第176話 信頼の積み木 8 Bパート
文字数 7,008文字
「さっきから蒼ちゃん、機嫌悪い?」
各々が注文を終えた店内。診察からこっち明らかに口数が少ない蒼ちゃん……とおばさん。
「結局お母さんが何一つ私の話を聞いてくれなかったから呆れてるだけだよ」
それに対して不服そうにはするけれど、言葉にまではしないおばさん。
今までと構図が逆になっている。
「聞いてくれないって、その為に今日も一回話をするんだよね?」
朝、お母さんと話し合ったはずだ。
「確認するも何も、先生が言ってくれてたのに……」
対する蒼ちゃんは、明らかにおばさんに対して不満顔だ。
「でも先生自身が出来るだけ安静にしてなさいって、無理な運動も駄目だって蒼依も聞いてたでしょ」
「だから歩いて友達と喋るだけの事が、何で無理な運動になるの? 結局先生の話すら聞いてないじゃない」
その二人が店内にもかかわらず、そのまま親子喧嘩を始めてしまう。しかもどっちも診察の際の病院の先生が原因っぽいし。
「まあまあまずは食事を摂って落ち着いてから、改めて話をしましょ」
お母さんも何かを察知したのか、お母さんの一言で険悪とまでいかないけれど、全く無言の二人を含めた四人での外食となる……けれど、久々の外食でこの空気ってどうなんだろう。
「で。先生からは何て言われたの?」
全員が一通りの食事を終えて、落ち着いた頃合い。私から蒼ちゃんに水を向けると、
「さっきの診察で先生がね、外に出て散歩したり時々でも良いから喋ったり騒いだりして、気分転換とかリフレッシュはちゃんとしてるのかって。ずっと部屋に閉じこもってばかりだと体も代謝も若いとは言え、どうしても落ちてしまうから治りが遅いんだって」
「でも先生は無理な運動は、傷や腫れ炎症などを長引かせるから、安静にとも仰ってたじゃない」
また
「それだって一番初めに日常生活には支障ないって言ってた」
だけれど、せっかく蒼ちゃんが自分の気持ちを口に出来ているのだから、レストラン内。他のお客さんに迷惑になるかもしれないけれど、応援も込めて私から止めるなんて無粋な真似はしない。
「何でもかんでも病院、医者って少しはお母さんの話も聞いたらどうなの?」
「一週間我慢して聞いた結果が、今日の先生からの話だったんじゃないの?」
お母さんもそのつもりなのか、穏やかな表情を浮かべて二人を見ている。
私もお母さんに聞いてみたい質問が浮かんだけれど、これはお母さんと二人の時に聞いてみたい。
「どうしてそんな屁理屈ばかり言うの? 前までそんな反抗的じゃなかったじゃない。やっぱりあの学校が原因なんじゃないの?」
「酷い! お母さんこそ私にもっと自分の気持ちをはっきり口に出来たらって言ってくれてたじゃない! お母さんはいっつもそう。自分の事、自分が言った事は棚に上げて未来なんて誰にも分からないのに、結果論でばっかり話して。私が暴力を受けてたって知らなかった間は何も言わずに、知ってから心配する演技なんて心配してるなんて思えない!」
「蒼依! あなた親に向かってなんて事……『ちょっとおばさん! その振り上げた腕、どうするつもりですか? まさかその手で傷だらけだって分かってる蒼ちゃんをひっぱたくつもりなんじゃないでしょうね。それともう一つ言わせてもらうと、ここは店内ですよ』――……」
お互いがじっくりと話し合って分かり合おうと言うのなら、多少の迷惑は周りの人に我慢してもらうとしても、例えおばさんであっても、昨日に続いて私の大切な親友に手を上げようとするのは見過ごせない。
特におばさんの場合は今回の件で、学校を辞めさせるとまで言っているのだから尚の事認められない。
おばさんが蒼ちゃんに手を上げるなら、今日もう一日私の家に泊ってもらう。
下手をしたら今のおばさんより、蒼ちゃんラブな慶の方が優しくしてくれるんじゃないだろうか。
ただこれだけはおばさんの気持ちは蒼ちゃんに伝わらないだろうからと、
「蒼ちゃんも。言いたい気持ちは分かるけれど、私には自ら秘密にしていたからって、気付けなかった事を認めてくれたじゃない。だったら同じように隠し通そうとしていたおばさんに、言っちゃダメな言葉だと思うよ」
私も蒼ちゃんに昨日指摘されるまで気付けなかったのだから、人に言えるほど分かっている訳では無いけれど、
「そもそも蒼ちゃんは今年に入ってから学校を休みがちだった。それに対しておばさんからは文句を言われなかったんだよね」
「……それだって別に私に興味が無かったから? だから身体の傷と同じように何も聞くも言うもしなかった」
