怒りの矛先

文字数 1,013文字

 少将局は、両手を屈強な男に押さえられ庭の地面に膝をつかされた。彼女はその状態のまま、全く身動きがとれない。
「少将殿、よくも我らが策を邪魔してくれたものよのう?」
 怒りに顔を歪ませた江戸長門が、少将局に残忍な笑みを投げかける。
「貴様らこそ、武家の風上にも置けない卑劣な振舞い。恥を知れ!」
「うるさいわ!」
 長門は少将局の顔を、泥の付いたままの草履で足蹴にする。少将局は、両手を抑えられている為、その場を動けず、力を受け流すことすらできない。
 江戸はそれを良いことに、少将局の顔に草履の底をつけたまま、ぐりぐりと足を押し付けて泥を擦り付ける。そして、それに飽きると、再び何度も足蹴にして少将局を痛めつけた。
 しかし、彼女は長門をにらみつけたまま、その視線をそらそうともしない。長門の怒りはより一層火に油を注がれる。
「さて、この憎き女を次はどうやって、いたぶってやろうか?」
 江戸長門は、この女の貞操を、ここで無残にも奪って晒し者にしてやろうかとも考えた。しかし、こいつは公娼の様な公家の女。そのような事では何とも思うまい。ならば……。
 江戸長門は、庭先に燃えるかがり火から、一方の燃え盛る薪を取り出した。彼が何をするのか? それが分かった時、さすがに少将局も恐怖に顔が引きつった。
 それを見て、長門の顔に満足そうな笑みが浮かぶ。しかし、彼は恐怖の表情だけで、満足することは出来なかった。長門は少将局の髪を左手で掴んで引き上げる。そして、その髪を松明の炎でゆらゆらと炙っていった。
 髪は熱くなり、人や獣を燃やす嫌な臭いがして、燃えるのではなく、溶けて、丸く短くなっていく。そうやって見る間に、彼女の長く艶やかで、流れるようであった黒髪は頭の半分以上が焼失し、毛先に黒い燃えかすを付けた、嫌な臭いのする髪の毛の残骸へと変わっていった。
 平安の世から、この時代に至るまで、女の髪は美の象徴であった。彼はそれを無残にも焼き焦がし、少将局から奪ったのだった。
 勿論、残虐な江戸長門が、かがり火を使うのに、それだけの為である訳はない。彼は髪を焼き、少将局に絶望を味合わせてから、実際の苦痛を与えようと思っていたのだ。

 江戸屋敷に女の悲鳴が響き渡る。
 少将局はその痛みに意識を失った。彼女の白かった顔の右半分は、赤く燃える松明によって付けられた、黒く焼けただれた皮膚と火傷の火ぶくれが、生々しく残されていた。
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