第174話 保護か誘拐か略取か Aパート

文字数 7,101文字


【注】今回学校教育法11条は除外します
   (幕間講義1により、登場教師誰一人手を出していないため)

 一通り蒼ちゃんとの話も終わってどうしようかと思っていた所に、
「愛ちゃん。お手洗借りても良いかな」
「そんなのワザワザ聞かなくても良いのに」
「ううん。今回少し長いから愛ちゃんに心配かけたくなくて」
 さっきお母さんに話していた時とは違う、いつものように恥ずかしそうに小声で理由まで話してくれる。
 蒼ちゃんは私の家の事情を理解してくれている。“今”お母さんが家にいてくれている理由も間違いなく察してくれている。色々な事情を加味して考えると……さすがにそれが方便だって事くらいは私にもわかる。
 つまりはそう言う事なんだと思う。
「分かった。どのみち今この家には女三人しかいないんだから、何も気にしなくても大丈夫だよ」
 だけれどせっかくの蒼ちゃんからの気遣い。私は気付いていないフリをするのが正解だと判断する。
「じゃあ愛ちゃん。ちょっと失礼するね」
 だから蒼ちゃんを見送った私は、再度お母さんと話をするためにリビングへ戻る。


「あら? 蒼依さんとの話はもう良いの? 午後から向こうの親御さんが来られたらゆっくり話出来ないと思うわよ」
 昼からお客さんを迎えるからか、部屋の片づけをしていたお母さん。だから私も少しだけでもと思って手伝いながら口を開く。
「さっきは言い過ぎたからどうしても謝りたくて。ごめんなさいお母さん」
 毎度の通り、私たちが共有出来る家族の時間は、他の家族よりも少ないのだからこんな時に恥ずかしがっている時間なんて無い。
 私はお母さんを呼び止めて謝る。
「さっきの事って優希君の話よね。別に愛美が謝るような話じゃないわよ。むしろ愛美の気持ちを知ってたのに、煽るような言い方をしたお母さんが悪いのよ」
 私の雰囲気を感じ取ってくれたのか、手を休めたお母さんが一度テーブル席へと移動する。
「そんな事ない。お母さんがいつも私を大切にしてくれているのを理解出来ていれば、さっきの言葉は無かったよ」
 それすらも気づかせないように、お母さんの気持ちを私に伝えてくれていた。
 私が同じ立場に立った時、お母さんみたいに振舞える自信なんて無い。
「良いのよ。愛美が笑顔で楽しく過ごして優希君とも仲良くしてくれたら。お母さんなんて後回しで良いんだから。その首の痕も優希君から無理やりとかじゃなくて、愛美と二人で話し合ってからの行動なんでしょ」
 そっか……この首。優希君から無理やり、力ずくって可能性もあったのか。本来なら“そんな事ある訳ない!”って言えるけれど、先週を思い出すと、やっぱりそう言う人がいても不思議じゃないって理解出来る。
 ……どうしよう。お母さんの気持ちを思いやりを知った上で、そんな言い方をしてもらったら昼から大切な話だって言うのに、なんか涙腺が緩んで来る。
「でも私、お母さんはてっきり優希君との関係をからかって楽しんでいるだけだと思っていたから……」
「……そんなのじゃ――娘の上手く行ってる恋の話を聞くのは楽しいに決まってるじゃない。それに以前みたいに目を腫らして帰って来るならともかく、なんだかんだ言ってお父さんが心配して慶久がいぶかしむくらい幸せそうな表情を浮かべてるんだから、それ以上はただのおせっかいで興味本位なのよ。だからせっかくの可愛い顔が台無しになるから涙は要らないわよ」
 いつもみたいな“悪い笑み”ではなく、本当に穏やかに話すお母さんを見て、さすがに私でも分かった。蒼ちゃんの言う通り、どこまでも私を見てくれていて、それでも恥ずかしがり屋の私に合わせて冗談と団欒の会話の中で、安心を聞いてくれて。
 自分のお母さんなのに、まだまだ知らない事だらけだ。
「じゃあまた。優希君の話、聞いてくれる?」
 そこまで私の心を大切にしてくれるんだったら、お母さんに隠し事なんてしたくなくて浮かんだ涙を零してしまわない様に聞く。
「愛美が話してくれるなら、何だっていつだって聞くわよ。それに愛美が覚えてるか忘れてるかは分からないけど、愛美が本気で“この人”だって決めたのなら、何をしたって怒らないって言ったでしょ」 (⇒205話へ)
 なのに、ともすれば私の涙を零そうとしてくるお母さん。確かに前に同じ話をしてくれたのは覚えてる。
「ありがとうお母さん。でもお父さんと慶には内緒にしておいてね」
 それでもあの剣幕で優希君を駄目出しされたらたまらない。
「もちろんよ。万一にでもお父さんにバレて愛美が家出でもしようものなら、お父さんが半狂乱になって愛美を探し始めるわよ」
 どころか、お母さんが口にするお父さんの姿も想像出来てしまうから、全く楽観できる気がしないって言うか、少し気が早すぎる気がするけれど、私って結婚できるのかな。
「家出って……やっぱりお母さんも心配?」
 ただそれとは別の話で、蒼ちゃんを大切に想っているおばさんが心配しない訳は無いと思うのだ。
「もちろんよ。愛美に万一があったら、お母さん立ち直れないわよ。もちろんこれは慶久にしても同じだけどね。ただ蒼依さんは一人っ子なんだから尚の事心配も大きいでしょうし、心労も深いと思うわよ」
 確かにそうだ。人数の問題だって言うのも嫌だから口にはしないけれど、蒼ちゃんは一人っ子なのだからその想いもヒトシオ大きい気がする。
「だから大丈夫だとは思うけど、しっかり貴方達、特に蒼依さんの気持ちは伝えないと駄目よ」
 確かにその通りだ。私も友達とか後輩に、自分の言葉で自分の気持ちを口にしないといけないって話は……そう言えば蒼ちゃんにもした気がする。
「ありがとうお母さん。優希君の話も含めてまた何かあったら聞いてもらうね」
 だったらまずは私の気持ちで、目に見えない形で私を守ってくれていたお母さんに私なりの笑顔でお礼を口にする。
 さすがにこの家で、この家族で良かった。何て言うのは恥ずかしすぎてそこまでは口に出来なかったけれど。
「本当に愛美って子は……お昼が出来たらまた呼ぶからそれまではせっかくお友達がいるんだから、ゆっくりしてなさいな」
 それでも私の気持ちが伝わったのか、代わりに涙を浮かべるお母さん。
「ありがとうお母さん」
 お母さんの涙だっていくら同性とは言っても気安く見るもんじゃない。
 そのいきさつも理由ももう分っているのだから、後はそっとしておこうと静かに自室へと戻る。