……ひょっとしてこれって……
「それは違うよ蒼ちゃん。おばさんは以前から蒼ちゃんに笑顔が少ない事は気にしていたよ。今の学校に蒼ちゃんを通わせ続けるのは、本当に蒼ちゃんの為になるのか、おばさんが余計な話をしたがために蒼ちゃんが余分に悩んでいるんじゃないのかって悩んでいたのは知ってるよ」 (43話・91話)
実祝さんとのクッキー事件、蒼ちゃんの欠席が続いた時、
「それにおばさんが、蒼ちゃんが行きたがっていた料理学校も迷っていたのも知っているよ。本当に興味が無くて無関心なら、蒼ちゃんでこんなに悩むなんて事ないんじゃないのかな? 毎日私の家にまで顔は出しに来ないんじゃないのかな」
「悩むって……今の学校は愛ちゃんと一緒に卒業しようねって二人で入学したのに」
そこに朱先輩から教えてもらった“好き”の反対“無関心”の話。色々な視点、考え方を付き合わせていくと、やっぱり蒼ちゃんに興味が無いって考えるには無理があると思う。
「……防さんも。娘さんから私たち親の想いを全否定されたショックは分かりますけど、娘さんにも私たちの気持ちとか、想いなんかはしっかり伝えるようにして行かないと、同じ屋根の下で暮らしてるだけでは分かってはもらえませんよ」
本当にそう思う。お母さんが言ってくれた内容も含めて、私の家は事情が異なるのだから伝えられる時に相手に伝える癖自体はついている。
「お母さん……」
「……それに、一日でも早く蒼依さんの元気な姿が見たかったら、親の気持ちだけじゃなくてどうしたって子供の意志、病院の先生が仰る方が正しいんですよ。悔しい事に。ですけど」
それでも返事をしないおばさんに、お母さんの体験なのか気持ちを伝える。
「……蒼依はそうまでして今の学校を卒業したいの? これだけの目に遭っても辞めようとは思わなかったの?」
やっぱり大人は大人同士の方が話や想いは伝わりやすいのか、おばさんの聞き方や雰囲気が少し変わる。
「もうその話も何回も『蒼ちゃん。今日はもう一回蒼ちゃんの気持ちを伝えるんだよね』――私は卒業したい。この気持ちに変わりも迷いも無いよ。その後でお母さんが勧めてくれた調理師の専門学校か、栄養学、食に関する学校に
進学
したい」でも、家で散々よく似た問答を両親と交わして来たのだろう蒼ちゃんの言葉が売り言葉に買い言葉だったから、本来の目的を思い出してもらうけれど、そこから出て来たのは私ですらも聞いた事の無かった蒼ちゃんの気持ちだった。
「……蒼依の気持ちは分かったわ。ただお母さんも考える時間とお父さんと話し合う機会はちょうだい」
それでも蒼ちゃんの欲しい、私たちが引き出したい言葉が出て来ない。だけれど、今日の蒼ちゃんは本気だった。
「考えるも何も、私を外に出してくれなかったら中々治らないし、お母さんが話を持って来てくれたお料理教室だって通えない。私の時間だけがどんどん減って行く」
「……」
「お母さんは今回を理由に本当に何もさせてくれないの? 私、そこまで我慢しないといけないほど悪い事したの?」
そう言えば夏休み、蒼ちゃんの誕生日にお邪魔した際、夏休みから週1~2回、お料理教室いや、お菓子教室だかに通っているとか言っていたのを思い出す。
「でもそれって先週の週末は?」
「お母さんがこんなだもん。欠席したよ。本当だったら洋菓子だけじゃなくて和菓子も教えてくれるところなのに」
それもそうか。私の家に家出してくるくらいなんだから、穏便な話で済む訳なかった。
「このままだったら学校も料理教室も中途半端になるって事? 私のこの二年半って何だったの?」
確かにそうだ。何もかもを中途半端にして、自分の人生に納得なんて出来る訳が無い。
「……“
「言っとくけど、お母さんが今ここで首を縦に振ってくれないと私、家に帰らないから」
その上でおばさんから顔を逸らしたまま、家出の続行も辞さないという蒼ちゃん。私もここまで頑なな蒼ちゃんを見たのは初めてだ。
「……分かったわ。お菓子教室の件もあるから外出の件は分かったわよ。学校の件もちゃんとお父さんと話をするから、とにかく家に帰って来て」
果たして蒼ちゃんの気持ちがおばさんに届いた瞬間だった。
「絶対だからね。今愛ちゃんと愛ちゃんのおばさんにも聞いてもらったからね」
「分かってるわよ。ただし、蒼依の状態が悪化したら今の話はすべて無効よ。それくらいは条件として医者が言うんだったら良いわよね」
素早い蒼ちゃんの念押しに、空かさずおばさんも条件を付け足す。
