第6証言 9番目のQueeneのアノマリー

文字数 3,068文字

『デッドコピー――同一対象のフレニールを魔術によって無限に増殖(コピュレイション)することはできない。
フレニールのフレニールにはある種の情報欠損が生じるためである。この状態はスタベーションと呼ばれる。
チェンジリングによって軍隊の大量生産をなそうという試みは歴史上、常に悲惨な失敗によって否定されてきた』――『フォークの魔女とソフィアたちの飢餓』より


第6証言 9番目のQueeneのアノマリー

「もうこの世にはいません」

 →シンディにいわれて俺は愕然とした。いわく、月乃はかつてこのフォークに異世界召喚されてきたが、いろいろあって、不慮の事故で逝去したという。
それは驚くべきことであると同時に、納得できる最後の間隙を埋めるピースでもあった。
もうひとりの俺が元の世界へ帰ろうと決意したのは、フォークの月乃が死んでしまったからなんだ。フォークで月乃が死んだから、
現実世界でまだ生きているはずの月乃のもとへ戻り、再会しようとした。けれど偶然、現実世界でも月乃は病気で死んでしまっていた。
 さらに、現実世界で月乃が病死した事実を俺が伝えなかったと同様に、あいつはフォークで月乃が戦死したという事実を伝えなかった。まったくの似た者同士だ。
俺が月乃のことを言い出せなかったのは、月乃を守れなかったことを責められるのが怖かったからだ。
もう少し早く病院の検査を勧めていれば、優秀な名医を探してくるコネと力があれば――もっと別の結末があったのではないか、そんな悔恨(くい)が現在でも頭の中を駆け巡っている。

「くそ、なんでだよっ!」

やりきれなくなって、俺は傍にあったナイトテーブルを鉛直方向に思い切り殴りつけた。衝動を掻きならす自責の念からだったが、シンディはなにか勘違いしたようで

「お願いですから、旦那様を責めないであげてください!」

と、かつて仕えていた主人である『旦那様』を庇った。まぁ「自責の念」というのは、是半分もうひとりの自分を責めているようなものだから、あながち間違ってはないかもしれないが……。

「旦那様は少しも悪くありません。私のせいなのです。私がおふたりのお傍を離れたから……あの出征の日に、私が月乃様のお傍に付き添っていれば……すべて私のせいなのです」

目に涙を溢れさせて悔やむシンディを、しかし責めるのはお門違いというものだろう。やむにやまれずいると、弾丸にも似た、とんでもなく不穏な台詞をシンディは口にした。

「ごめんなさい。赦してください。月乃様は私たちの内の誰かに殺されたのです。でも私は……ほんとうに何も識りません……」

シンディは見るからに取り乱しており、その雰囲気から深刻さが伝わってきた。

「待てよ。落ち着いてくれ。月乃が殺されたって? 私たちって一体誰のことだ?」

「この国の第一王妃から第八王妃までの誰かです。でも正体はわかりません……」

おいおい、じゃあ王女の中に暗殺者が居るっていうのか? 冗談じゃない、こんな異世界にこれ以上居られるか! 俺はいますぐ元の世界に帰らせてもらう――ってわけにもいかない。
そもそも俺はあの世界(ちきゅう)で月乃が死んだことを知っている、これ以上ないほどに、完全に――重い沈黙が流れる冷たい病室、被せられた白い布――だから、
もう、こちら側の世界に希望をかけるしかないじゃないか。

「月乃が死んだって証拠はあるのか?」

もしかしたらとんだ勘違い、たんなる行方不明で、本当の月乃はまだ生きているのかもしれない……つか、そうじゃなきゃダメだ。そんな希望に賭けていることを察してか知らずか、シンディはきょとんとした面で伝える。

「あの、たしかにご遺体は回収できてはいませんが……しかし間違いなく、月乃様は戦死されました。残念ですが」

死体が見つからなかった? でも死んだことは確実だって? それは戯れ言だ。

「そんなの見てないのに信じられるかよ!?月乃はまだこの世界に居るはずだろ!だって、本当に戦没したなら遺体があるはずじゃないのか!? でも無いんなら行方不明ってことだ。
い、今すぐ捜索隊を結成するべきだろ……」

少しばかり取り乱してしまったが、シンディはあくまで冷静に辞ぶる言葉を返す。

「けれど旦那様。先代の旦那様が「月乃は死んだ」とご自身でそう何度も云っておられたんですよ。
私はその場に居合わせませんでしたが、きっと何か決定的な場面でもご覧になったのでしょう。ですから――」

