第173話 本人の意思と一時保護 Aパート

文字数 6,123文字


 とにかく蒼ちゃんに落ち着いてもらった上で、もう少し詳しいいきさつと両親の話を伝えようと、私好みにはなってしまうけれど、温めのココアを持って自分の部屋へと戻る。
「蒼依さん。ここを開けて下さい。話だったら俺が明日の朝までじっくりと聞きます。だからねーちゃんがいない間に俺の部屋へ移りましょう」
 戻るけれど、私の部屋の前で一人扉越しに蒼ちゃんに話しかける慶の姿。ハッキリ言って弟ながら不審者にしか見えない。
 そう言えばあまりにも大人しかったから、すっかり慶の存在を忘れていた。確かに慶の蒼ちゃんラブを考えればどこかで行動を起こすのは予想出来た事だった。
「ごめんね。愛ちゃんから慶久君が何言っても開けなくても良いって言われてるし、こんな時間に男の子の部屋に入れないよぉ」
「あんな暴力女の話なんて真に受ける必要ありません。それに前回、今度は俺と一晩中話しましょうって約束したじゃないですか」
 蒼ちゃんに必死になるあまり、真後ろに私が立っている事に全く気付かない慶。
「けーいー? 誰が。暴力女だって?」
「――っ?!?!」
 腹立った私が、しっかりと声を落として慶の耳元でささやいた上で、その場で足踏みをして床を鳴らす。
「な?! ね! ねーちゃ、痛っぇ! いきなりビビらせんなよ、クソ姉貴!」
 ……念のため。私が慶に手を出した訳じゃ無い。驚いた慶が振り向きざまにドアノブで手を打っただけの話だ。
 それはさておき、さっきまでは大人しく自分の部屋にいたんじゃなかったのか。まあさっきのやり取りを聞くに、私が蒼ちゃんの側を離れるのを待っていたって所なんだろうけれど。
 しかし、私が両親に話をしている隙に蒼ちゃんを連れ出そうとか、まさに油断も隙もあったもんじゃない。
「ビビらせんなって、あんたこそお姉ちゃんのいない間に部屋の前で何やってんの?」
 せっかく昨日はモテない慶の為に、女心を教えてやったのに。お願いだから天城と同じ反応なんて情けなくなるからしないで欲しい。
「な?! べ、別に何もしてねーよ! いくら何でも自意識過剰なんじゃねーの?」
 しかも何もしていないとか、蒼ちゃんと一晩中とか好き勝手な事ばかり言っていたクセに。いくらなんでも蒼ちゃんに鼻の下を伸ばし過ぎだっての。
 言い訳まで天城とそっくりとか、本当直して欲しい。何なら私が教育しても良いくらいだ。
「あっそ。じゃあ今の慶の行動を朱先輩に言って聞いてみるね」
 その上、ふてぶてしい態度も崩すつもりが無さそうだからと、朱先輩の名前をチラつかせてやると、
「な?! あのおねーさんは関係ねーだろ! ったく、こんな人の弱みにばっかり付け込むねーちゃんに、男なんか寄って来る分けねーのに、オヤジもおかんも何にも分かってねーんだから」
 途端に口悪く慌て出す慶。まあ、優希君の存在を知らないのだからそこは勝手に言わせておく。
「朱先輩に言われんのが嫌ならさっさと自分の部屋に戻りなよ。しっしっ」
 まあ、人生が終わる程の何をしたのかはすごく気にはなるけれど。
「ったく。結局これだよ。暴力女」
 ココアを盆に乗せていて手がふさがっていたのも手伝って、足で追い払った慶が自室に戻ったのを確認してから、蒼ちゃんに解錠してもらって改めて自室へと戻る。


