第15証言 幕間、楽屋、舞台女優

文字数 6,944文字

第15証言 幕間、楽屋、舞台女優
オッディアを出立せんとする明朝、ファミリア城から遣わされた早馬の伝令が急報――いわゆるビッグニュースを持ってきた。
いわく救世主の面目躍如たる行跡によって霧散したはずのファミリア連合国にまつわる滅亡の予言が、過日の儀式でふたたび復活したという不吉な報だった。
そも、ファミリアには神聖な巫女たちの聖予言によって国の行く末を卜筮(うらな)うという伝統があり、そこで破滅(メイト)の予言が与えられたことからすべてがはじまっている。

「このまま放っておけばファミリア連合国は滅ぶということか?」

ファミリアからの伝令――小豆色の目をした女性騎士のペトラルカは丁寧に答えた。

「王よ。このことは貴君が一線を退き、宰相たちが政治の実権を握るようになったことと無関係ではないはず。彼らが再び気儘に資格のない権力を振るえば、民たちも苦しみましょう」

僭越を気兼ねしながらも、一刻もファミリア城へ早く戻ってきて欲しいという熱意ある眼差しは真摯だった。城で待っている第二王妃のシンディだっていますぐ俺と相談し合いたいだろう。けれども、

「ファミリア城へ帰ることはしない。城で実権を握っている貴族たち、宰相たちにはこう伝えてくれ。まず向こう1ヶ月は、ここ数ヶ月で行った変更をできるだけ元に戻して、
滅亡の予言が出ていなかった頃のものにできるだけ近づけるようにすること。それでも予言が消えなかったら、今度は自分たちで考えて一番いいと思うように施策すること。
その方針で3ヶ月経ってもまだ予言が消えなかったら、そのときは改めて俺が出向いて王妃たちと相談しよう」

こちらにはレッドローズの(くに)へ赴くという用向がある。いますぐに蜻蛉返りで城へ戻って無益な政争に明け暮れるわけにはいかない。だがタイムリミットは高々数ヶ月だろう、
それまでに貴族たちが予言をうまく処理しなかったら、俺はファミリア城でつまらない公務に忙殺されることになってしまう。
幸いにして、真相はもうすぐのところまできている感がある。来たるべきその日に向けて万全を期すため、俺はシンディたち王妃をナチュリアへ呼び寄せることにした。俺はペトラルカにこう命じた。

「第二王妃のシンディには、レッドローズの居城に赴いてもらいたい。
できればスノウや他の王妃たちも連れてきて欲しいと連絡してくれ、いざというときの証人になるかもしれない。
ペトラルカだっけか、そういうことで頼めるか?」

ペトラルカは深く頭を下げて復唱し、数日中に城へ戻り伝えると言い残して罷った。

さて、俺がこれから征こうとする国、南方のナチュリアは、九分割されるファミリア領のうちでももっとも争いの絶えなかった地方ときく。
第五王妃レッドローズの先代は武力によって豪族を平定し、血の嵐が吹き荒れる騒乱の地に押しも押されもせぬ都を創った。
そのあたりはマーリンから予て知識として授けられている。準備万端とばかりに、俺は馬車では昼寝をし、馬車が止まれば夜はランスロに日本語をレクチャーしてからまた眠りこける、
そんなサイクルを繰り返して移動には丸1週間とられた。まったく、折角、剣と魔法のファンタジー世界なのだから、瞬間移動の魔法くらいないのかよ、
とマーリンにごちたが剣もほろろの対応をされた。魔術の専門分野が違うらしく、またどうにも安全な瞬間移動(テレポート)をするのはなかなかに高等技術らしい。
座標計算とか、石の中に埋まってしまうからだろうか? 

                    米

砂まじりの旋風が吹きすさぶ中、俺はナチュリアの要塞都市テラゴンの巨大な外壁を前にしていた。
この肌寒い季節が終わる頃にはもう、予言の件でファミリア城へ戻らなければならないだろう。併し、この国で真相を明かせば問題ない。立ちはだかる石壁を前にして固く決意する。
中心部へ向かって馬車が近づくにつれ、要塞の外郭は複雑になり、全体でどれだけの長さがあるかとても測り知ることはできない。
そのところどころにこぢんまりとした関所のようなものがみえ、中へ入るための定めし厳格な手続きが待っている。といって、俺は王家の証”アクセルロッド”を掲揚すれば王族として簡単にパスすることができるだろう。
というわけで掲げてみた。馬車から顔を出して。

