第172話 人のいいとこ探し Bパート

文字数 6,545文字

『そう言えば、金曜日優希君と話をするって言ってなかった?』
 あの日は中条さんと話をするから、私に会いに来てくれるとは思っていなかったのだ。
『はい。その話ももちろんなんですが、いくら腹立ってるとは言っても、ちょっと彩風に対して当たりが強すぎますって言うか会長。そんな暴挙に出たんですか?!』
『何で? 私が倉本君を毛嫌いすればするほど、彩風さんの中では不安は消えるんじゃないの? それに中条さんも同じ女の子なら、好きでもない男の人から突然触られたり抱かれたりしたら、びっくりしたり怖かったりはしないの?』
 当たりが強いって……彩風さんとの電話でも思ったけれど、こっちは激励とか安心してもらえるようにと思っているのに。
『もちろんあーしにそんな暴挙を働いたら、グーで殴りますけど。会長も所詮はただのケダモノだったんですね。なのに本気で愛先輩に絞ってるなんて……』
 諸々の話で私が泣きたいのに、どうして中条さんが落ち込むのか。しかもケダモノって……間違いなく中条さんのイメージの方が悪いと思うんだけれど。
『……改めて順を追って話しますけど、金曜は副会長からたくさん叱られたんですよ。愛先輩がお願いした雪野の話はどうしたのかとか、彩風さんに対するフォローの件とか。その行く末は、どうにもならなくなった会長が愛先輩にちょっかいをかける理由になってしまうんだって。万一それで愛先輩が悲しむような場面が出たら、副会長に愛先輩とは会わせないって言ったんですから、あーしも愛先輩とは会わさないって、カウンターを貰いまして……しかも間の悪い事にさっき彩風から連絡がありまして、結局会長とは全くと言って良いほど話が出来なかったらしいです』
 思わず天井を仰ぎ見る。だからあれだけ心を鬼にして話を聞くようにって言ったのに。
 この二人が仲直りって言うか、仲良くなる目はもうほとんどないんじゃないのか。どうして優希君も駆け回ってくれているのに残念な方への話が止まってくれないのか。
『……ちなみに彩風さんは何て言っているの?』
 さっきまではとっても楽しくて幸せだったのに、どうしても私の声が高ぶってしまう。
『愛先輩……話を聞こうにも、愛先輩の話ばっかりされて辛いって。何もかも雪野が全部台無しにしたって泣きじゃくっていました』
 酷い。私との金曜日もそうだったけれど、彩風さんだってこの週末は倉本君の為に時間を作ったんじゃないのかな。
 ただ彩風さんも彩風さんだ。どうしてそこで雪野さんの責任にしてしまうんだろう。どう考えても雪野さんがそこまで悪いとは思えないのに、みんなしてどうして雪野さんに非難を集めるんだろう。どうしてそうまでしてお互いの気持ちと向き合えないのかな。
『私。ちゃんと何回も言ったんだよ?! 倉本君なんて好きじゃない、触れられたくないって。私、倉本君に触れられないように気を付けてもいたし、その為に私の友達にも立ち会ってもらったし、優希君にも助けてもらっていたんだよ?! その上で
“五人で一つのチーム”だって言う倉本君を理解するために、倉本君の話を聞いて耳を傾けてって言い続けて来たんだよ?! その為に雪野さんの良い所も言って来たし、倉本君と彩風さん二人の意見を消さないためにも心を鬼にして、キツイ話もしたじゃない! 雪野さんが独り苦しんでいる話もちゃんとしていたじゃない! なのに何でお互いをちゃんと見てくれなかったの? どうして彩風さんも倉本君も分かってくれなかったの? 私、この話中条さんの前でもいくつかした事あったよね?』
 明日交渉のはずなのに、何の要件も満たせていない二人。これだけかみ合っていないと信頼「関係」以前の話だ。私は目に浮かんだ涙を拭き取るために、少しだけ受話器を失礼する。
『確かに何回かは聞きました。その度にあーしも、会長に見てもらえるようにとは言いましたけど……』
『……じゃあ、彩風さんは中条さんのお話も聞いていないって事じゃない! それでも私が厳しいの? 当たりが強すぎるの?』