 私が自室に戻って、蒼ちゃんが鍵を閉めてくれたまでは良かったのだけれど、どうも蒼ちゃんの視線が冷たい気がする。
「取り敢えずお母さんたちには話して来たけれど、まずは一息ついて落ち着こう」
 そんな必要は無いのかもしれないけれど。ただ、蒼ちゃんの視線に何故か後ろめたくなった私は、さっきの話を伝える。
「蒼ちゃんには泊まって行っても良いって言ってくれたけれど、蒼ちゃんの家には“保護”しているって伝えないといけないからって連絡先だけは伝えたよ」
 ただ何か話をしていないといけない気がして。
「え? じゃあお父さんとお母さんが迎えに来たら私、家に帰らないといけないって事?」
 私の話にカップを置いた蒼ちゃんが、私の布団に再び潜ろうとする。
「ううん。あくまで伝えるだけで、今日は泊って行きなさいって言ってくれているから、帰らなくても大丈夫だよ。何でもこういう時はお互い少し離れて冷静になるのが一番良いんだって」
 普通の家なら毎日お父さんとお母さんが帰って来てくれるんだろうから、お父さんの言う通りなんだろうけれど、私の家はこう言う所も少し事情が変わるから、不思議な感じがする。
 少し俯瞰してみると、ひょっとして先週と今週でお父さんが週中(しゅうなか)家を空けている間に少しは冷静に……は、あの頭からの高圧的な態度を思い出せば、それは無いかと思い直す。
「でも私は、もうあの家に帰る気はないよ。愛ちゃんとの約束を守らせてもくれない、私の話も何も聞いてくれない。その上お医者さんは、色んな人と喋って心に元気を取り戻す方が治りも早いって言ってくれてるのに、外にも出してくれない両親となんていられないよ」
 外にもって……私のお父さんも大概だったけれど、蒼ちゃんのおじさんも似たような物かもしれない。まだまだ知識も経験も足りない私だけれど、自分のお父さんと見比べてみると、少し離れて冷静になれればいいんだけれど。
 ただ蒼ちゃんの家は完全に一人娘だから、何とも答えを出し辛い。
「でも。なんだかんだ言ってもおじさんもおばさんも、蒼ちゃんを心配してくれているんだよ」
 外にも出してもらえないって言うのは行き過ぎ……軟禁になるような気もするし、良くはないと思いはするけれど蒼ちゃんの容態を鑑みれば、分からない話ではない。
「じゃあ愛ちゃんは、私と一緒に卒業出来なくても良いって事? 今家に帰ったら愛ちゃんとはもう会えないかもしれないよ」
「そんな訳ないよ! 私は蒼ちゃんとこの学校を卒業する。一生の親友だって片時も忘れた事なんてないんだから」
 それに蒼ちゃんとの約束があるからこそ、お父さんを説得出来た側面も強いのに。
「ありがとう愛ちゃん。そして利用するような形になって――」
「――そんな言い方しないでよ。お互い両親に分かって貰えるまで頑張ろうって約束したんだから、間違っても引け目に感じないでね」
 その上、私の家には慶もいて、朱先輩からも色々な考え方や励ましもしてもらったのだから。だったら蒼ちゃんは一人で頑張って来たんだから、慶や朱先輩から助けてもらったり励まして貰ったりしてもらった分、今回は私も一緒に蒼ちゃんと一緒に分かって貰おうと、改めて心の中で決意する。