{あれは、ユースケ卿!?}

{なに!? ファミリア国の最高権力者がこの邦へだと!?}

{まあ! 聞きし違わぬ高貴なお姿だわ!}

矢か石のように浴びせ掛けられる黄色い声や褒評やらに俺は必要以上に満足して門戸をくぐり抜けていった。
はじめて土を踏む異国の街、金勘定で賑わう市場や一言居士たちの争う広場などには見向きもせず、馭者は言いつけた目的地へと、
レッドローズの居城にむかって脇目も振らず、俺たちは駆け抜けるようにテラゴンの目抜き通りを御幸した。

「さあさあ一般国民は道をあけな! 王様屋さんのお通りだよ! 撥ねられたい奴だけ前に出な!」

マーリンが交通整理をする。世相を皮相に射影する不穏当な文句が並んだ気がするがきっと気のせいだ。立派な城はもう目の前にフライングしてその姿をあらわしている。
願わくば、月乃とこんな立派な城を一緒に見学してみたかった、それができたらどんなにか素晴らしかったことだろう。
かつてヨーロッパ旅行に行く約束をした日のことを思い出しながら、それはとても美しいレッドローズの城を眺望して得も言われぬ感動に浸りたかったと、俺はひとり欷いた。


                    米

馬車は日の当たらない城の背戸(うらぐち)へ廻ると、そこにはいくつもの似たような馬車がすでにハザードを炊いて停車しており(そう表現するほかない)、
そのうちですば抜けて他を凌駕する絢爛な箱馬車の中からシンディが現れた。

「お久しぶりです、旦那様」

みとめて、俺は一揖を返す。この日のシンディはさながらとても麗しい装いだった。ファミリア城で初対面したときは地味な衣装に身を窶していたらしい。
まあ他邦の女王の城へ訪問しにいくとなれば、そりゃ、気合も入る、対抗心もあるだろうし、豪奢な装いに着飾ってもくる。だがリテラルにまるで見違えるようだ。

「こら閣下! どこに見とれてるのよ!?」

そのとき第三王妃リドルから声が浴びせられた。みるとあのちんちくりんな少女も、なかなかどうして今宵はラグジュリアスにおめかしした格好をしている。
その稚(ちま)い年背格好と相まって、ハロウィンパーティの仮装くらいの風格しか無いけど。

「ちょっと! 心の声が聞こえてるわよ! 何がハロウィンパーティの仮装よ!」

リドルが言い返す。

「お前は魔術師では無いんだから心の声を読むな。あと現地人なんだからハロウィンパーティを解するな」

俺は読心術をつかってくる彼女を俺は冷静にたしなめた。

「そんなことより閣下、貴族なんかに国を任せるから、破滅の予言が復活しちゃったじゃないのよぉ!」

耳元まで劈く婀娜な大声でリドルは糾弾する。俺は反言した。

「リドル。その件だが、お前の言いたいことは分かる。貴族なんかに政治を任せるからだって言いたいんだろう。だが貴族だっておしなべて愚鈍じゃない。薫陶さえ受ければ、徳を以て天下を治めることができるさ。いまこのファミリアには貴族たちが学ぶ学舎(エタール)がある。だから時間は多少かかるかも知れないが、国を治めるための正しい教育を受けた貴族の子孫たちが、やがては未来を創っていくことになる。それがこの国のビジョンだ。長期的にはそうなる」

リドルはこれに納得がいかないという反応を返した。より端的に言えば、頬を膨らませた。子供か。どっちにせよいまの俺はファミリアの政治になんて微塵も興味が無いし、未来なぞ正直あまり考えてはいない。ただ過去の俺がそうしたかったと思われるようにして擱くだけだ。
さて眼間を3人目の貴人が通りがかった。オレンジ色の鮮やかな瞳と橙色の髪が特徴的な、細身で長身の落ち着いた女性である。話に聞くだけでまだ会ったことのなかった王妃だとすぐにわかった。

「ご主上、ご機嫌麗しゅう。いまの主上は()と逢うたことがないようなので、自己紹介をして擱くぞよ。吾はイストワール=イドラ・ベルプライミア。いわずとしれた第八王妃じゃ」

その顔をぽかんと見つめていると横からシンディがさりげなく耳打ちした。「イストワール様は、北東プライミアの女王にして、魔術師でもあるのです」と。

「はじめまして。俺は祐介だ。世話になったと言うべきかな? 俺のチェンジリングが」

経緯の記憶はないので適当に返礼しておく。チェンジリングのことは魔術師ならではの知識ですでに知っているのだろう。イストワールは意味深に笑みを湛えて宣た。

「主上の苦労は察するぞよ。ま、今宵はとりあえず楽しませてもらうかな、吾はパーティへと参ったので」

「ああ、好きにしてくれ」

女王が各地から集まると、必然的に饗宴(パーティー)が催される。日程はもう今夜ときまっていて、俺の到着を待っての形になる。まったく、ファミリア本領では滅びの聖予言の件で大わらわだと言うのに、
きわめて呑気なものだ(ちなみに俺はパーティを開いてくれなんて言った憶えはない)。一通りその場をへ巡ったあと、シンディの元へ戻って伝えた。