 受話器を失礼している間に、何かを言ったのかは分からない。ただ中条さんの話も聞いていなかった。あの二人は誰の話にも耳を傾けなかった。それが一つ分かっただけだった。
『愛先輩……今からでもあーしに出来る事ってありますか? 愛先輩の涙をあーしに止める事は出来ますか』
 私が想いの丈をぶちまけている間に涙声に変わってしまったのを聞いていた中条さんが、声を掛けてくれるけれど、
『どうせ何言っても聞いてくれないし、時間も無くなったじゃない』
 交渉は明日だし、倉本君の中でも答えは出かかってしまっている。
『愛先輩……あーしは少なくとも彩風と会長は応援してましたし、助言もしてました。信じて欲しいです』
『……雪野さんのお話。中条さん、私の話聞いてくれていなかったよね』
 統括会でも、誰か一人の責任にするなんてのは認められないって話したにもかかわらず、みんな雪野さんの責任にばかりして。
『……雪野の件は、金曜からこそこそするのは辞めて、普通にしようって言ってます。何なら確かめて頂いてもかまいません』
『雪野さんの噂は? 消してくれていないの?』
『……』
 やっぱり。
『……これでも私、倉本君に惹かれる事は無いって彩風さんが安心出来るように言い続けて来たんだよ。その上で倉本君に彩風さんを見てもらえるようにって、話を聞くようにって言って来たんだよ。一つの問題に対して、二人でしっかり話合えればお互いの理解も仲も進んだんじゃないの? 中条さんの言う見てもらう努力ってそう言う事じゃ無かったの? そう考えたら、雪野さんは恋の仲介者みたいな立ち位置になれたんじゃないの?』
 少し視点を変えるだけで、人が持つ全く違う一面だって見えるはずなのに、どうして頭から雪野さんイコール悪だと決めつけてしまうんだろう。
『――?!』
 何度も言うけれど、雪野さんのあの頭の固ささえなければ優希君の彼女になれたのは、私じゃなかった可能性が非常に高いのだ。
 それくらい雪野さんを知れば知る程魅力的な女の子ではあるのだ。
『むしろ私が聞きたいんだけれど、これ以上何をどう言ってどうしたら良いと思う?』
 だけれど、私が何を言っても先走った感情のせいで全く話を聞いてくれない二人。
 だから逆にどう言えば二人に届くのか、私に教えて欲しい。
『……愛先輩から見た雪野の良い所ってどんなところなんですか? あーしからもう一回ちゃんと話します。だから愛先輩の視点から話をするために教えて欲しいんです』
 今更何を聞いて来るのか。
『どうせ答えたって、今回も聞いてくれないんでしょ』
『ちょっと愛先輩?』
 今まで何度も何度も伝えて来たのに、今日だけ聞いてくれるなんて思える訳が無い。かと言って私もどうしたら良いのか分からない。
『……愛先輩に言おうかどうしようか迷ったんですが。さっきも言いましたが、前回愛先輩と約束した雪野の話をクラスでしたんですよ。さすがにこれ以上はマズいって。三年で起こったいじめみたいになるって。あーしらだって腹立ったら喧嘩もするって。それを雪野だけに当てはめるのは悲しむ人がいるって。でもクラスから返って来たのは“いつも、誰に対しても雪野はあんな態度”だって言うんですよ。だったらせめて雪野の方からも歩み寄る努力って言うか、姿勢は見せても良いんじゃないですか?』
 私がつっけんどんにしたのが中条さんの心境を変えたのか、私からの心象が気になったのか、金曜日の中条さんの心と意識の動きを教えてくれる。
『歩み寄るって何? みんなで雪野さんのせいにして、たった一人で歩み寄れって言うの? 中条さんが意識を変えてくれつつあるのは、後輩として可愛さが戻って来ている「!」所からしても分かるよ。でも友達である事を盾にして、たった一つの瑕疵を槍玉にあげて、全部雪野さんのせいにして好き勝手言って。その上、雪野さんの方から歩み寄れって、ほとんどの責任が無い中、統括会役員として誰からもなかなか理解してもらえない中、たった一人でも周りに流されずに自分で考えて行動してくれていたのに、まだ残酷な事を言うの? これだけ大きな集団同調になって、ううん……優希君の言葉を借りると、大きな意志集団になってしまって、どこかに雪野さんの気持ち入ってる? 雪野さんへの気遣いは入っているの?』
