破談

文字数 1,148文字

 義興は江戸遠江守からの書状を右京亮から受け取り読んだ。それには慇懃な口調で記されていたが、要約すると、基氏との会見については彼に拒否されたとのことであった。「敵同士の身でありながら、何を話し合うことなどあろうか?」と言うことらしい。そして、その場での基氏暗殺は断念するしかないと結ばれてあった。
 江戸遠江守と竹沢右京亮は、先ごろ鎌倉方へと帰参を果たしている。実際彼らは入間川殿(足利基氏)に勘気など被っていないので何も問題はなかったし、義興にはこの会合の為、偽りの帰参をしたと説明を行っている。
 義興は、江戸遠江守に、基氏と会合を持って、その場で彼を暗殺すると伝えてある。正直なことを言っても江戸長門には拒否されるだけと考えていたのだ。
 勿論、偽りの離反をしている長門が、会談のことを基氏に伝えるはずも無く、むしろ偽会談を準備して義興暗殺を考えた程だった。
 だが、その暗殺計画については、長門と右京亮に反間苦肉を指図した畠山国清の反対に遭い断念せざる得なかった。ただ、国清は暗殺を否定しているわけではない。彼には義興の超人的な戦運と無類の強さが頭にあり、会合の場での暗殺は危険であると考えたのだ。
 例え義興一人であっても、何人で掛かれば安全なのか? もし彼の配下数騎が合流したら、何百という兵で闘わなければならないのか? 暗殺ならば義興一党が戦闘出来ぬように準備しておく必要があると彼は考えた。
「新田様。最早足利基氏とは戦さをするより他ありません」
「うむ……」
「ご決断を!」
「仕方あるまい……」
 右京亮は義興のいらえに、我が意を得たりと膝を進める。
「では新田様、予てより申しているように新田様は少数で隠密裏に江戸の屋敷へとお移り下さい。私も兵を率い江戸の屋敷へと軍を移します。そこで機を待って、江戸が入間川御陣へと軍を進めます。そこへ新田様が合流し指揮を執るのです。私も若輩ながら後詰を務めさせていただきます。さすれば、味方の兵と侮った基氏は驚く間もなく討たれるに相違ありません!」
 長門は当初、鎌倉攻めを進言していたのだが、鎌倉方帰参の叶った竹沢は、むしろこの機に乗じての基氏討伐を進言していた。確かにこの策は鎌倉占領以上の戦果をあげる可能性がある。ただ、江戸と竹沢の軍勢を入間川御陣に呼び出させねばならず、それまで待たされる懸念があった。
 それについて右京亮は、このような策を進言している。
「それほど長くは掛かりますまい。新田義宗様の軍勢を入間川の対岸へと移しさえすれば、それを恐れた基氏めは必ずや江戸と私を陣に呼び出すに相違ありません。何、新田様は単騎にて矢口を渡り、江戸軍の兵を率いれば良いのです。新田の兵は全て義宗様にお任せすればよいではありませんか?」
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