「シンディ、みんなを集めてくれてどうもありがとう」

謝辞であって、シンディはきわめて当然のことをしたまでといった体で、

「いえ、どういたしまして。スノウは少し遅れて到着の予定です。レイチェル様は誘ったのですが返事が有りませんでした。ルカ様は……」

立て板に水と事情の説明を続く。そうしているあいだにもどんどん人員や金品が門口から縷縷城の中へと送り込まれていくのを、俺は呆然かつ漫然と眺めていた。

「…――というわけです。いかがでしょうか?」

シンディの確認する科白で我に返った。半ば聞いてなかったが、当然なまでによしとする。

「わかった。パーティには出席するけど、それまでにレッドローズと対談したいな。なんとかできないか?」

「はい、いまから城の召使いに旦那様のご意向を伝えて参ります。それでは旦那様、後ほどまたお会いしましょう」

こちらの希望を然諾して、シンディは忙しそうに門中へ駆けていく。綺麗なドレスを着ていることなど気にもしないきらいがあって、俺は心配しつつ苦笑いを浮かべる。
シンディの姿が消えた後、俺は足にしていた馬車とランスロットのほうを振りさけ見た。

「きみのご主人様(ミストレス)は遅れて到着するらしい」

ランスロはやや曖昧に笑みを返した。もしやすると自分がパーティに招かれているか心配しているかも知れない。もちろんパーティは全員で楽しくやってもらうつもりだ。
別段それがメインイベントでも無いけど。さてと、俺はその隣りに佇立していたマーリン――魔女に頼みごとをした。

「マーリン、夜まで聞き取り調査をお願いしていいか? 捜し人はハートのジャックだ。知ってそうなのは貴族や、上流貴族と取引がありそうな商人あたりだな。
ナチュリアでの一般的な噂を収集したい。成果は問わず、言わずともたんまり賃金は払わせてもらう……こんなことばかり済まないが」

マーリンは即応する。

「水くさいね、必要とあらば(アタシ)を利用するのが筋だろう? じゃ、いってくるよ。お嬢さん(※ランスロット)は城内の庭園でも見てお行き、名所だよ」

                    米

日が暮れるのを俟ちながら、マーリンの褒めそやした女王レッドローズの見事な薔薇園をランスロと一緒に見学していたときのことだった。姸しい草葉の蔭、わくらばに第四王妃のルカと出くわした。
ルカは小綺麗な青いドレス、神秘的な青い髪、透き通った青い瞳、そして蒼ざめた困り顔をしていた(光彩陸離たるこの広大な薔薇庭園で、ひとり迷子にでもなっていたのだろうか?)
俺はもうファミリア王妃たちの外見的特徴から知り合っていない王妃たちについても把握していたので、高貴な人物のうちでこの神秘的な青い髪を有っているのがルカ=イリヤ・ベルインテンジアに他ならないと確信をもって判ずることができた。

「ルカ!」

だからといって本名で呼びかけたのは失敗だった。すぐさま次の瞬間に「いや、記憶喪失で実は君のことは全然憶えてないんだけど…」という言い訳をしなければならなかったからだ。

「う……?」

ルカはこの複雑な状況に頭を抱えて混乱したようだった。

「猊下、前とちがうです…?」

「猊下ってあんた」

王妃たちは基本的に俺のことをそれぞれ好き勝手に全く統一感のない呼称でよぶが、それにしたって猊下というのは宗教・祈禱若しくは祭祀の職にあるもののうち、非常に高い位につく人物に対する尊称のはずである。
俺は単なる国王の身といったところだ。と一旦は思惟したが、予言された「救世主」としていまの王たる地位についたという経緯があるので、伝統的に宗教的な側面もあるかもしれない、そう思い直した。猊下でいいや。

「………偽物です?」

ルカはじいっと疑いの目を俺に差し向ける。

「それは人聞きが悪いな。あんたが以前の俺といまの俺を見分けられるってことは、素直に凄い。褒めるべきだ。けど俺は偽物じゃない。
なぜって俺は以前の俺が偽物であって、いまの俺こそが本物であると言うこともできるくらいの存在ではあるからだ」

