七日の物忌み

文字数 1,077文字

「夢見が悪いので七日間は外へ出ないように」
 少将局の手紙を読んだ義興は頭を捻った。
 十数騎の仲間と、いざこれから江戸屋敷へと向かおうとしていた矢先に、義興は竹沢の家来から、突然この手紙を渡されたのだ。
「少将殿は、いかがされたのであろうか? 今宵は江戸屋敷に泊まり、明日の明け方には江戸軍と合流する手筈ではないか? それに、今宵は久しぶりに少将殿に逢えると、楽しみにしておったのに」
 その様なこと言われても、竹沢の家人も答えようがない。急ぎ、義興にこの手紙を渡すよう言い付かっただけで、彼も状況を把握していた訳ではない。
 とりあえず、義興には少将局の状況を伝えておかねば、彼もここまで来た意味が無い。
「新田様、いずれにしても少将殿は、ご病気の為、誰とも逢うことができません」
「そうか……。今宵、江戸の屋敷に行かぬと拙いであろうか? 日を改めようかと思うのだが……」
 勿論、この手紙を携えた男が「行かねばならぬ」と言えるはずもない。
 だが、南朝の大将、新田義興ともあろう者が、女の手紙一つで軍事上の約束を放棄するのか? 少将局が宴に出ないと言う理由だけで、彼は軍装を解くのであろうか? そう考えたのは、彼の部下だけではない。義興自身すらも、夢見が悪いなどという、あやふやな理由で行軍の約束を反古になどしたくない。
 しかし、その様なことを少将局も分からない訳がない。彼女は決して愚かな女ではない。それが、この状況であの様な手紙を渡したのである。決して根拠のない話ではあるまい。
 呆れる部下を尻目に、義興は馬の鼻の向きを変えた。
「では、竹沢殿と江戸殿には、儂は七日間の物忌みに入ると伝えてくれい!」
 竹沢の家来にそう言ってから、彼は自らの屋敷に向けて馬を走らせていった。

 義興の危機は、少将局の機転によって回避された。
 しかし、危機は彼女の方に移っていく。
 少将局の手紙が渡された為、義興が江戸屋敷に来ることを取り止めたことは、翌日には右京亮や江戸遠江守へと知れ渡った。
 江戸屋敷では、江戸遠江守が先行して出陣した後、彼の甥の江戸下野守の兵百騎が屋敷を取り囲み、柴を用意し、焼き討ちとする手配が整えられていた。しかし、それらは全て無駄骨となった。
 それに対する江戸長門の怒りは凄まじく、竹沢右京亮も最早、少将局になど利用価値は無いと量っている。もう右京亮が彼女を庇うことはない。
 その夜、少将局は江戸の家来によって、奥の部屋から庭先へと引きずり出された。
 そこには、江戸遠江守と下野下野守、そして竹沢右京亮が待っていた。
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