少将局

文字数 966文字

 堅香子(かたかご)は東国へと旅立った。
 勿論、彼女の意志ではない。それは彼女を買い取った東国の武士、竹沢右京亮の指示によるものだった。彼は東国に在り、堅香子(かたかご)を自らのものにする為には、彼が京を訪れるか堅香子(かたかご)を東国に迎えるか、この二つより方法はない。
 前にも述べた通り、彼女は東国行きを決して拒んではいない。
 彼女にとっては、京に残り、貧しく飢えた生活で苦しみ続けるより、東国で武士の慰み者となるにしても、衣食を保証された生活がどれほど良いか。そして、仮にそこで遊女の様に扱われたとしても、表面(おもてづら)だけ取り繕った貴族の女房になることを考えれば、遥かにましであるに違いない。

 東国へと向かう東山道の道行きの途中、輿の脇を歩いている一人の供侍が彼女に気を遣って声を掛けた。
「少将局様、お疲れではありませんか?」
 堅香子(かたかご)は公家の娘らしく、少将局と呼ばれていた。あれほど貴族を嫌っていた堅香子(かたかご)であったが、公家の娘ということで、これほど丁寧に扱われると云うのも、皮肉なものである。
「いいえ。輿に乗る(わたくし)が、(みな)より疲れたなど、あろう筈もありません。でも、お気遣い頂きましたこと、有難く思います」
 堅香子(かたかご)も、公家屋敷にいた時には決して見せなかったような笑顔を見せて、その問いに答えた。
 竹沢の家来からすると、何の取り得もない癖に、やたらに「疲れた」だの、「腰が痛い」などと云う我儘な多くの貴族の娘と比べ、立ち居振る舞いに気品も教養もあり、東国武士を決して軽んじることのない少将局に、少なからず好意を抱いている。
 もし、少将局が逃げることを望んだならば、護衛の多くは彼女の逃亡を黙認したに違いない。しかし、彼女は全くそれを望んでいない。彼女は口の端々に、武家の屋敷に行くことが嬉しいと述べていたし、彼女の表情が決してそれが嘘でないことを物語っている。
 家来の中には少将局を不憫に思い、「このまま御屋敷に行っても、良いことなどございません。次の休憩で輿を降りた折、そのままお逃げなさい」と言う者まであった。だが、彼女はそれも拒否した。
 少将局を乗せた板輿は、山賊などの野盗を警戒しつつ、竹沢の家来に守られ東国へと旅を続けていくのであった。
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