結果お互いが納得し終えたところで、ようやく蒼ちゃんが二日ぶりの家に帰る流れに。
その二人をお母さんが直接蒼ちゃんの家まで送るという話で、今度は蒼ちゃんとおばさんが後部座席に。私が助手席に。
そして蒼ちゃんの家の前で二人を見送る際、何かを軽く話していた大人二人。何を話しているのかは小声で聞き取れなかったけれど、お互いにメモ紙を渡し合っていたから、家族ぐるみの付き合いに発展したら良いなと思いながら、二人を見ていた。
そして最後。家へと戻るための車内で、再度私たち
「この三日間私からもありがとう。これで蒼ちゃんと同じ学校を卒業できるよ」
「そんなの気にしなくて良いのよ。そう言う愛美も立派だったわよ」
いや立派って……お母さんからそう言ってもらえるのは嬉しいけれど、あの場で自分の気持ちをしっかりと伝え切れた蒼ちゃんが一番立派だと思うんだけれど。
「それでお母さんに聞きたい事があるんだけれど」
「どうしたの? 改まって。愛美の話だったら何でも聞くわよ」
ただそれとは別で、さっきまでの会話で感じた疑問を解消したいのだ。
「一昨日くらいに“親に心配かけるのは子供仕事”みたいな話をしていたけれど、私ってやっぱりお母さんに心配かけている?」
とは言っても先週からこっちの話に関しては弁解の余地もないんだけれど。
「愛美は自慢の娘なんだから、心配はおろか気にならなかった日ですら一日も無いわよ。それでも愛美は素直だから、割と思ってる事や考えが、表情や態度に現れるから心配まではしても不安にまではならないのよ」
そっか……心配はかけてしまっているのか。その気持ちが申し訳なくも嬉しい。
「だから先週愛美の身体を見せてもらった時、お母さんの心がどうにかなってしまいそうなほどには辛かったのよ」
――もちろん愛美本人が一番怖い思いをして辛かったのは間違いないのでしょうけどね。
と付け足すお母さん。
確かにあの時も胸が潰れそうだったとも言ってくれていたっけ。
「でもね。何も悪い事をした訳じゃ無い愛美が謝る必要は無いのよ。愛美が友達の為に起こした行動で、蒼依さんも自分の気持ちを口に出来た。その上でお母さまを説得できた。愛美の勇気ある行動力はちゃんと繋がってるのよ」
大元のタラレバをしてしまえば、本来蒼ちゃんの家出も喧嘩も、今の公欠も病院も全て必要なかった話だ。
ただし“もし”や“タラレバ”のないこの世界で、今回の事件について考えるなら、蒼ちゃん自身の一人称が変わって、自分の気持ちをハッキリと言えるようになった。
“勧善懲悪”じゃないけれど、何一つ秘密にされる事なく、ほぼ全てが明るみになった中で加圧側にもしっかりと処分は下された。
それに何より私と蒼ちゃんの関係を親友から断金の交わりへと押し上げてくれた。
踏みにじられた尊厳とか、人としての何たるかも大きかったけれど少し《視点の違い》を意識出来るようになると、必ずしも悪い事ばかりじゃなかった。
もちろんこう思えるのは周りの人たちに恵まれ、たくさんの人達から優しく親切にしてらった部分が大きい。
私たちを追いかけてくれている人、見てくれている人の中には、だから結果論だって思う人もいるかもしれないけれど、私たちは“
「お母さん……ありがとうっ」
だったら私がお母さんに伝える感謝の気持ちは、これ一つしかないと思うのだ。だから私はお母さんに何気負う事なく笑顔を向けられるのだ。
それからは改めて何を喋るでもなく、穏やかな車内の中帰宅した私は、一度自室へと戻って部屋着に着替え直したところで、
「……」
再び倉本君からの着信。
恐らく朝一のメッセージに対する返事が聞きたいんだとは思うけれど、幸いにも今は昼下がりで学校は授業中だからと倉本君からのメッセージや電話には反応せずに、朱先輩からお借りした参考書とノートと共にこの2、3日分机に向かう。
どのくらい集中していたのかは自分では分からないけれど、メッセージの着信と共に私の集中力が一度切れる。
一息入れようと伸びをしてから、また倉本君からだと嫌だなって思いながら携帯を手に取ると、
宛元:優珠希ちゃん
題名:結果
本文:どうなったのよ。全く連絡が来ないんだけど。話が違うじゃない。アンタ
まさかとは思うけど、あのメスブタを殴り飛ばしに行くのにゆい訳をゆった
んじゃないでしょうね。
いじらしく、とても素直な優珠希ちゃんからの結果待ちのメッセージだった。
ただし私の気持ちに応えてくれない優珠希ちゃんには明日まで教えてあげない。
宛先:優珠希ちゃん
題名:雪野さんをどうするって?
