるんだよ』
 そっか。確かにそうかも知れない。
 あの時は私の気持ちを分かって貰えた、優希君からの束縛はやっぱり息苦しくはならない、むしろ嬉しく思う自分もいたけれど、優希君からしたら“秘密の窓”をしっかり開けてくれていたんだ。
『そう言えばデートの途中でかかって来た倉本君からの電話も、優希君が電源ごと切って落としてしまいました』
 そう言う行動も今までに無かったから驚いた。
『二人だけの時間にまでお邪魔して来るなんて、もう会長さんはフタ付きのゴミ箱に押し込んでしまって鍵までかけたら良いんだよ』
 お父さんとあまりに違う表現にほっこりしてしまう。
『それから前にも言ったけど、総務と会長さんで話をするんだから、愛さんは余計な気を回さなくても良いんだよ』
『その話なんですが、倉本君と彩風さんが、この土日に私の話ばかりした倉本君のせいで、全く話が出来なかった上に昨日の影響からか、今日彩風さんが休んでしまったみたいで完全に駄目になりそうなんですよ』
 だけれどそれも束の間、私はそうならないように何度も何度も言い続けて来たのに、知らず私の口の中に辛さが広がる。
『……少し冷たく聞こえるかもしれないけど、それは愛さんの責任じゃないんだよ。総務の子が最後まで会長さんの話を聞こうとしなかった。会長さんもたった一人の人間との意見のすり合わせ、統一も図れなかっただけの話なんだよ』
 確かに私も中条さんも彩風さんにしきりに好きな人の話に耳を傾ける大切さ、中条さんからは倉本君に見てもらうためには、彩風さんが自分で頑張るしかないとしきりに言っていた。
 なのに彩風さんは全く聞かないで、雪野さんのせいに……そこで何かの勘が働きそうになる。
 彩風さんが言おうとして倉本君が止めた話。 (102話)
 優希君が話そうとしてこれもまた倉本君が止めた話 (168話)
 そのいずれにも絡んでいないはずなのに、色濃く匂う雪野さんの影。
『愛さん?』
『ああ、いえ。ただ彩風さんの気持ちは少し前から教えてもらっていたのにって思うと、どうしても後悔と言うか、これで良かったのかなって考えてしまって……』
 だけれど、その先は朱先輩によって霧散してしまう。
『それは違うんだよ。少なくとも愛さんは総務の子の応援と協力はした。その上、恋敵の会長さんにはしっかりと何度も断ってる。だったら後は二人の問題なんだよ。それに男の子でも女の子でも、好きでもない人とお付き合いをするのは相手に対して失礼だし、本人の為にもならないんだよ。だから愛さんの気持ちはよぉく分かるけど、お互いの同意が無いのに、無理にお付き合いをさせる、くっつけるって言うのは逆に駄目なんだよ』
 朱先輩に言われたハッとする。確かに倉本君と一日デートをするって言われただけで、気持ちはしんどいし何されるか分からない以上、怖さが勝ってしまう。しかもデートの日まで毎日が憂鬱になるのも目に見えている。私なら間違いなくすぐに優希君に打ち明けてしまうと思う。
 それくらいに強い抵抗を感じるのに、無理矢理くっつけるとか、お付き合いをさせるとか……それもまた優希君と咲夜さんを見ていて分かっていた事なのに……ひょっとしたら倉本君が彩風さんに対して同じような感情を持っていたら……。
 それは下手をしなくてもあの女子2グループと同じ結果を招きかねない。
 そして更に女の子側だけの問題じゃなくて、男の人側もあの戸塚のような、女の子を性の対象としてしか見ていない男の人ならともかく、大体の人はそうに決まっているんだから、そこに苦痛を感じていても何の不思議もない。それに“人の心は強制出来ない”から、自分自身を磨かないといけないって常日頃から意識していたはずなのに。
『じゃあ余計な事はしない方が良いって事なんですか?』
 むしろ今までが余計な手や口を出し過ぎていたのかな。恋愛初心者の私はどうしてもこの辺りの機微と言うか立ち回りが分からない。
『そんな事は無いし、そもそも考え方が違うんだよ。お互いが、ないしは、どちらか一方が答えを出すまでは“最後まで努力”するのも“協力”するのも良い事なんだよ。でないと“結果が出る前に諦めたらそこで試合終了”なんだよ。そうなってしまったら、何度か愛さんに話してる脳とスイッチの切り替えも難しくなってしまうだけだから、愛さんは最後まで愛さんらしく行動したら良いんだよ』
 本当に朱先輩は私の欲しい言葉を次々とくれる。確かに結果が出る前に諦めたら終わりだし、勉強でも何でも最後まで努力するものなのは間違いない。つまり
『私のした行動はおせっかいでも強要でも何でもないんですよね』
『もちろんなんだよ。だから愛さんは今まで通り会長さんはお断りして、わたしもまた色々教えるから“粗相”を無くして空木くんだけをしっかり見て、その上で総務の子の力になると良いんだよ』
 それじゃあ本当に今までと変わりない。
『ありがとうございました。また朱先輩のおかげで心が軽くなりました』
 本当にまた、私の心を掬ってくれた朱先輩。
『ううん。良いんだよ。また何かあったら何でも良いからわたしに相談して欲しいんだよ。愛さんとわたし間で遠慮は無しなんだよ。本当にいつでも何時でも“どんな事でも”連絡をくれて良いから。わたしの前では取り繕う必要は無いんだよ』
『分かりました。今日も本当にありがとうございました』
 結局朱先輩にあらかた話してしまって、その全てが解決して――
「今、愛ちゃんが『っ?!?!』喋ってたのが、朱先輩でブラウスの人?」
 ――心臓が止まるかと思った。
「……鍵。開けてくれてたんだから入って来れるに決まってるよ」
「蒼ちゃん?」
 振り返ると明らかにご機嫌斜めな蒼ちゃんが、鍵をかけた状態で私のすぐ近くに立っていた。

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