御恩と奉公

文字数 911文字

 少将局と竹沢右京亮は、二十畳ほどはある板張りの道場の様な広間に、二人きりで正対して顔を合わせている。
 先程既に見知ってはいたのだが、それでも礼というものがある。少将局は主人である右京亮に改めて両手をついて頭を下げた。
「少将局にございます。今後とも宜しくお願い致します」
「そのような堅苦しい挨拶は抜きにしようではないか? こうして会っておるのも何かの縁、都と違い、田舎暮らし故、行き届かぬこともあろうが、出来る限り其方の望むよう、取り図ろう」
「有難うございます」
「では、挨拶代わりに酒などを用意しておる、暫し待たれい」
 右京亮はそう言うと、手を叩いて家人に酒宴の支度をするように合図を送った。
 少将局は特別酒を出されても嬉しいとは思わない。だが、これは彼女の為の宴と云ってはいるが、「主人の為に酌をしろ」と云うことなのだろう。そうであれば、別段断る謂われもない。
 むしろ、板張りのこの部屋で、素面(しらふ)のまま床入りするよりは、幾らか風情があるというもの。彼にしてみれば、京の気位の高い公家の娘を、親に金を払っているとは言え、ここで自分のものにしようと云うのだ。酒の力でも借りなければ、恐ろしくて出来ないのに違いない。
 鯛の尾頭付きと芋の煮物、そして塗りの片口が折敷に乗せられて運ばれてくる。別段三々九度と云う訳でもないだろうが、その中に入った白酒を少将局は右京亮の持った盃へと注いでいく。
「ふむ、儂の部下がこれぞと見込んだだけのことはある。儂ですら、我を忘れ、其方の美しさに惑わされてしまいそうだ」
 少将局は右京亮の言葉を聞き、少々訝(いぶか)った。
「どういう意味にございますか? (わたくし)は竹沢様に買われた身、いかように為さるも竹沢様の想いのまま。それを今更とやかく云う気など、(わたくし)には在りはしません」
「流石少将殿、ご覚悟のほど恐れ入るばかり……。少将殿は公家の品格を持ちながら、武家の豪気な魂を持った女性(にょしょう)と聞いておる。武家とは本来、御恩を受けると、奉公という形で返す者。もし儂に恩を感じて貰えるのであれば、儂の(めい)、いや、頼みを聞いてくれはすまいか?」
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