 だけれど、中条さんもまた雪野さんを人として全く見ることが出来ていない。さっき中条さん自身が自分で零していたけれど、私の親友や友達が被圧側に立たされていたって言う経験があるから中条さんが加圧側に立った時点で、私は中条さんとは友達は出来ないと思う。
『その愛先輩の考えを教えて欲しいんです。雪野自身が恋の仲介者になれたって気づけなかった情けないあーしに教えて欲しいんです! あーし、あの愛先輩の言葉に本気で納得出来たんです。雪野には悪いかもしれませんが、彩風が会長に見てもらえる絶好の機会だったって言葉に本気で納得出来たんです』
 それでも可愛さの戻りつつある後輩が、何とか自分自身も変わろうと、雪野さんを理解しようとしているのは伝わる。
『……中条さんは私の話を聞いてくれるの?』
『――! もちろんです!! それに彩風にもちゃんと知らせて聞かせます!』
『でも結局今日だって、雪野さんのせいで倉本君が彩風さんに私の話をしたって冤罪をかけているんだよね』
 だけれど倉本君の交渉は明日であって、一番大切な時間を私への気持ちで全部潰してしまったのは、他の誰のせいでもない倉本君自身なのだ。
『……彩風とは大喧嘩する覚悟でしっかり話します。それに会長の交渉には明日の朝と昼休みがあります』
 中条さんの声音が少し変わる。
『……じゃあ水曜日。私が登校した時、良い話。聞ける?』
 だけれど、交渉に失敗しても元の黙阿弥だし、二人にお互いを見てもらわないと結局私がしんどい事には変わりないのだ。
『水曜日から登校って! 分かりました。そう言う事でしたら今から放課後までの時間は全て愛先輩の為に使います。愛先輩に尽くします!』
 ……未だ心の中に迷いのある私は、以前もう一回だけ中条さんを信じて、何かあれば電話で話をする、相談にも乗ると言う話をしたのを思い出す。(138話)
 そして中条さんの方は、最低限ではあるけれどこうやって連絡をして来てくれている。だったらあと少し、これで聞いてもらえなかったらって言う気持ちも強いけれど

話しても良いのかもしれない。
『……付き合いの浅い私でも分かるのは、まず物事の善悪がハッキリしていて分かりやすい。その上自分が悪いと思えば素直に謝るし、さっきの話の中でも言ったけれど自分の考えをしっかり持っているから周りには流されない。だからこそ頭が固いと感じる事もあるけれど、集団同調にも流される事は無い。それゆえに人の悪口もまず言わない。部活のトラブルの時もしっかり見ていれば気が付けたと思うけれど、噂を鵜呑みにして頭から決めつけるのではなく、しっかりと事実を本人に確認しようと行動出来る。それに雪野さんってかなり料理も上手だから、好きな人に振り向いてもらうために、彩風さんみたいに他人のせいにせずにコツコツ努力出来る()だよ』
 今パッと思い付いた分だけでも、これだけ雪野さんの良い所が浮かぶ。
 特に集団同調に負けないって言うのは確かに敵も作り易いのだろうし、眉を顰める人も多いのだろうけれど、今まで懊悩を繰り返して来た咲夜さんが今、壁にぶつかりながら後悔している姿を見せてくれているように、同調圧力・集団同調の先にあるもの、人間関係には雲泥の差が出るのは、もう私がこの学校で【体験】した事なのだ。
『料理って……』
『今、中条さんがため息交じりに言った料理だけれど、さっきも言ったけれど雪野さんは私とお付き合いしている優希君に対して泣き言一つ言わずに、誰のせいにするでもなく少しでも美味しい物を、好きな人に喜んでもらおう、自分自身を見てもらおうってお弁当もお料理も頑張ってるよ――彩風さんとは違って』 (140話)
 本当に今更だけれど、女だから料理、お弁当って言いたいわけじゃない。そんなのは下手したらただの手段でしかない。
