第9証言 戦略窃盗のテーマ
文字数 3,251文字
第9証言 戦略窃盗のテーマ
あたしは『学校 』で計画を練った。真夜中の寮で夜な夜な蝋燭を熾 けて、机に齧り付きながら書き上げたのは、月乃の暗殺計画――いえ、勘違いしないで。
あたしはまだ空想がちな子供だったし、あのときは精神的に追い詰められていたから、きっと3月のウサギみたいに頭がおかしくなってたの。……計画は、できあがったときはとても良いものにみえた。
完璧な戦略 、思い出すたびに胸が震えた。この通り実行されれば邪魔者は消えて、こんな惨めな生活からもきっと抜け出せる。それから毎日、あたしはひたすら計画のことだけを考えた。
同級生からのいじめも、教師たちが課す居残りや宿題や苦役も、折檻中の棒叩きなんかも全然平気だった。あそこでは動物以下の扱いだったけど、いつか見返してやるって敵意を燃やしてた。
けれど計画書は途中で盗まれてしまった。身の回りにあるものは文房具、衣服、ノートから、ときには身に付けている装飾品まで、何でも誰かに盗まれる生活だったから、
秘密の場所に隠しておいた計画書がいつのまにか失くなっても不思議じゃない。けど、さすがにあたしは落ち込んだ。それより怖かったのは、
もしあの計画書のことを誰かが王室に暴露 したら、あたしは反逆者として処刑されるかもしれないってこと。しまった、あんなの書かなきゃよかった、心だけに留めておけばよかったんだ。
あたしは本気で後悔した。閣下、許してくれるかな。あれは小説 なのって言えば、怒られるだけで済むのかなぁ。
だけれど、いつまで経ってもそんな場面はやってこなかった。閣下からの呼び出しは一回もなかった。そのまま半年後。あのとき『学校 』は長期休暇で、あたしは久しぶりにファミリア城に戻ってた。
懐かしい城内に感動して、まず目についた部屋に入ってみると、いつも灰色の服を着てる地味子のシンディがいた。ひとりで何かやっている。閣下が出かけてることはもう知っていたから、あたしは訊いた。
「あれぇ、お留守番?」
「ええ」
「ふぅん。月乃もいるの?」
「旦那様と一緒に出発されました」
ふぅん、そうなんだ。また閣下と一緒にいるんだ。それにしてもシンディ、いつも閣下の身の回りのお世話をしてたのに、今はさせてもらえないんだね。
「ねぇシンディー。あいつ、死んじゃえばいいと思わない?」
「何を言うんですかっ――!?」
怒鳴られた。
「別にふざけてないよぉ。だって閣下に付いてて邪魔だもんあの女。それに今回の遠征は危ないんだしぃ、ゼロじゃないでしょ?流れ弾にでもあたっちゃえばいい」
あたしは包み隠さず本心を打ち明ける。シンディが同意してくれると思って。でも、――
「リドル、悪い冗談はやめなさい」
「はぁい。ごめんなさい。てへっ」
謝ったけど。別に悪びれるつもりなんてない。あたしがこのコに伝えたかったのは、もっと他人に敵意を向けることを覚えたほうがいいよってコト。
だって閣下を取られてるのに、全然悔しそうにしてないんだもん。そんなのずるい。きっと他の王妃たちもみんな月乃のこと恨んでるに違いないのに、自分はオトナだからって言い訳して我慢してるだけなんだ。
シンディも、スノウも、ルカも、レッドローズも、レイチェルも、ローサも、イストワールも、あたしたちはみんな同じなのに。
「みんなの心はひとつだよ」あたしはそう言い残して部屋を立ち去った。
悪い冗談はほんとになった。月乃はいなくなった。あたしがかつて思い描いた計画書通りの構想 で。ほんとにびっくりした。きっと誰かがあの計画書を盗み出して、勝手に実行したんだ。
