フェアリーゲームのあとがきについて

文字数 4,055文字

あとがき

 物語の最終場面、「月乃の窈窕たる紫色の髪が揺すられるように激しく靡いた」へと辿り着くまで、とても長かったが、
ともかくもこれが終着点、この物語で一番描写したかったことである。なぜ「月乃」の髪が紫色なのか
以下、解説。

基本的用語

1フォーク
 作中の異世界をさす固有名称であるフォークはゲーム理論のフォーク定理からきている。作中で説明されているようにおとぎ話(Folk Tale)という意味もある。
実際に異世界における8人の王妃はおとぎ話がモチーフとなっている。9番目の王妃である月乃はかぐや姫をモチーフとする(主人公の贈るネックレスは蓬莱の玉の枝の暗示。不治の病=富士の山など)
またフォークにはスペルを変えて分岐という意味もある、これは本作の魔術チェンジリングによる同一人物の「分岐の物語(Fork Tale)」という側面を表している。
召喚魔術を介してひとりの人間が人間(オリジナル)と妖精(フレニール)に分岐(フォーク)するというのが、作意のひとつであった。
フォークにとって遠い異世界にあたる地球は「フォークではない世界」という意味で「ノーフォーク」と呼ばれる。同じ語法でフォークが「ノーアース」と呼ばれることもある。
フォークとノーフォークの関係は、フェアリー(基盤は同じでルールが異なったもの)の関係である。

2フェアリー
フェアリーという単語は妖精の他に「通常とは異なるルールでやりとりされる」という特異なニュアンスを持つ。フェアリー・チェスなどがその用例である。
妖精世界といえば現実とは異なったルールでやりとりされている本作の異世界フォークのことであり、同時に地球のことでもある。
どちらが実際のフェアリーなのか見方は世界によって変わる。
地球からきた主人公やヒロインは時折、妖精であるかのように表現される(例:この地にいる人間の女王とは一線を画する妖精の女王)
これはチェンジリングによって生成された妖精の取替子という意味でもあり、同時にこの世界とルールが異なったフェアリーの世界からきた人物であるということ。
本作はチェスをモチーフとしているというより、むしろフェアリー・チェスをモチーフとしており、そのためタイトルにはチェス用語も散見される。ゲーム理論の用語がタイトルに散見されるのもチェスとの関わりのため。
ちなみに「妖精の女王」は、そのまま同タイトルの古典から。
以下Wikipediaより引用『『妖精の女王』(ようせいのじょおう、The Faerie Queene)は、16世紀イングランドの詩人エドマンド・スペンサーの代表作で、アレゴリーをふんだんに用いた長詩である。』

3 8人の王妃
この世界におとぎ話をモチーフする8人の王妃がいることは、チェスのエイトクイーンをモチーフとしている。
エイトクイーンはチェス盤面に8つのクイーンをお互いがお互いを攻撃しないようにうまく配置するパズルのこと。
通常のチェス盤面にこの条件のもとで配置できるクイーンの数は8までであり、9個目を置いた瞬間に平穏は破綻してしまう。
本作ではファミリアの8王妃に月乃という9番目の妖精王妃が加わったことにより、悲劇を引き起したという理屈になっている。

各女王は9つの天球からモチーフを取っており、主人公は10番目のセフィラであるマルクトに置かれる。
各登場人物の髪の色などの特徴はセフィロトの象徴からきている(リプレゼント理論)。
対応表は下の通りである。

番号-名称-国名-数学的構造-名前-モチーフ-色-呼称-一人称
1王冠/コンプレクシア/複素数/ホワイトスノウ/(白雪姫 or 雪の女王)/白/陛下/妾(わらわ)
2知恵/レアリア/実数/シンディ/(シンデレラ)灰/旦那様/私(わたくし)
3理解/ラシオニア/有理数/リドル/(アリス)黒/閣下/あたし
4慈悲/インテンジア/整数/ルカ/(人魚姫)青/猊下/ルカ(イリイズム)
5峻厳/ナチュリア/自然数/レッドローズ/(アリス-赤の女王 or 紅薔薇)赤/殿下/あたい
6美/イーヴェニア/奇数/レイチェル/(ラプンツェル)金/聖下/ぼく
7勝利/オッディア/素数/ローサ/(茨姫)/緑/お館様/ウチ(うち)
8栄光/プライミア/偶数/イストワール/(アラビアンナイト-シェヘラザード)橙/主上/吾(あ)
9基礎/ゼロ記号/ゼロ記号/火具屋 月乃/(かぐや姫)/紫/あいつ・ゆう/わたし
10王国/ファミリア/族/ゆうすけ/(主人公 ・ 王子)/黒/俺/俺

8王妃+ヒロイン+主人公で10のセフィロトにあてはめている。
8王妃+ヒロインを各王妃として各王妃には以下の法則がある。

ルール1各王妃は、セフィロトの象徴する色と同じ目の色と髪の色を有している。
ルール2各王妃は、主人公への呼び方がそれぞれ異なっている。
ルール3各王妃は、一人称がそれぞれ異なっている
ルール4各王妃は、おとぎ話を一つあるいは複数モチーフとして持つ。
ルール5奇数番目の王妃は主人公と以前の彼を同一人物として、偶数番目の王妃は主人公と以前の彼を別の人物として認識している。
etc...