「――――!!」

俺はシンディをひどく睨みつけたらしい。ちょっとびくっとされて、彼女は半歩くらい退き下がる。それからこちらの機嫌を取るよう無理くりつくったかのような明るい声を投じて、シンディはこのように繕った。

「たしかに旦那様はその瞬間を直接見ておられませんし、戦いのこともご存知ではないですから、納得できなくて仕方もないかもしれません。
でもそれならチェンジリングで、もういちど月乃様をこの世界に召喚するというのはどうでしょう? ある大魔法使いに借りを作ることにはなりますが――……」

俺は冷然と遮った。

「現実世界の月乃は、もう死んだよ。それじゃ召喚は無理なんだろ?」

「えっ……」

俺の宣告にシンディは言葉を失っていた。絶句。そこにあるのはよるべのない緘黙だ。やがて口をついて出た。

「なぁ。暫くひとりにしてくれないか。お願いだ。もう頭がどうにかなりそうなんだよ。こちとら月乃ひとりの死だって全然受け入れられないのに、ましてもうひとりの月乃が死んでるなんて……」

「わかりました……失礼します。あの、本当に申し訳ありませんでした……」

シンディはやがて悄然となって部屋から下がっていった。

 役者が誰もいなくなって、俺はひとり心を鎮めた。月乃がいなくなるはずはない。月乃がどこかへ行ってしまうはずがない……それはあの葬儀の最中に繰り返し捕らわれていた感覚だ。
必死に否定していた。ネックレスを目にしてからこっち、俺は同じ感覚に浸っていた。月乃はまだ何処かで生きている、きっとこちらの世界で元気にファンタジーを満喫しているんだ、そう感じずにはいられなかった。
シンディのネックレスが遺品でなければ、どんなにか良いことだろう。いや、信じなければいけない。信じろ、彼女はまだ行方不明なんだ。
きっと月乃はいまも生きていて、記憶を失ったかして知らない街をあてどもなく彷徨っていて、すごく寂しい思いをして過ごしているに違いないんだ。
俺が迎えに来るのを待っているんだ。でも、だったらどうしてもうひとりの俺は、フォークの月乃を見捨てて元の世界に帰るなんて行動を選んだんだ? 
月乃がはっきりと死ぬさまをその眼で見ていたからじゃないのか? あいつにだって俺と同じくらいの執着はあるはずだ。その俺が諦めたということは、
つまり………そんな、嘘だ、嘘だ。 嘘だ ! あああああああああああ

「あーーー―――.......」

 ひとりしきり大声を出したら、さっきより少しは冷静になることができた。それよか、王女たちの中に暗殺犯がいるっていうさっきシンディが言ってたことも問題だろう。
問題だ。問題なんだけど……俺は鏡合わせになった月乃のイメージが頭から離れない。……今の状況は、まるで「猿猴月を取る」という中国の民話みたいだ。
空に浮かぶ月を取ろうとして、必死に手を伸ばす日本猿のこと。しかもその猿が手に入れようとしていたのは本物の月じゃなくて、水面に映ったもう一つの月で、その猿は結局溺れ死んでしまうんだ。
手に入らないものを求めるってのは、つまりそういうことだ。ホーリーグレイルの探求。どうやら、それににかけるのは茨の道であるらしい。
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登場人物紹介

スノウ(白雪姫)

ファミリア第一王妃。北のコンプレクシアを統治する王族の末裔

シンディ(灰被り姫)

ファミリア第二王妃。北西のレアリアを領知する皇族

リドル(アリス)

ファミリア第三王妃。西国ラシオニアの大公令嬢

ルカ(人魚姫)

ファミリア第四王妃。南西の小国インテジアのお姫様

レッドローズ(赤の女王)

ファミリア第五王妃。南国ナチュリアの若き女王

レイチェル(ラプンツェル)

ファミリア第六王妃。南東の強国イーヴェニアの統治者。

ローサ(いばら姫)

ファミリア第七王妃。東国オッディアの姫御子。

イストワール(シェヘラザード)

ファミリア第八王妃。北東のプライミアを支配するえらいひと。

火具屋かぐや 月乃つきの(かぐや姫)

ファミリア第九王妃。ヒロイン。異界人。魔法使い。

死亡済み。

御門みかど 祐介ゆうすけ

十番目の主人公。ファミリア王。異界人。勇者。

別名、空虚な中心。

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