第176話 信頼の積み木 8 Aパート

文字数 6,164文字


 翌朝、暑さと寝苦しさで目を覚ます。
 けれどそうか。昨日は倉本君からの電話の後だったから、二人一緒のベッドに潜り込んで寝たんだっけ。幸い蒼ちゃんの温もりもあったから、安心してぐっすりは眠れたけれど、気分だけは良いとは言えない。
 その中で着信ランプが光っていたから、昨日の優希君からの返信かと思って
「……愛ちゃん?」
 蒼ちゃんが目を覚ましてしまうのも厭わずに携帯を手に取ったのに、

宛元:倉本君
題名:昨日の電話
本文:は忘れて欲しい。この週末は色んな出来事や話が多すぎて気が立ってて
   申し訳なかった。ついでに岡本さんの友達にも謝っといて欲しい。

 まさかの倉本君からのメッセージだった。しかも昨夜は気が立ってたとか、忘れて欲しいとか……相変わらず自分勝手な事ばかり言って、私たちの気持なんか何も考えてくれていない。
「ごめんね。別に何でもないから気にしないでね」
 こんな自分勝手なメッセージを、気分も悪いだろうし蒼ちゃんに伝える必要もないかと思って、返信するのを辞めてそのまま放っておく。
 そして次に私は頭をしゃっきりさせるために洗面台軽く身だしなみを整える。

 台所で準備しているお母さんに一声だけかけた後、私が自室に戻った時には蒼ちゃんが先に着替えを済ませていた。
「愛ちゃん携帯鳴ってたよ。多分空木君じゃないかな。じゃあ私も洗面台借りるね」
 その私と入れ違いで洗面台へと向かう蒼ちゃん。次は倉本君からじゃないと良いなって思いながら携帯をのぞくと、

宛元:優希君
題名:大丈夫
本文:むしろ僕の方こそ言いかけて止めてごめん。昨日、僕も愛美さんを誰にも
   渡したくないくらい好きだって言いたかったんだ。だから僕に変な気なんて
   遣わずに、愛美さんが考えた事、思った事をそのまま僕に教えてよ。僕は
   愛美さんの思ってる事を知るのは好きなんだ。僕の彼女の新しい一面を知る
   のも楽しいから。だから変な誤解はせずに、今まで通りでいてよ。

 今度こそ私への気遣いと想いをたくさん詰めてくれた優希君からのメッセージだった。今朝の倉本君のメッセージの印象が強すぎて、余計優希君のメッセージが嬉しく感じる。
 しかも蒼ちゃんから指摘された内容なんて、全部すっ飛ばすような内容のメッセージ。

宛先:優希君
題名:ありがとう
本文:さっきのメッセージ本当に嬉しかった。でもそんな事言ってもらえたらもっと
   優希君に甘えてしまうけれど良いの? それから先に伝えておくね。昨日の夜
   に倉本君から連絡あったよ。その時、たまたま蒼ちゃんが隣にいてくれたから
   電話に出たんだけれど、週末彩風さんと全く話出来ていなくて学校の交渉も
   駄目だったって。この件で相談したいからどっかで時間作ってくれると嬉し
   いな。

 だから私の正直な感想と、倉本君からの連絡、それに私が知る限りの話だけは優希君に伝えておく。
 それからいつまでも蒼ちゃんを独りにしておく訳にも行かないからと、私も遅れてリビングの方へと改めて向かう。