「それで愛ちゃんは空木君とちゃんと話した? 愛ちゃんの言う男の人の話はちゃんと聞けたの? 昨日のメッセージだと、今日ちゃんと話を聞くって返事くれてたよね」
 私の返事に、再び布団から顔を出してくれた蒼ちゃんが、金曜日の話を気にしてくれるけれど、今は蒼ちゃんと両親、家出、学校の話をしてたんだと思うけれど。
「……ちゃんと聞いたし納得もしたよ」
 ただその内容が、蒼ちゃんからの指摘その物に近かったから面白くないだけで。
「……じゃあ今から空木君に電話して確認しても良いの?」
 別に良いけれど、絶対後から文句とかお小言くらいはもらいそうだ。
「別に良いよ」
 優希君とちゃんと話して、楽しくて幸せな校内デートもして来たのだから、何も後ろめたい事は無い……刺激的ではあったけれど。
「……いくら何でも、彼女でも無い私がこんな時間から電話なんて出来ないから、愛ちゃんがちゃんと教えてよ」
 ……私はため息までついた蒼ちゃんからお小言を貰うために、自分で打ち明けないといけないのか。でも真剣に私と優希君の仲を心配してくれている蒼ちゃんに不義理なんて働きたくないし……。
「蒼ちゃんの言った通り、優希君なりの気持ちはちゃんとあったよ。具体的に言うと、私を離さずに倉本君を刺激して男二人が取っ組み合いの喧嘩になった時に、けが人である私と蒼ちゃんを巻き込んで更に、怪我も怖い思いもさせたくなかった。それに変に倉本君を刺激して私へのちょっかいを強めたくなかった。それから――」
「――愛ちゃんが言葉通り、男の人の話をちゃんと聞いて納得したのも分かったからそれ以上は良いよ」
 だから蒼ちゃんには秘密ごとはナシで行こうと、正直に打ち明けた途中で言葉を止められる。
「でも私、まだ全部話してないよ?」
「全部は話さなくて良いよぉ。第一その話って今日空木君としたんだよね」
「そうだよ」
「つまり空木君とのデートで、愛ちゃんへの気持ちを空木君から伝えてくれたんだから、大切にしないと駄目だよ」
 私の首に貼ってある傷テープを見ながら、私たちを信用してくれているって言ってくれるけれど、蒼ちゃんはさっき優希君に電話しようとしていたんじゃないのか。なのに何で“仕方ないなぁ”みたいな表情を浮かべているのか。
「分かった。じゃあこれ以上は言わないけれど、心配してくれてありがとう」
 でもまあ、蒼ちゃんからの注意が無かったら、優希君の気持ちを聞けていたかは少し怪しい所も残るし、改めて二人の気持ちを確かめ合えたのも大きい。その上で優希君も安心出来るように、自信を取り戻してもらえるように私の“大好き”もたくさん見せる事は出来た。だからお礼だけは伝えておく。
「今まで愛ちゃんはしんどくて、辛い出来事が多かったんだから今までの分、私たちの分まで幸せにならないと駄目だよ」
「私たちの分もって……」
 私だけが幸せになっても、私の性格上心から喜べないのに。
「蒼ちゃんは幸せにならないの? 私だけ幸せに――」
「――私も幸せになりたいけど、少し立ち止まって考えてみようかなって。今は愛ちゃんと同じ時間を過ごして、改めて料理学校に通う目標は持ってるけど、男の人とか彼氏とかはしばらくいいかな。それに怖いし」
 これじゃあ本当にお母さんの言う通り、蒼ちゃんの仲で男の人の印象は決まってしまったんじゃないのか。
 もちろん私も男の人とか異性が全てだなんて思わないけれど、それでも大体半分ずつくらいはいるんだから、今後の人付き合いの幅は狭くなってしまうんじゃないかって思ってしまう。
 一方蒼ちゃん自身も本当に取り返しのつかなく一歩手前まで酷く傷つけられて、私にも言ってもらえない心の傷もあっておかしくない今の状態で、無責任な事は言えない。
 それにおばさん達の心情まで考えると、とてもじゃないけれど、お母さんの考えすらも迂闊には口に出来ない。
「本当に愛ちゃんはいつになっても甘えん坊さんなんだから。今度からは私が作ったお菓子だけじゃなくてお料理も食べてもらうからね。私の作ったお料理を愛ちゃんや慶久君がおいしそうに食べてくれたら、私の幸せは一つ増えるよ」
 私の気持ちが表情になって出てしまっていたのか、布団から出た蒼ちゃんが、座っていた私の背中に回って抱きついてくれる。
「本当にありがとう。何でも力になるから、困っている事があったら何でも言ってね」
 料理やお菓子は無論、今回のおばさんとの喧嘩だって。
「じゃあこれからも私たちは親友だね」
 なのに、まだ私の欲しい一言を不安なくくれる蒼ちゃん。
 私はしばらくの間、背中から優希君とは違う柔らかい温もりに浸る。