ルカは目を丸くした。この混迷した言い回しに一体どうしたことか分からないらしい。

「猊下は、ルカを助けてくれるです? ルカはいまとても困っているのです。もしこのまま庭園から抜け出せなかったら、日が落ちるまでのパーティに出席できないのです」

そうして見放されたような顔を浮かべるルカの手を、俺はいちもにもなく取りあげた。

「心配ない。俺も今から城の中へ入るところだから、ついてくるといい」

圧巻のジェントルムーブ。ところが俺には目の前にいるこの王妃が厚意に靡いたようには映らない。むしろ不思議そうだ。
俺は当て推量した。

「あ、もしかして以前の俺とはこんな口調で喋り合ってなかったとか?」

ルカは答えた。

「いいえ、話し方はあまり以前と変わりませんです。ただ…猊下はもっと楽しそうな人だったです。でも、いまの猊下は悲しそうなお顔をされています」

はっとした。だが、さして気にすることか。いまの俺には強いて楽しそうにするなんて無理だ。俺の人生におけるパーティの脈は上がったんだから。

「俺が楽しそうだったって、月乃が殺された後でもか?」

あてつけのようにそう言うと、ルカは

「月乃さんは、事故で亡くなったと聞いているです」

なんて、さわりだけのことを平気でいった。

「殺されたんだよ」

そう吐き捨てると、ルカはビックリした顔をした。まるで鳩が青天の霹靂を喰らったような表情だ。

「知らなかったです。猊下は、あれは事故だと言ってたです」

事故だと言ったか。でも楽しそうなんて…ああ、そっか。もう少し頑張れば現実世界で月乃に再会できると思って、こっちで色々と頑張ってたんだもんな。
だから傍目にはそんな風に見えたのかも知れない。あからさまな希望への先があったのだ。現実世界へ帰還するという先が。
そのとき観じた違和感。なんだろう、まだ言葉で説明はできないが、何か俺はとんでもない思い違いをしているんじゃないか……
1フェムト秒にも満たないわずかな刹那のあいだではあったが、そんな不思議な予覚が頭をよぎった。
これまでの手順に見落としでもあるのか。屋内に入ったらもう一度すべての状況証拠を洗ってみよう。その前に、ルカはその辺の衛兵にでも押し付けておけば万事よし――
なんて顧みたからだろうか、ルカが俺に向かって不平そうにのべたててきていた。

「ルカは今夜のパーティをとっても楽しみにしているです。で・も(ことさら強調して)、どうせ、きっと猊下はルカと踊ってくれないに決まっているのです」

なんだそれ? ルカに込みいった話題を聞くと、どうやら今夜のパーティでファミリア王が、つまり俺がだが、最初にダンスの相手を申し込んだ王妃が、
ファミリア全土を領有する将来の許嫁(アフィン)として選ばれたことになるらしい。王城の貴婦人たちが噂するのは、その相手が誰となるか、
今宵はたしてどの王妃が彼のハートを射止めることに決まるのか……本人そっちのけで無根拠な噂に尾ひれがついて、信じがたいロマンティック趣味をひけらかす展開になっている。
ファミリア王の婚約者(せいしつ)。一昔前なら、それは間違いなく月乃となっていただろうな、なんて想像すると小っ恥ずかしいものが……ある。

「つまり、ルカは最初からその立場を諦めてるのか?」

「猊下は……ルカのことが一番好きじゃないのです。本物の猊下はそうだったのです」

思わず吹き出してしまう。

「何がおかしいです?」

「いや、悪かった。じゃ先にネタバレをしておこう。今夜、俺は誰とも踊らないよ。ファミリア王の許嫁を決めるのはまた次の機会になる。
その時ルカがとびきりレディに成長していたら、チャンスはある」

そういって頭をなでてやる。ルカは許嫁の決まる話が根も葉もない噂であると完璧に理解したようだった。じゃ、そういうことで。

「ちょっとレッドローズと会ってくる」

ルカが目で嫉妬(いわゆるジト目)していたので、「パーティのホストとして、もろもろ感謝する用事があるんで」と言い残しておく。
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登場人物紹介

スノウ(白雪姫)

ファミリア第一王妃。北のコンプレクシアを統治する王族の末裔

シンディ(灰被り姫)

ファミリア第二王妃。北西のレアリアを領知する皇族

リドル(アリス)

ファミリア第三王妃。西国ラシオニアの大公令嬢

ルカ(人魚姫)

ファミリア第四王妃。南西の小国インテジアのお姫様

レッドローズ(赤の女王)

ファミリア第五王妃。南国ナチュリアの若き女王

レイチェル(ラプンツェル)

ファミリア第六王妃。南東の強国イーヴェニアの統治者。

ローサ(いばら姫)

ファミリア第七王妃。東国オッディアの姫御子。

イストワール(シェヘラザード)

ファミリア第八王妃。北東のプライミアを支配するえらいひと。

火具屋かぐや 月乃つきの(かぐや姫)

ファミリア第九王妃。ヒロイン。異界人。魔法使い。

死亡済み。

御門みかど 祐介ゆうすけ

十番目の主人公。ファミリア王。異界人。勇者。

別名、空虚な中心。

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