誰が? わかんない。でも何の為かは分かる。あたしが書いた通りの方法で月乃を殺せば、いざという時あたしに罪をなすりつけることができるからなんだ。
いかにもどこかのこ狡い大人の考えそうなこと。けど、いざという時なんてやって来ない。計画は完璧で、誰もが事故と疑わなかったから。
「ねぇ閣下。あたし、いじめられてるの……」
それからあたしは『学校 』をいち抜けた。閣下付の政策立案者になった。周りの同級生も貴族 たちも、あたしが王族だから閣下に特別扱いしてもらったなんていい顔しなかったけど、
下っ端の貴族がいくらあたしに敵意と悪意を向けたって、閣下に愛されているという事実には敵わないんだから。あたしこそ閣下の将来のお嫁さん、この国の未来の王女、それで誰も逆らえない。
月乃がいなくなってから、この上なく、ものすごく満ち足りた毎日だった。すべてあたしの予想通り。
ただひとつだけ思い描いたのとちがって、閣下は少しだけ元気がなくなったけれど、いつかそれも治ると思ってた。
なのに、どうして、あたしはまた『学校 』に行かなきゃいけないらしい。なんでも閣下がこの城を去って、後のことは全部貴族たちに任せるなんて……そんなの有り得ないよ。
だってあいつらの政治がどれほどひどいか、閣下は知ってる筈だから。そのニュースを聞いて、あたしは一目散に外庭へ飛び出していった。
米
「一緒に自由な国を作ろうって約束したのに、どうして……ぅぅ……どうしてよぉ。なんで忘れちゃうの?」
→涙ながらに訴えかける少女リドルを見て、俺は困っていた。子供に泣かれるのは苦手だから。
「うーん、俺は国のためを思ってこの城を出ていくんだが……」
なんとか言い訳しようとする。俺とリドルとはさっき出会ったばかりだが、向こうとしてはそうでない。当然として何か複雑な事情があって、それでこんなことになっているのだ。
俺はさりげなく目線でスノウに助けを求めた。いわく、
「貴族の風上にも置けない、ただの勉強嫌いのわがまま娘ですわ。こんな蓮っ葉の言うことに惑わされるだけ無駄ですのよ、陛下様」
スノウはどちらかといえば軽蔑の眼差しでリドルのことを見ていて、俺には気にするなと忠告する。うーん、だがしかし。どうもやりきれなくなって、俺は本当のことを伝えることにした。
「俺は月乃の消息を追いたいんだ。一ヶ月もあれば帰るよ。な? わがままを言わずに、おとなしく待っててくれよ」
それを聞いたリドルは信じられないといった表情を浮かべて怒った、ように少なくとも見えた。
「閣下、あの女ことがまだ忘れられないの!? ねぇ、あんな女もうどうでもいいでしょ!? あたしを助けてよぉ!!」
俺は月乃のことをもうどうでもいいなんて思わなかったので、大人気なく黙って馬車に乗り込むことにした。もしかしてこいつが月乃を殺した犯人なんじゃ……ってことはないか。
いくらなんでもリドルは年幼すぎて、一年前の暗殺事件に関われるような奴じゃないだろう。それより一刻も早くレーテーへ向けて出発することだ。
「待ってぇ! 待ってよぉ! 閣下がいなくなったら、あたしまた独りぼっちになっちゃうよぉ! 学校になんて戻りたくない! みんなあたしのこといじめるんだ!」
リドルは張り叫んだ。学校、学校か。ものすごくテキトーな意見を述ぶれば、下級貴族も上級貴族もみんなで集まって平等に学ぶのは普通に良いことだと思う。
けど、いじめられてると言うなら難しい問題だな。それなら一旦休学するのもありだし、それかスクールカウンセラーにでも相談すれば良いんじゃなかろうか。
いずれにせよリドルを長旅に連れて行くという選択肢はない。学校の勉強をちゃんとしなければいけない年頃だろうし、何よりこれは俺が月乃を探し出すための旅だ。ほかの王妃を連れては行けない。
