第13証言 クレイジーハウスの回帰

文字数 5,062文字

第13証言 クレイジーハウスの回帰

その後レーテーの峡谷まで行ったが、収穫はなかった。俺は逗留地で王妃たち――レイチェル、シンディ、スノウ、ついでリドルに向けてそれぞれへの手紙を書いた。
運ぶのは訓練された伝書鳩だ。調査を続けるためレーテーに逗まって魔女マーリンといろいろ話し合っているうちに答酬が来た。
まずリドルからだ。あれからとりあえずの事情を理解したようで、意外にもかなり冷静な内容が認められていた。
あのとき慌てて詰め寄ってしまったのは謝るが、できることなら早く王城へ戻ってきて欲しいこと、エタールには連れ戻さないで欲しいことが特に強調されていた。
その上で落馬して記憶喪失になったのは誰かの陰謀かも知れないから、旅先でも命を狙われないように気をつけてくださいとの心配の言葉。
それもそうだ、王宮では今頃「誰かが仕組んで落馬させたのか?」なんて噂になっているのかも知れない(実際はチェンジリングを隠すための作り話であるが)

それから相次いでスノウ、シンディ、レイチェルから返報が来た。どれも膨大な長さで「これ、返事を書かなきゃいけないのか?」と思わず真顔で口に出してしまったほどだ。
まあ、まあ、世の中には実は代筆という便利なしろものがある。口述筆記がそれだ。
 シンディが手配した旅行の支度は厖大なものだったらしく、サイズの異なる封筒や便箋など何ほどでも馬車に余っている。とはいえミルトン『失楽園』のような大巻を著すつもりはなく、
簡潔に返事は書いた。相手に先の手紙を読んだということだけが伝わればいいとしたものだ。

さて次の目的地だが、シンディ、スノウ、リドルは口を揃えて城に帰って来いといってるので、とりあえず王城方面へは向かうとして、途次ひとつだけ寄っていきたい”土地の名”がある。
それは来たときとは反対側のルート、イーヴェニアよりさらに北にある連合領オッディア領内の、第七王妃ローサが住んでいるとされる館、通称”クレイジーハウス”だ。
オッディアの妖姫とよばれるローサは、例によって以前の俺とは面識があったらしく、そこでも何か有用な事柄が聞けるのではないかと期待しよう。
思いたち次第ローサにも手紙を送って、これでまだコンタクトを取っていない王妃は3人になる。

「王様屋さんはいろんな国へ行くねえ」

マーリンが感心したように笑む。

「オッディアはどんな国なんだ?」

俺はマーリンに質問してみた。

「そうさね、破天荒な国だねえ。ファミリアでは禁じられているような薬も、オッディアではお咎めがなかったりね。フフン、魔法使いにとっては大変ありがたい国だよ。
特産は農作物、織物、それから宝石なんかさね。女王のローサについて良い噂はないねえ。先代の王は名主と名高かったがね」

「そうか。父が亡くなってローサが跡を継いだのか」

「国民はファミリアに取り入れてしめたと思ってるだろうね。後ろ盾のない国を統べるのがあんな娘ひとりじゃ、生きた心地がしないよ」

それにつけても気になることは、マーリンと俺が話し込んでいることが多くなるに連れ、ランスロットが目に見えてふてくされている点だ。
数日前はまだちょっと我慢というか気取られないようにしてる節もあったのだが、ここ最近はだんだんと露骨になってきている。
こんなあからさまにやきもちを妬いているところをみると、まるで小さなスノウを相手にしているかのようだ。
流石に可愛そうなので、構ってあげることにする。日が落ちてから露営のテントに呼び出した。

「ランスロット、ここに呼び出した意味はわかるな?」

「はい…です(はぁと 🤍」

ランスロは顔を赤らめた。

「今日は日本語の勉強をするぞ」

まとまった時間がとれないと、こういうのはやりにくい。俺は日中馬車で寝こけていればよいだけなので、宜ければ何時間でも付き合ってやるつもりだったが、
さすがに無理はさせすぎないようにしないとな。

「……っ!」

ランスロは突然降り沸いた話題にびっくりしたようだったが、

「これから毎日やるぞ」

と俺が勢いよく宣言したので、甚く嬉しそうに諾なった。というわけで爾来、日中にマーリンと議論していても見逃してくるようになったので結果オーライ!
旅はオッディアへ向けてゆるゆる進む。