「おうねーちゃん。おはよ」
「愛ちゃん遅かったねぇ」
 確かにさっき起きた時に慶はいなかったはずなのに、制服もしっかりと身に着けて、いつもはしない髪の毛もしっかりセットして、その上ちゃっかり蒼ちゃんの横に座っているんだから、これ以上焼く世話が無い。
 まあでも、蒼ちゃんと喋るくらいなら昨日もあんまり喋れていないだろうし、蒼ちゃんも楽しそうだから良いかと思い直す。
「まぁ、今日は病院だからね」
 まさか慶の前で優希君を仄めかせるわけにはいかないから、適当に言訳だけはさせてもらう。
「そう言えば今日は蒼依さんも病院なのよね。朝連絡があって、防さんも病院には一緒に付き添うって言ってたわよ」
 やっぱりそうか。そりゃ私たちが納得出来なくても蒼ちゃんを心配しているのは変わりないんだから、蒼ちゃんの健康状態が気になるには決まっていた。
「……分かりました。それと勢いとは言え昨日に続いて今日も泊めて頂いた上、食事まで頂いてありがとうございました」
 それに合わせるように、昨日に続いて頭を下げる蒼ちゃん。
「それって蒼依さんが帰るって事ですか?」
「お母さんと仲直りって言うか、学校に通って卒業する事と愛――お姉ちゃんの悪口を言わないって約束してからだけどね」
 蒼ちゃんが改めて自分の気持ちをハッキリと言うのを見て、本当に蒼ちゃんも変われたんだなって少しずつ実感が沸いて来る。
 もしかして変わった蒼ちゃんを見て、今まで内向的で大人しかっただけにびっくりしてどうして良いのか、おばさん自身も分からないのかも知れない。
 本当に絶対認めるなんて嫌だけれど、あの中でも良い変化ってあるんだなって、再認識する。
「そんなの気にしなくて良いわよ。それ以上に蒼依さんからは色々お菓子も頂いてるんだから。それに親に心配をかけるのも子供の仕事よ」
 それも確かにそうだ。今まで蒼ちゃんから貰ったお菓子だって相当なものだ。
「そう言ってもらえたら、私にお菓子作りを教えてくれたお母さんも喜ぶと思います」
 前の学校でのやり取りを思い出す。そう言えばあの時も蒼ちゃんをからかっていた男子が原因だったっけ。だったら今度こそ三度目の正直、本当に蒼ちゃんを大切にしてくれる男の人と巡り会って欲しい。
 少し思考が逸れたけれど、私たち子どもの事を理解してくれているお母さん。
「じゃあやっぱり帰るって事じゃねーか」
 私たちは十分納得出来たけれど、まだ慶は小さい上に蒼ちゃんラブなんだから、気持ちは分かるけれど何も今生の別れじゃないんだから。
「惜しんでくれてありがとう慶久君。でも、またいつでも遊びに来るし、また今回のお礼も兼ねてお菓子も作って持って来るから。だから元気出してね」
 そう言いながら、何と慶の頭の上に手を置く蒼ちゃん。
「! 分かりました! 今日帰って来てもいて頂きたい気持ちはありますけど、俺は格好良く蒼依さんを見送ります」
 本当に恥ずかしいから変な日本語を使うのは辞めて欲しい。
「慶久君が学校に行くのを見送るのは私の方だよぉ。今度の中間テストまでには私も学校に行こうって思ってるから、また一緒にテスト勉強しようね」
「分かりました。そろそろ俺も学校へ行きます」
「慶久君も頑張ってね」
 ……すごい。あの慶が自分から学校に行くだけじゃなくて、テスト勉強まで一緒にするって聞いたのは初めてだ。お母さんなんて何を想像したのか知らないけれど、すごく満足そうだし。
 ひょっとしたら慶と蒼ちゃんってものすごく合うんじゃないのか。いやでも現状では慶がアホだから駄目か。蒼ちゃんに似合うくらいに蒼ちゃんを大切にしてくれた上で、変な言葉を口にしないくらいには頭は欲しい。欲を言えばその上、蒼ちゃんを優しくリードしてくれる、頼りになる男の人が良い。
 私の思考が逸れてしまっている間に、
「それじゃあ防さんが来られたら、お母さんが車で送って行くから、それまではゆっくりしてなさいな」
 慶を見送って朝ごはんも食べ終わった時間、少しだけ時間を持て余す。