それから凶暴な声をあげがむしゃらに駆け寄ってくるリドルをスノウ付きの従者がふたりがかりで押さえつけた。この一幕に城郭は少し騒然となったが、馬車が止まるほどではない。
俺は出発を命じることにした。スノウが小さな声で
「計画通り、ですわ」
と呟いたような気がしたが、それも定かでない。そのスノウの姿もどんどん遠ざかってゆき、やがて大きさのないひとつの点になる。とうとう旅がはじまった。
これからこの広いフォークの大地の上で、月乃が失踪した手がかりを探す物語がはじまるんだ。
あたしは『
あたしはまだ空想がちな子供だったし、あのときは精神的に追い詰められていたから、きっと3月のウサギみたいに頭がおかしくなってたの。……計画は、できあがったときはとても良いものにみえた。
完璧な
同級生からのいじめも、教師たちが課す居残りや宿題や苦役も、折檻中の棒叩きなんかも全然平気だった。あそこでは動物以下の扱いだったけど、いつか見返してやるって敵意を燃やしてた。
けれど計画書は途中で盗まれてしまった。身の回りにあるものは文房具、衣服、ノートから、ときには身に付けている装飾品まで、何でも誰かに盗まれる生活だったから、
秘密の場所に隠しておいた計画書がいつのまにか失くなっても不思議じゃない。けど、さすがにあたしは落ち込んだ。それより怖かったのは、
もしあの計画書のことを誰かが王室に
あたしは本気で後悔した。閣下、許してくれるかな。あれは
だけれど、いつまで経ってもそんな場面はやってこなかった。閣下からの呼び出しは一回もなかった。そのまま半年後。あのとき『
懐かしい城内に感動して、まず目についた部屋に入ってみると、いつも灰色の服を着てる地味子のシンディがいた。ひとりで何かやっている。閣下が出かけてることはもう知っていたから、あたしは訊いた。
「あれぇ、お留守番?」
「ええ」
「ふぅん。月乃もいるの?」
「旦那様と一緒に出発されました」
ふぅん、そうなんだ。また閣下と一緒にいるんだ。それにしてもシンディ、いつも閣下の身の回りのお世話をしてたのに、今はさせてもらえないんだね。
「ねぇシンディー。あいつ、死んじゃえばいいと思わない?」
「何を言うんですかっ――!?」
怒鳴られた。
「別にふざけてないよぉ。だって閣下に付いてて邪魔だもんあの女。それに今回の遠征は危ないんだしぃ、ゼロじゃないでしょ?流れ弾にでもあたっちゃえばいい」
あたしは包み隠さず本心を打ち明ける。シンディが同意してくれると思って。でも、――
「リドル、悪い冗談はやめなさい」
「はぁい。ごめんなさい。てへっ」
謝ったけど。別に悪びれるつもりなんてない。あたしがこのコに伝えたかったのは、もっと他人に敵意を向けることを覚えたほうがいいよってコト。
だって閣下を取られてるのに、全然悔しそうにしてないんだもん。そんなのずるい。きっと他の王妃たちもみんな月乃のこと恨んでるに違いないのに、自分はオトナだからって言い訳して我慢してるだけなんだ。
シンディも、スノウも、ルカも、レッドローズも、レイチェルも、ローサも、イストワールも、あたしたちはみんな同じなのに。
「みんなの心はひとつだよ」あたしはそう言い残して部屋を立ち去った。
悪い冗談はほんとになった。月乃はいなくなった。あたしがかつて思い描いた計画書通りの
誰が? わかんない。でも何の為かは分かる。あたしが書いた通りの方法で月乃を殺せば、いざという時あたしに罪をなすりつけることができるからなんだ。
いかにもどこかのこ狡い大人の考えそうなこと。けど、いざという時なんてやって来ない。計画は完璧で、誰もが事故と疑わなかったから。