 いくら私たちが公欠の身だからと言っても夜更かしするのもアレだし、明日おばさん達が来た時にこっちが不利にならない様に、今日は蒼ちゃんにベッドを使ってもらって、早めに布団の準備をしようと机の上を片付けると、
「その参考書とか、ノートとか学校のものでもないし、愛ちゃん自身の物でも無いよね」
 昨日朱先輩からお借りしたノートと参考書を問われる。
「うん。昨日私の大切な人が、受験の応援にって貸してくれたんだよ」
 私は机の上に整理して置いた朱先輩からの三度目の借りものをそっと手で撫でる。
「それって、さっきドア越しに慶久君に言ってた、時々愛ちゃんの口から出て来る先輩って人だよね」
「うん。優希君と大喧嘩した時もそうだし、統括会に参加するきっかけをくれた人でもあるよ」
 もちろんそれ以外にも、言葉では足りないくらい力になってもらっているのは今更だから、言わないでおくけれど。
「……その人。慶久君も知ってるって事は愛ちゃんの部屋にも?」
「うん。この前お見舞いに来てくれたけれど、慶も蒼ちゃん同様朱先輩の言う事は素直に聞いてくれるから、なんだかんだ懐いているんじゃないかな」
 まぁ、“人生が終わる”って言うのはずっと気にはなっているけれど。
「……その人って、愛ちゃんの部屋に泊った事は?」
「私が朱先輩の家にお泊りをした事は何回もある『っ』けれど、私の部屋ではないよ」
 慶やお父さんがどんな恥ずかしい行動に出るか分からないのに、泊まってもらうには勇気がいる。それに朱先輩が私の家に来るようになったのは、私が暴力を受けてからだから本当に最近になってからの話だ。
「えっと……どうしたの?」
 なのに目を見開いて驚く蒼ちゃん。
「ひょっとして座る時とか立つ時とか何か助言してもらったりしてる?」
 座る時、立つ時……ああ。
「うん。教えてもらっているかな。それに服の着こなし方なんかも教えてもらったよ。って言うか、優希君に嫌な思いをして欲しくなくて私からお願いしたら、毎回少しずつだけれど所作とか意識するところとか教えてもらっているよ。やっぱり蒼ちゃんから見ても“粗相”減ってる?」
 これに関してもあの日、本当に皮肉な事に戸塚から乱暴されて、身体に恐怖を刻み込まれて初めて意識出来た事でもある。
 これで蒼ちゃんからも太鼓判を押してもらえたら、朱先輩も喜んでもらえると思うけれど……。
「それもあるけど、何て言うか、立つ時も座る時も綺麗になってるよ」
「そうなんだ……良かった」
 最近色々な人から言われる事が多いから、前よりも男の人の“そう言う視線”に敏感になっている気もする。
「……じゃあその人からのあのブラウスは? 確か前に直す話をする時に、一回確認してみるって言ってたよね」
 そう言えばあれからブラウスの音沙汰は無かったりするけれど、あのブラウスには色々な人の想いが絡まり合っているから簡単には聞き辛い。
「でもまだ一週間と少しだし、私も朱先輩もバタバタしていたから、また何かの機会に聞いてみるね」
 もちろん急かすような事はしたくないから、聞くのも慎重にはなるけれど。
「……違うよ愛ちゃん。愛ちゃんが部屋に招く程、その人の部屋に泊る程信頼してるのなら、私も力になりたいだけだから、無理には聞かなくても良いよ。ただ困ってそうなら、私が繕い直せるからって伝えてくれれば良いから」
 そう言えば蒼ちゃんって裁縫も出来たんだっけ。
「ありがとう。本当に困ってそうだったら言ってみるね」
 本当。同じ女の子なのにどうしてこうも違うのか。私なんて精々ボタンを付けるくらいが関の山なのに。

 結局蒼ちゃんと話し込んでいたら、夜更けの時間になってしまっていたから改めて布団を出して敷くのは諦めて、少し狭かったけれど一つのベッドで二人で横になった。もちろん着替える時はお互い背中合わせになって。

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