                    米

 ローサから手紙の返事が来た。俺は初めて彼女の文字を見た瞬間に度肝を抜かれた。それはいわゆる丸文字というか、ギャル文字と行ってもよいほどの悪字、
いや下手な字ともまたジャンルが違う、ものすごく装飾的で偏執的な女の子らしい書き文字で、たとえるならベーコンが作らせたとされるヴォイニッチ手稿を彩る謎の曲線文字のような、
そんな宇宙空間がせまい方形の羊皮紙にひらすら無礙に広がっていた。そりゃ妖姫とも呼ばれるて。
 まあでも内容は意外とフツーだった、順調に行けば数日後に彼女の館へ顔を見せられる予定になっているが、それを歓待するという内容だ。マーリンは魔術が盛んな地であるオッディアの境に入ってから、
心なしか元気が増しているように見える。あらゆる薬が合法的に買えるということで、首都につくことを心待ちにしていそうだ。そんな魔女に

「なあ、この大陸に現存しているうちで最も偉大な魔術師は誰だろう?」

と訊ねてみる。マーリンはあまり考えることもないといった風に答えを投げた。

「魔術師ならリンギアのエミーだろうね。リンギアという小国を周辺の大国からひとりで守りきっている化物さ。大昔からいる、もとはチェンジリングで、リンギアといういちから国もエミーがいちから作り上げたものらしいよ。まったく、ああいう手合いは独力でとんでもないことをやってしまうもんだね。それにしても何だって訊くんだい?」

「いや、死んだ人間を蘇らせる術が使えないかと思って」

マーリンは拍子抜けした顔をする。

「エミーにはそんな噂は聞かないねえ。不老不死ってのは、活動してる期間の長さでわかるけども」

「ちなみにマーリンは何歳なんだ?」

「……………(アタシ)ゃ何百年も生きてないよ!」

それから地図の上でリンギアを確認するとたしかにただごとでない位置にあった。大帝国のアレゴリアとカテゴリアにこの上なく囲まれている。
こんなところに小国が存続していたのは、なるほど政治的ではなく、そういう純然たるイレギュラーによった理由があったのか。
それにしたって大陸一の魔術師であるエミーにも死者を蘇らせた噂がないとは、やはり反魂への期待は薄いのか。まあそもそも、月乃はまだ生きているという可能性だって捨ててはいない。
旅団は時間の経過に従ってオッディアを越境した。

                    米

第七王妃ローサの別荘館”クレイジーハウス”はオッディアで一番大きな城郭都市│ノルム│のなぜか郊外にある、まるでひっそりと眠っているかのように蔦に覆われた館だ。
館の構えは立派なものだが、ここに一国の当代が棲んでいよいとはとても思えない、うらぶれてうちふりられた雰囲気を醸し出している。
蔦の絡まった門をくぐると、庭の手入れも何もされていないのか、薇のような植物がそこやかしこに群生して石畳をひび割れさせ、剪定のゆき届かない大樹で日当たりは陰り、
辺りの昼でも森のように薄暗いその佇まいは洋館を不気味な廃墟とみまごうほどだ。
いびつな庭の石畳をめげす渡りきって備えつけのベルを鳴らす。やがて目深な帽子を被った使用人が差し出て、俺のことを事務的に出迎えたが、とても王たるような扱いをされた感じはない。
館の中も物凄まじかった。絶えて照明もなく廃館のようだ。「ここはやばいぞ」と入るなり理性がそう告げた(ちなみに理性は俺のもっともよき友人のつもりだ)。
だからローサという女王に会ったらとりあえず当初の目的であったハートのジャックのことを聞き、それからすぐそそくさと辞去したほうが聡明だろうとしましく思案しながらその邸第の中(もちろんマジで全然清掃されていない)を歩くと、
ここは二条城とばかりに床板が軋んで闖入者の襲来をはげしく主張した。
くそ、俺は敵じゃなく客人だぞ、なんと失礼なんだなぞと謎の思考を巡らせて両足をそろと上げて闊歩すると、忽焉として脈絡なく目の前の門扉(ドア)が開かれ、
眼間をシーツを有っただけの直裸(ひたはだか)の若い女性が何かを急ぐ様子で横切っていった。
俺は思わず使用人の顔を真顔で見つめた。目を瞠って、その顔色には抗議さえ浮かべた。が、帽子を目深に被った身分不詳の使用人はしかし一言も発さない。
ここが女王の屋敷というのは嘘で、実はでたらめな娼館ででもあるのだろうか? そういうドッキリか? するとこの帽子は妓夫か?
俺が真剣にそんなことを思い始めたと頃、ついに館の二階の食堂らしき広間へと通された。まず使用人が椅子へと腰掛け、ついで俺が隣りに座った。
女王ローサはここまであらわれない。事ここに至り、聊爾を託つが、まあ、これがクレイジーハウスの洗礼というやつだ。良しとしよう。
やがて永遠にも思える永い無言の3分ほどが過ぎて、緑色の髪をした美しい女王とあきらかに先程廊下で裸のまま掛けていった女性と同一人物である若い女性のふたりが同時に食堂へはいってきた。