「ねぇ閣下。あたし、いじめられてるの……」
それからあたしは『
下っ端の貴族がいくらあたしに敵意と悪意を向けたって、閣下に愛されているという事実には敵わないんだから。あたしこそ閣下の将来のお嫁さん、この国の未来の王女、それで誰も逆らえない。
月乃がいなくなってから、この上なく、ものすごく満ち足りた毎日だった。すべてあたしの予想通り。
ただひとつだけ思い描いたのとちがって、閣下は少しだけ元気がなくなったけれど、いつかそれも治ると思ってた。
なのに、どうして、あたしはまた『
だってあいつらの政治がどれほどひどいか、閣下は知ってる筈だから。そのニュースを聞いて、あたしは一目散に外庭へ飛び出していった。
米
「一緒に自由な国を作ろうって約束したのに、どうして……ぅぅ……どうしてよぉ。なんで忘れちゃうの?」
→涙ながらに訴えかける少女リドルを見て、俺は困っていた。子供に泣かれるのは苦手だから。
「うーん、俺は国のためを思ってこの城を出ていくんだが……」
なんとか言い訳しようとする。俺とリドルとはさっき出会ったばかりだが、向こうとしてはそうでない。当然として何か複雑な事情があって、それでこんなことになっているのだ。
俺はさりげなく目線でスノウに助けを求めた。いわく、
「貴族の風上にも置けない、ただの勉強嫌いのわがまま娘ですわ。こんな蓮っ葉の言うことに惑わされるだけ無駄ですのよ、陛下様」
スノウはどちらかといえば軽蔑の眼差しでリドルのことを見ていて、俺には気にするなと忠告する。うーん、だがしかし。どうもやりきれなくなって、俺は本当のことを伝えることにした。
「俺は月乃の消息を追いたいんだ。一ヶ月もあれば帰るよ。な? わがままを言わずに、おとなしく待っててくれよ」
それを聞いたリドルは信じられないといった表情を浮かべて怒った、ように少なくとも見えた。
「閣下、あの女ことがまだ忘れられないの!? ねぇ、あんな女もうどうでもいいでしょ!? あたしを助けてよぉ!!」
俺は月乃のことをもうどうでもいいなんて思わなかったので、大人気なく黙って馬車に乗り込むことにした。もしかしてこいつが月乃を殺した犯人なんじゃ……ってことはないか。
いくらなんでもリドルは年幼すぎて、一年前の暗殺事件に関われるような奴じゃないだろう。それより一刻も早くレーテーへ向けて出発することだ。
「待ってぇ! 待ってよぉ! 閣下がいなくなったら、あたしまた独りぼっちになっちゃうよぉ! 学校になんて戻りたくない! みんなあたしのこといじめるんだ!」
リドルは張り叫んだ。学校、学校か。ものすごくテキトーな意見を述ぶれば、下級貴族も上級貴族もみんなで集まって平等に学ぶのは普通に良いことだと思う。
けど、いじめられてると言うなら難しい問題だな。それなら一旦休学するのもありだし、それかスクールカウンセラーにでも相談すれば良いんじゃなかろうか。
いずれにせよリドルを長旅に連れて行くという選択肢はない。学校の勉強をちゃんとしなければいけない年頃だろうし、何よりこれは俺が月乃を探し出すための旅だ。ほかの王妃を連れては行けない。
それから凶暴な声をあげがむしゃらに駆け寄ってくるリドルをスノウ付きの従者がふたりがかりで押さえつけた。この一幕に城郭は少し騒然となったが、馬車が止まるほどではない。
俺は出発を命じることにした。スノウが小さな声で
「計画通り、ですわ」
と呟いたような気がしたが、それも定かでない。そのスノウの姿もどんどん遠ざかってゆき、やがて大きさのないひとつの点になる。とうとう旅がはじまった。
これからこの広いフォークの大地の上で、月乃が失踪した手がかりを探す物語がはじまるんだ。