 いつでも出られる状態にだけした後、自分の部屋で久しぶりにのんびりする事に。それから程なくしておばさんの声が聞こえたからと、二人で玄関に顔を出すと目や顔は昨日と変わらなかったけれど、どうも昨日よりも疲れが滲み出ている気がする。
「……すぐにと言うのも忙しないと思いますので、一息ついてからにしましょう」
 お母さんも同じ感想を持ったのか、四人で一度昨日と同じ位置取りでリビングのテーブルを囲む。
「蒼依。今日は家に帰って来てくれるの?」
 全く飾らないその言葉。蒼ちゃんが、自分の娘がいないから心労が溜まっているのかもしれない。
「昨日も言った通り、私をあの学校に通わせて。そして卒業させて。それから愛ちゃんとおばさんに言った失礼な言葉も取り消して。そしたら私だって帰るよ」
 おばさんの気持ちに対して、迷うことなくぶれる事無くあくまで自分の気持ちを口に出来るようになった蒼ちゃん。
 その蒼ちゃんの気持ちはやっぱり曲がらない。
「でも蒼依の身体の傷はそう簡単に治るものじゃないでしょ」
「それでも今までは普通に生活出来てたんだよ」
 蒼ちゃんの言っている内容も分かるし、おばさんの気持ちも分かる。
「だったらせめて完治するまでは家で――」
「――だから! それが嫌だって言ってるの! 今から三ヶ月も家から出ずに愛ちゃんとも会わずになんて絶対イヤ!」
 そしてやっぱり今まで見た事が無いくらい蒼ちゃんの強い気持ち。
「……」
 蒼ちゃんの気持ちを受けたおばさんが項垂れる。
「そしたら私が運転しますので、愛美と蒼依さんで後部座席に乗ってもらって良いかしら」
「私は大丈夫だよ」
「分かりました」
「……すみません」
 それからお母さんの一言で病院へと一同向かう。


 お母さんが運転する車。私と蒼ちゃんが後部座席でおばさんが助手席へと腰かけている。
「……私も愛美の顔の形が変わった姿を目にした時は、心臓が止まるかと思いましたし出来れば記憶を含めたその全てを娘と代わりたいって思ったんですよ」
 病院へと向かう道すがら、恐らくだろうけれどおばさんに金曜のお母さんの気持ちを吐露する。
「そう言えば、顔の形が変わった愛美ちゃんは、外に出歩かせてるんですね」
「はい。今回愛美が受けた暴力も、恐怖心もそれは全て愛美自身が体験し、思い感じた一つの経験になったと思うんですよ。もちろん傷ついた愛美自身の心もそうですし、蒼依さんも含めて女性にとって最も憤りの感じる出来事ではありました」
 ルームミラー越しに、お母さんの表情は分かるけれど、おばさんの表情はうかがい知ることが出来ない中、二人の一聞噛み合っていなさそうな会話に、蒼ちゃんと二人後部座席で手を繋ぎながら静かに耳を傾ける。
「……人間なんだかんだ言ってもやっぱり女は顔が一番じゃないですか。その娘さんを晒して平気なんですか?」
 おばさんの言葉に反応してか、蒼ちゃんの私の手を握る力が強くなる。
「平気じゃありませんよ。平気な訳が無いじゃないですか。それでも、今の自分の状態にもかかわらず、娘が外に出ても会いたいって人がいるんですよ。家に来てもらってでも会いたかった、話をしたかった相手がいるんですよ」
「それでも一生会えない訳じゃ無い。しっかりと治療に専念して完治してからでも会えるじゃないですか。それすらも理解してくれないような人なら、それはそこまでの人なんじゃないでしょうか」
 確かにそうかも知れない。それにさっき慶相手に思ったけれど、別に今日で今生の別れと言う訳でも無い。そう考えるとやっぱりおばさんからの指摘通り、私の常識が足りなかったのかもしれない。
 ただ理解は出来たとしても、お互い別々の目標がある私たちには、約束までに残された時間も残り少ない。
 だから割り切って納得するなんて出来ないのだ。
「……お互いの人間関係だけで考えればそうかも知れない。ですが“現在(いま)”しか出来ない経験、残り少ない今の学校での“現在(じかん)”を娘には精一杯、何の気負いも気残しも無く、楽しんで欲しいんですよ」
 私が納得出来なかったわだかまりに対して、“現在(じかん)”と言う概念を使って私の心の中のわだかまりを溶かしてくれるお母さん。
「……それは心や体に傷を負っても、他人から奇異の目で見られたとしても“現在(いま)”でないといけない話なんですか? 自分の子供を守るって言うのは、事情も知らない他人から守るって気持ちもあるんじゃないんですか?」
 一方おばさんは、あくまで子供である蒼ちゃんを、できうる限り大人や事情を知らない他人から身体だけじゃなくて、その気持ちや尊厳も含めた話をしている気がする。
 実際優希君と公園で待ち合わせをした日も、顔中に貼ったガーゼに集まった視線を思い出す。
 あの日は優希君が、今は私の部屋に広がって寛いでもらっている、内側に広がる私の大好きな青空と共に心を包んでくれた。
「それでも娘は嬉しそうな表情を浮かべて帰って来てくれましたよ。それに万一気を落として帰って来たのなら、それこそ私たち親の出番じゃないでしょうか」
 口ではそう言うけれど、実際は私が気付いていなかっただけで、常に両親が私の色々な部分を守ってくれているのは、昨日蒼ちゃんからの指摘で知った。
「それは結果論で、実際何かあった時に同じ事が言えますか? 一日我慢させておけば……と言う気持ちは沸いて来ませんか?」
 一方おばさんは、一人娘の蒼ちゃんだからか過保護なくらい蒼ちゃんを大切にしようとしているのは分かる、伝わる。
「そうは思いませんよ。賛否双論あるとは思いますが、娘も良い年なんですからある程度は自分の行動に対して出た結果は受け止められると信じてますよ。その上で娘が困ってたら、親として、一人の人間として手を差し伸べれば良いんじゃないでしょうか」
 対して私のお母さんは、そこにかかる責任(結果責任)も含めて、私を信じると言ってくれる。だからこそ、優希君に対して、私へのお母さんからの言葉だったのかもしれない。 (心に決めた相手なら、何をしても~)
 つまり私のお母さんも、蒼ちゃんのおばさんも形や言葉は違っても、私たち子どもを大切にしてくれているのには変わりなくて。
「……」
 私と蒼ちゃんはこっそり笑い合う。
「……」
 のを、お母さんにミラー越しに見られていたかもしれない。