「おほん、俺はファミリア連合国の国王であるわけで」

緑色の髪の女がたぶんローサだと思ったので、その方へ呼びかける。

「あら久しゅう。お館様、うちのことも憶えてはりませんの?」

ローサは食卓(テーブル)に身を乗り出し、俺の顔つきをじっと見つめて不思議そうな顔をする(記憶喪失のことはあらかじめ手紙で説明していた)

「まあな、そういうわけだ」

とのべ伝えると、向こうは

「あらま。ローサです。ほんまご無沙汰やったねえ」

そのまま椅子には座らず、テーブルの上に寝そべるような格好になる。胸元を大きく開いた服のせいで目のやり場に困る。
この食堂に最初からある3つの椅子には、なぜか俺と使用人とローサに伴ってはいってきたあの女性が座り、
あぶれたローサ自身は食卓に乗り出して昼寝でも始めるかのような姿勢という有様だった。めちゃくちゃだ。

「なあローサ」

「あら久しゅう、お館様はウチのことを本当に憶えてはりませんの?」

「それはさっき言った。頼むから真面目にしてくれ。まず、なんでこの使用人は帽子も脱がずに俺の隣りに座ってきたんだよ、
そしてそっちが連れてきたその女は誰なんだ」

「解るひとにはわかります」

ローサは答えた。解るひとにはわかるじゃ駄目なンだわ。げんに俺は解らない。が、知ったことかとローサはテーブルの上で寝返りをきわめてきもちよさそうにきめる。猫のように伸びをしたり縮んだりしている。その側で座っていた例の女性は、

「パセリがない。パセリがない」

と繰り返し言った。それもあわてて蒼白になりながら同じことだけを呟いて、あとの思考はおいてけぼりみたいな様子だった。
俺は突っ込んだ。

「女、そんなものは要らないんだよ。今この場で必要なものは椅子と理性と常識だけだ!」

と。

「あらまあ」

ローサはそれを見てけらけらと楽しそうに笑った。

「ときにローサ、そこの女とこの帽子かぶったやつふたりを退去させることはできないのか?」

俺は頼み込む。

「お館様はウチと、ふたりきりになりたい?」

ローサはつぶらな目を丸くして、こちらを見つめて確認する。

「それでいい」

「な、そこの帽子かぶったやつ、この娘にパセリやらんかいな?」

テーブルの上で大の字になってローサは命じる。すると帽子は懐から一本の緑色のタバコのようなものを取り出した。

「パセリだ!」

女が少女のようにきらきらと瞳を輝かせて叫んだ。帽子は一本の長いタバコを女にくれてやるとハンドベルを取り出して陽気に歌った。

『Shed no tear! oh, shed no tear!(我が死を悔いたること勿れ)
The flower will bloom another year.(年年歳歳花相似たり)
Shed no tear! oh, shed no tear!
The flower will bloom another year.
Shed no tear! oh, shed no tear!
The flower will bloom another year.』

「頭がおかしくなりそうだな」

俺はこの場で行われていることから本気で目をそらしたかったが、そんなときに限ってひょっと仰向けのローサと目があう。
そういえばこいつと俺には、過去にどんな経緯(いきさつ)があり、どんなやり取りの応酬があったんだろう?
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登場人物紹介

スノウ(白雪姫)

ファミリア第一王妃。北のコンプレクシアを統治する王族の末裔

シンディ(灰被り姫)

ファミリア第二王妃。北西のレアリアを領知する皇族

リドル(アリス)

ファミリア第三王妃。西国ラシオニアの大公令嬢

ルカ(人魚姫)

ファミリア第四王妃。南西の小国インテジアのお姫様

レッドローズ(赤の女王)

ファミリア第五王妃。南国ナチュリアの若き女王

レイチェル(ラプンツェル)

ファミリア第六王妃。南東の強国イーヴェニアの統治者。

ローサ(いばら姫)

ファミリア第七王妃。東国オッディアの姫御子。

イストワール(シェヘラザード)

ファミリア第八王妃。北東のプライミアを支配するえらいひと。

火具屋かぐや 月乃つきの(かぐや姫)

ファミリア第九王妃。ヒロイン。異界人。魔法使い。

死亡済み。

御門みかど 祐介ゆうすけ

十番目の主人公。ファミリア王。異界人。勇者。

別名、空虚な中心。

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