例1
ケテルをリプレゼントするスノウは白い髪と白に近い瞳をもち、雪のように白い肌と記述され、
一人称は妾(わらわ)、主人公への呼びかけは陛下、おとぎ話は白雪姫(母親に暗殺されそうになるなどのエピソードでほのめかされる)と規定されている。
七人の小人は居ないが、七人の王妃たち(月乃を除いた残りのファミリア王妃たちの数)は存在する。

例2
レイチェルは美のセフィラであるティファレトをリプレゼントする。そのため容姿は美しく、金の髪は長く、その描写では「泣きもせず笑いもしない」(ボードレールの詩『美』の一節)と書かれる。
塔に引き篭もっているのはラプンツェルをモデルとしているためで、レイチェルという名前に特に意味はない。

例3
レッドローズについて。おとぎ話のモチーフは紅薔薇と不思議の国のアリスに出てくる赤の女王、ハートの女王あたりである。
ゲブラーという天球は戦闘的、攻撃的性質を持ち、イメージカラーも赤である。
レッドローズのナチュリアは争いの絶えない国として描かれ、他の王妃に比べて戦いなどについての記述がある。

例4
月乃はかぐや姫をモチーフとしており、イェソドをリプレゼントする。9番目の王妃、そしてまたルール1によりたとえ描写されなくとも髪の色と目の色は最初から紫であることになり、本編の最終場面の記述へとつながる。
またイェソドはその象徴する惑星が月であり、月は第五元素(エーテル)を司ることから、セフィロトの中でもきわめて魔術的なセフィラとされている。
これは彼女の魔術的才能につながる。

・ストーリーについて

この物語では主人公である少年が16歳の誕生日に異世界へ召喚されるところからはじまるが、
その異世界には既に14歳のとき異世界召喚された自分が存在しており、その自分と入れ替わる形で異世界に召喚される。

普通の異世界召喚とチェンジリングと呼ばれるこの作品独自の異世界召喚の違いは召喚対象が複製されるかどうかである。
もっとも複製というのはデジタルデータのような言い回しで、ファンタジーである本作では妖精の取替え子というモチーフを使って説明している。
チェンジリングによって異世界召喚された場合、元の世界で自分が行方不明となることはない。そのかわり自分の分身のような存在、妖精の取替え子が普通の生活をそのまま送り年をとっていく。

異世界へ召喚されると彼はいきなり8人の王妃を擁するファミリア国の王である(王=チェスのキング)。14歳のとき異世界に召喚された自分はこの国を見事建て直し救国の王となったという。
だがその彼は現実世界へと帰る選択をする。
そのために現実世界で生きていた16歳の彼がこの世界へと呼び出される必要があった(同じ世界にドッペルゲンガーのように全く同じ容姿をした人間と妖精の取替え子が共存して生きていくことはできない)

現実世界では彼が15歳のときに最愛の幼馴染みである月乃を病気で失くして、その事により16歳になるまで自堕落な生活を続けていた。
その彼がフォークと呼ばれる妖精世界に呼び出されたことから物語が始まるわけだが、
じつは妖精世界では14歳のとき呼び出された彼が、同じく15歳のときに最愛の幼馴染である月乃(9番目の王妃)を異世界召喚し、その半年後に”不慮の事故”と呼ばれる出来事によって
失ってしまう事件が起こっていた。

本作はこの事件についてひたすらバックトラックしていく(バックトラックは、チェスのエイトクイーンの解法)というとにかくわかりにくい構成である。
なぜこんな風に物語が展開されていくのか? 物語のあらすじをいくら積み上げようとも、そうしなければならなかった理由は浮かび上がっては来ない。
むしろ本作ではチェスのレトロスペクティブ解析をテーマに物語を組み上げるというアイデアからはじまったため、ということになる。
この物語の殆どは過去について調べる、過去について考える、過去について回想するシーンの連続であり、これはレトロスペクティブ解析を表現している、あるいはしようとした本作の作意である。

・ここから二訂版のあとがき

変更箇所
・本編の整合性を修正 15
・回想の追加とエピソードの補完 17
・その他表現の斧鉞
・書いているうち、脇役の一であったハートのジャックの存在が大きくなったため、分離してダアト相当にする。

チェスの駒との比況
・クイーン 各女王
・ナイト 騎士
・ビショップ 魔法使い
・ポーン 召使い
・ルーク 建物?

各駒はクレイジーチェスのように所属を変えることもありうる。実際にスパイ的な人物もいる(オッディアの魔女マーリンはコンプレクシアの内偵)

異世界召喚チートハーレムを書こうとしてこのような物語が出来上がったなら、なんと陰鬱なことであろう。はじめ12万字ほどで完結させたが、あきらかに説明不足だったため加筆した。

2021/05/17

おわり。
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登場人物紹介

スノウ(白雪姫)

ファミリア第一王妃。北のコンプレクシアを統治する王族の末裔

シンディ(灰被り姫)

ファミリア第二王妃。北西のレアリアを領知する皇族

リドル(アリス)

ファミリア第三王妃。西国ラシオニアの大公令嬢

ルカ(人魚姫)

ファミリア第四王妃。南西の小国インテジアのお姫様

レッドローズ(赤の女王)

ファミリア第五王妃。南国ナチュリアの若き女王

レイチェル(ラプンツェル)

ファミリア第六王妃。南東の強国イーヴェニアの統治者。

ローサ(いばら姫)

ファミリア第七王妃。東国オッディアの姫御子。

イストワール(シェヘラザード)

ファミリア第八王妃。北東のプライミアを支配するえらいひと。

火具屋かぐや 月乃つきの(かぐや姫)

ファミリア第九王妃。ヒロイン。異界人。魔法使い。

死亡済み。

御門みかど 祐介ゆうすけ

十番目の主人公。ファミリア王。異界人。勇者。

別名、空虚な中心。

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