 私が自室に戻った時、何故か着信を知らせるランプが光っていたから見て見ると、今日から復学して登校しているはずの咲夜さんからだった。
『もしもし咲夜さん? 学校はどうしたの?』
 万一ここに来て学校に行っていないって言うのなら、思いつく限りの文句を口にしようと電話したら、
『心配しなくても学校には来てる。今電話したのは実祝さんが、愛美さんには一報入れといた方が良いって言ってくれたから』
 学校に行った上で、実祝さんとも仲良くしてくれているみたいだ。
『その実祝さんは?』
『うん。今は九重さんと喋ってるけど……』
『けど?』
 どうも咲夜さんの歯切れが悪い。
『正直今の教室に居づらい』
 それは咲夜さん的になのか、それともクラス全体の雰囲気がと言う理由なのか。
『別に九重さんと実祝さんと三人で喋れば良いじゃない』
 少し意味は違うけれど、女三人寄れば姦しい。とも言うくらいなんだから、別に三人で喋ったって良いと思うけれど。
『あたしもそうしたいんだけど、やっぱりあたしが停学になった二つのグループに属してた事もあって、中々入り辛くて』
 ある程度は自業自得だから仕方がないにしても、登校出来るように計らったのは私だし、実祝さんを独りにしたくなくて、咲夜さん自身を諭したのも私だ。
 ただそれ以上に、私は統括会役員……違う。友達の一人として力になりたいとは思う。
『じゃあ学校では実祝さんとはまだ喋っていないの?』
『うん。今日はまだ喋ってないけど勘違いだけはしないで欲しいの。愛美さんも登校したら分かるけど、授業中も休み時間もクラス全体が重いの。だから喋る人がほとんどいないの。だけど今日の昼休みは実祝さんと一緒だから、その時に色々言聞いてみる』
 そう言えば実祝さんの感想もよく似た感想だった。
 ただその中でも咲夜さんを押しのけて、今までほとんど喋っている姿を見ていないのに実祝さんと喋る九重さんは気になる。
『それじゃあ授業が始まるから切るね』
 私の考えが逸れてしまっている間に、そのまま授業の為に通話が途切れる。
「今の電話ってもしかしてアノ人? 私、そんなつもりじゃなかったんだけどな」
 蒼ちゃんの声に含まれる、濃い苛立ち。何の物音もしなかったはずなのに、硬直までは行かなくても突然の声に驚く私。
「蒼ちゃん誤解している。たまたま部屋に戻ったら着信があったから、かけ直していただけだって」
 こんなタイミングでばかり咲夜さんとの電話を見られている気がする。
「かけ直してって、じゃあアノ人って分かって愛ちゃんから電話したって事?」
 その苛立ちが私にも向けられ始める。
「……だってずっと実祝さんを独りにしたくなかったから、咲夜さんを無理矢理にでも登校に持って行ったのは私だし、だったら中途半端な事をするんじゃなくて、実祝さんを独りにして欲しくないじゃない。別に私、咲夜さんを完全に許した訳じゃ無いよ」
「祝ちゃんを独りにしたくないって愛ちゃんの気持ちは分かるけど、愛ちゃんを利用して愛ちゃんの優しさに付け込んで、空木君に遊び半分、いい加減な気持ちでちょっかい掛けて、今も私のいない場所でコソコソ愛ちゃんに連絡取って……アノ人なんて大っ嫌い!」
 しかもその理由が全部私の為だから、無碍にも反論もしにくい。それでも咲夜さんなりに何とか行動しようと、あ。
「そうは言うけど、咲夜さんが何とか私への想いを諦めるように倉本君に説得するって言ってくれているんだよ!」
「だから? あの会長さんに火をつけたのも全部アノ人じゃないの? 私、前にも言ったけど偽善者って一番嫌いなの」 (92・127・142・143)
 咲夜さんの今の辛い気持ちも分かるけれど……私にも経験があるから何となく予想が付くけれど、今は何を言っても駄目な気がする。
 それでも以前蒼ちゃんが、みんなと楽しくお喋りがしたいだけだって言っていたのを覚えているだけに、私の心を寂しくする。
「でも、私も前に言ったように、今は無理でもいつかは赦して欲しいって思うよ」
 やっぱり私の前で懊悩していたのは幾度となく目にしているのだから。
「……もうアノ人の話なんて辞めよ?」
 ただ私も、昼からの話もあるからと、今はこれ以上踏み込むのを辞めて取り留めのない話を蒼ちゃんと楽しむ。

