東雲

文字数 1,003文字

 義興は、度重なる江戸と竹沢の出陣要請を「物忌みであるから」と云う理由で、なんとか断ってきた。
 実際、江戸と竹沢の策は良く出来ており、背後から基氏を攻めれば、彼の軍は背水の陣となり、危地を脱出するのもままならならず、それと呼応して新田義宗軍が入間川を渡れば、足利基氏の命運はもう尽きていると言っても過言ではない。後は、基氏と懇意の元関東執事、上杉憲顕がどう出るか? それだけが懸念材料である。
 だが、義興はこの作戦に気乗りがしない。何となく、足利基氏を騙し討ちにするように思えてならないのだ。基氏は会談を断られたとは云え、一度は義興が同盟を組もうとした相手である。それを掌を返したように攻めるのは、彼には些か卑怯に感じるのだ。
 しかし、そうは言っても七日が過ぎてしまえば、「物忌みであるから」と云う理由はもう通用しない。彼も九日の深夜に、騎馬十数騎で屋敷を出ることを、結局のところ承諾させられてしまった。
 日が無いと云う理由で宴は省略され、義興はそのまま多摩を渡って江戸軍に合流する予定に変わっている。義興であることの確認は、江戸軍に彼を知る竹沢の家来を混ぜて済ますとのことであった。
 だが実は、これは少将局の侍女たちから、彼に事の真相が漏れるのを防ぐための、江戸と竹沢の遠謀だったのである。

 義興とその部下十三騎は、約定に従い、夜半を過ぎたころ、人目につかぬように新田庄の屋敷を出立した。彼らは武蔵道を南下し、相模国にある江戸を通り、現在の東海道を通って先行する江戸長門軍と合流する予定だ。

 一方、江戸たちによって恐ろしい傷を負った少将局は、生きてこそいたが、その傷みの為か、あれから意識を失ったまま生死を彷徨い、やっとのこと十日の朝になり目を開くことが出来たのである。
 彼女の火傷の痕は赤黒く引きつり、その為、口が少し開いて犬歯が剥きだしになっている。また、燃やされた髪は一応毛先を切り、燃え残った方を短く切って目立たなくなるように結ばれてはいたが、長さはまちまちで山姥のようである。
 なお、少将局の手当は、楓を始めとする彼女の侍女たちが担当している。つまり、彼女らも事実上の軟禁状態と云うことであった。

 義興とその一行は、一睡もすることなく馬を飛ばす。もう既に、東雲が文字通り東の空に赤く色づき、曙の訪れが近いことを物語っていた。河を渡るのは恐らく明日の昼過ぎになるだろう。
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