 雪野さん自身を優希君に見てもらおうって努力している姿は、やっぱり同性からしても人のせいばかりしている人よりよっぽど好感は持てると思うのだ。本当に、同じ人を好きにならなかったら今の彩風さん以上に全力で応援も協力もしていた。
 それに、今回は私が雪野さんの恋を実らせないけれど、この努力は次の雪野さんの恋では必ず力にもなるだろうし、雪野さん自身も成長できると思うのだ。
 恋や失恋を通して成長できるって言うのは、ただの惚れた腫れただけの話じゃなくて、こういう努力があってこそなのかもしれない。
 こういう雪野さんの姿勢とか姿を見ているから、粘度の高いドロドロの嫉妬が渦巻くし、その反対に好感って言う相反する二つの感情が同居するのだと思う。
『……それって。今回は実らなかったとしても、あーしらの言ってる事、そのまま実践してるのは雪野じゃないですか』
『もう一つ言うなら、雪野さんの今している努力は、次の恋では必ず力になるよ。お弁当にしても相手に対して自分を見てもらう努力にしても。なのに、私を涙させてとか邪魔をしてとか、それこそ雪野さんは自分の気持ちを伝えたらダメなの?』
 だとしたら私が真っ向から対立している教頭と同じだし、人自身を見るっていう話にも繋がると思う。
 ただし、同じ人を好きになってしまうって不幸な事故が起こってしまった以上、雪野さんの気持ちをしっかりと受け取った上で、へし折ってやるけれど。
『……なんか。雪野ってムカつく事も多いですけど、恋愛にしてもなんにしても真剣に本気なんですね』
『そうだよ。だから、私は雪野さんに対して人には言えないくらいのドロドロになってしまった嫉妬が渦巻いているけれど、頭の固い可愛い後輩「?!?!」だなって思っているんだよ』
『……どうしてあーしらと、愛先輩で印象って言うか見え方が違うんですか?』
『それは周りに関係なく、その人自身を見ようとしているから、全体に思考が流されていないからだと思うよ』
 もちろん私を含めたどんな人にだって、長所と短所があるのだからどこを見るかの違いだけだとは思うけれど……それでも人のいいとこ探し、良い所を中心に見ようと意識して行けば、その先にあるのは多様性や集団同調・同調圧力⦅ではなく⦆、多様

調

だと思うのだ。
『……雪野にあーしらが気付かなかっただけで、良い所や愛先輩が認めてるところもたくさんあるのが分かりました。しかもこれ以上ないくらい雪野があーしらの話を実践してた事と、恋の仲介者になれたって話も理解出来ました。この後なんですが、なんせ時間が無いので彩風にすぐ連絡してみます。現時点ではどこまで聞くかは分かりませんが、さっき愛先輩と約束した通り、喧嘩してでもしっかりと彩風に説明します』
『……ホントに?』
『正直、ここ最近の彩風、本当にボロボロなので確約は出来ませんが、多分副会長もこんな気持ちなんでしょうね。愛先輩が聖女の涙を零してしまうくらいなら、あーしが何としてでも彩風を説得します!』
 聖女の涙って……ちょっと恥ずかしいから大っぴらに口にするのは辞めて欲しい。それになんかその言い方だと、私が女の涙を武器にしたみたいに聞こえなくも無いけれど。
 でもまあ、私が想いの丈をぶつけた時に涙声になってしまったのは事実だから、今回は“素直”に引くけれど。
『じゃあ明日一日しかないけれど、よろしくね。それと今日はごめんね』
 恥ずかしいから“何が”とは言わないけれど。
『いえ。愛先輩の濃い優しさとか、深い想いやりも分かりましたし、何より副会長の言ってた意味も分かりました』
『じゃあまた結果、聞かせてね』
 私が優しいとか思いやりとか……それに優希君の事とか……その全ては一旦私の中に押しとどめておくことにして、とにかく明日を中条さんに託す。

―――――――――――――――――Cパートへ――――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み