 その後お昼過ぎくらいに、お母さんに呼ばれた際 “昼過ぎに家を出るみたいだから14時頃に来られんじゃないかしら” との話で、蒼ちゃんのおばさんが来るまでは各々で過ごす事に。
 だからさっきの今で蒼ちゃんの目の前って言うのもあって、お母さんと顔を会わせ続けるのが気恥ずかしかった私は、自室に戻って朱先輩の教科書を眺めていた所、
『良かった。愛先輩に繋がった!』
 最近頻度の多い中条さんからの切羽詰まった声。
『私に繋がったって、倉本くん絡みで何かあったの?』
『はい! って言ってもあの会長じゃないんですが先に謝っときます。昨日の愛先輩との約束は守れそうにありません。本当にすいません!』
 息荒く、焦ったまま一息で決して穏やかでない結果だけを伝えてくれるけれど、理由やいきさつが分からないから何も言えない。
『謝らなくて良いから、早く理由を言ってよ』
 ただ、一日で約束を反故にされると言うのは、可愛さが戻ってきていると思っていただけに、今後中条さんとの付き合いは――
『何を考えてるのかあーしには分かりませんが、今日彩風が休んだんです。しかも携帯に何回かけても電源を落としてるのか全く通じないんです。これはあーしも全く予想してませんでした』
 ……一瞬何を言っているのか分からなかった。
『えっと。休んだって言うのは体調を崩したとか、そう言うんでも無くて?』
 と言うか、昨日は倉本君とは話していない……いや、話した結果泣きじゃくっていたんだっけ。
『分かりません。なんせ全く話が出来てないんで何とも言えません。ただあーしの予想では、昨日と一昨日の会長との話し合いがとん挫って言うか、愛先輩の話ばっかりなのが精神的に堪えたんだと思います。それでどうします? あーしはどう動いたら愛先輩の力になれますか?』
 どうするのが良いのかと聞かれれば、中条さんが言った原因らしき話を直接倉本君から聞き出せればいいのだけれど、あの倉本君相手に女の子一人でって言うのもアレだし……
『じゃあ放課後に優希君と一緒に倉本……あーちょっと待って』
 そう言えば優希君と倉本君を会わせると駄目なんだっけ。
 でも金曜の空気だと二人顔を合わせても大丈夫なのかな……こういう場合、どう判断したら良いのか迷う。
 私も倉本君と二人で会うのは無理だけれど、私と中条さんの二人で話を聞ければ良かったんだけれど……
『えっと……あーしが直接会長から事情を聞けばいいんですか?』
『言っちゃえばそうなんだけれど、倉本君機嫌が悪い時は本当に言葉も態度も行動も悪くなるから可愛い後輩「!!」一人で行かせたくないの』
 せめて、近い内に私を諦めてもらうように説得してくれる実祝さんや咲夜さんと、もう少し面識でもあれば……
『力でどうこうじゃ無ければ、女は口が立つって言うくらいなんですから大丈夫です! 少しでも愛先輩の力にならせて下さい! ただ、今日の交渉と言うか、彩風との話自体は無理です。すみません』
『ううん。こればっかりはしょうがないよ。むしろ早く知らせてくれてありがとう。それよりも中条さんは私にとって可愛い後輩なんだから「やたっ」倉本君相手に無理はしないでね』
『分かりました! 放課後までまだ時間はありますから、最後まで愛先輩の為に時間を使います。ありがとうございます』
 なんか途中で中条さんの喜びの声が聞こえた気がするけれど、まずは彩風さんと今日の交渉だ。