題名:あーあ。優希君と雪野さんについては理解してねってお願いしたのに残念
だったな。私のお願いを聞いてくれなかった優珠希ちゃんのお願いは聞け
ないかな。私との約束を守ってくれている優希君には伝えるから、お兄
ちゃんから聞いてね。“とっても可愛い優珠希ちゃん”。
日曜日には優希君からは雪野さんに触れるような事はしていない。でも昨日の電話では、人恋しい雪野さんから多少触れるような場面もあったけれど、私を悲しませるような、あの時のよう二の舞は絶対にないって伝えてくれていたのに。
もちろん今、こう言えるのは私と優希君の“秘密の窓”と“盲目の窓”をお互い空けて“開放の窓”が大きくなっているからって言うのは大きいと思う。
私は優珠希ちゃんにメッセージを返したところで、
「蒼依さん! ただ今帰りました!」
朝のやり取りは一体何だったのかと言わんばかりの挨拶で慶が帰って来る。しかも私やお母さんには一声も無しで。
「んだよそれ。もう帰ったのかよ」
私が階下へ向かう途中、お母さんが先に説明してくれたのか慶が文句を垂れている。
「何言ってんの? 今朝の時点で帰るかもしれないって言っていたでしょ」
だから私からも、蒼ちゃんがまたお菓子を作って持って来てくれるって話を繋げようとしたら、
「……ねーちゃんの病院はどうなったんだよ」
何故か私に不満をぶつけて来る慶。蒼ちゃんの容態は良いのか。
まあ同じ家族である慶が心配してくれると言うのなら、今回を通して慶の優しさも見られたのだからと、隠さずに教える。
「お姉ちゃんは明日から学校に行く予定だから」
病院の先生には無理矢理頼み込んだ形に近いけれど。
「お?! じゃあおかんは明日から仕事に行くのか?」
「何言ってるのよ。最低でも今週一杯は、出来れば今月一杯と言うか、お姉ちゃんの受験が終わるまでは家にいようと思ってるわよ」
お母さんの無慈悲な返事に大きなため息をつく慶。まあ分かってはいたけれど、慶のお母さん嫌いも大概だ。
「慶久。そんな態度取ってるけど、これ以上お昼代の面倒は見ないわよ」
慶の考えにすぐ気が付いたお母さんが、お小遣いを引き合いに出すと
「これだから大人って嫌いなんだよ」
いつも通りの慶が、やっぱり少し乱暴にお母さんが用意してくれたお弁当箱をテーブルに置いて、リビングを出て行く。
――――――――――――――――――次回予告――――――――――――――――
紆余曲折ありはしたものの、自分の意見を曲げずに言い切った結果
親友の話を聞き入れてもらえる事に
もちろん今回受けた出来事が良いなんて話はあるはずも無いけど
結果として色々な考え方、物の見方を身に着けた主人公
ただそれを周りは待ってくれなくて
懸念していた二人のすれ違いが決定的となり……
知られざる一面を見せ始めるもう一人の男子
『! 愛美さんその呼び方?!』
次回 177話 子どもの権利と尊重・自己実現 ❝単元まとめ❞