 それから程なくして病院に到着する。一般の外来ならここでの待ち時間も長いのだろうけれど、事情が事情と言う事と、あらかじめの予約診療と言うのもあって、さほど待たされる時間もなく二人共、いや私は少し時間がかかったけれど、診察と加療が終わる。
 その結果、私が懇願に懇願を重ねた末、最終的に“私みたいな若さで頑固な患者も珍しいし、そこまで学校に行きたいって言う学生さんも珍しい。どうしてもなら体育の授業は必ず休むように、激しい運動も月末病院側が首を縦に振るまでは避けるように“と、文句と但し書きを貰った上で明日から復学、学校に通う許可を貰えた。
 まあ一番最後に、“女の子なのに顔の傷を気にしないなんて珍しい”なんて失礼な言葉も貰ったけれど。
 まあ、復学の許可を出してくれたんだから、今回は聞かなかった事にしておく。
 一方蒼ちゃんの方も何かを言われはしたのか、どうも蒼ちゃんの機嫌がさっきよりも格段に悪い気がする。
 まあ、落ち込んでいるわけじゃないから悪い話では無かったのだろうけれど。

 二人とも診察と加療を終えてちょうど昼時だからと、ガーゼが取れて復学許可が出たとはいえ、まだまだ完治とまではいかない私を気遣ってくれたのか、どうしようかとお母さんが聞いてくれるけれど、どうせ明日からは学校へ行くのだからと、
「私は大丈夫だから、久しぶりに外で食べようよ」
 四人で外食をする事に……おばさんがものすごく驚いた表情をしてはいたけれど。
 ただ蒼ちゃんの口数が依然少ないのだけは気になったけれど、それでもさっきの診察の話をする上でも、どこかに腰を落ち着けられるのが良いと、みんなでファミリーレストランへと向かう。

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