 ただ彩風さんがどう言うつもりかは分からないけれど、今日に限って休むと言うのはさすがに説教をしないといけない。
 彩風さんが辛いのは分かるけれど、それは私も今まで何度も言って来たし、この週末くらいからは中条さんも協力してくれているはずなのだ。なのに一人で勝手な行動を取るのはさすがに看過できない。
 ただ週末に関しては、聞く限り倉本君にも大きすぎる責任があるのだから彩風さんだけを責めるつもりは全く無いけれど。
 いずれにしても、倉本君からは正直に全部話して貰わないと、誰も納得しないんじゃないのか。現状思う事はたくさんあっても今ここで“タラレバ”の話をしたってしょうがない。
 彩風さんに全く連絡がつかない以上、倉本君に洗いざらい喋ってもらうしかないのだから、可愛い後輩を単身倉本君の元に向かわせるのは仕方が無いと納得させることにする。
『その気持ちは嬉しいけれど、友達と授業は大切にしてね』
『ありがとうございます! それじゃあ時間ないんでこのまま会長の所へ向かいます』
 私が葛藤している間に、善は急げとばかりにこっちもまた通話が切れる。
 しかし、二人とも今日は交渉の日だって分かっているはずなのに、どうして話し合いが出来ないのか。いやまあ、私も実際の所、倉本君と二人だけで顔を付き合わせろと言われたら無理だから、この言い方は駄目なのか。
 それよりも前日は泣き続けて、今日は休みって言うのはどう考えても楽観的になれる要素が少ない気がする。
 私が可愛さの無くなった後輩を考えていると、
「……」
 今度は倉本君からかかって来るけれど、これだけ色々見聞きして私の気持ちなんて全く考えないで、恋情ばかりを語って来る倉本君。どうせ今回も変わらないだろうって思うと、例え今回の電話は本当に交渉の話だったとしても電話に出るのですら躊躇ってしまう。
 私も優希君で一喜一憂してしまうのだから、そこまで他人を言える訳じゃ無いけれど少し恋愛に振り回され過ぎな気がする。
 一方で中条さんからの連絡もあった通り、今日彩風さんが休んでしまったからどうにもならなくなって私を頼ってくれたのかもしれないのかと思うと、やっぱり電話機を手放すのも惜しい。
 私が迷っている間にも途切れることなくなり続ける電話。
 いい加減私がどうしようかと思ったところで
「愛ちゃん。電話良いの?」
「倉本君からだから、どうしても電話出るの躊躇っちゃって」
 結局良くは無いと思っても、そのまま居留守みたいな形になってしまう。
「だったら電話に出ちゃダメだよ。そう言うのは彩ちゃんか空木君に任せておけばいいの」
 そして蒼ちゃんもまた、優希君と同じように私の手から取った携帯の電源を落としてしまう。
「その彩風さんは、今日学校を休んだって言うから余計に気になっちゃって」
「それでも愛ちゃんは、金輪際会長さんと二人で会ったら駄目だよ」
 それはやっぱり優希君がこっそり教えてくれた、倉本君の男の人としての視線があるからで。(171話)
「それはもちろんだって。だいたい倉本君と二人きりになるのは私も怖いから無理だよ」
 私の反応に満足げな蒼ちゃんの表情を最後に、蒼ちゃんのおばさんが来るまで下のリビングへと移動して、お母さんと三人で待つことにする。

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