新田義興

文字数 878文字

 義興は輿の中を覗き込み、少将局の横顔をちらりと眺めた。
「ほう、これはこれは、美しい」
「し、失礼ではありませんか? 何を為さるのです」
 少将局ですら、この大将があの時の折烏帽子の青年だとは気付かない。当然、義興には、この女性があの時の少女だなどと、直ぐには思いもおよばない。
 姿形が余りに変わってしまったからなのか、あるいは、少女の顔形を思い出せなかったのか。それ程、七年の月日は長かった。
「ハハハ、これは気の強い。召し物からして京の貴族の出と見える。さすが高貴な血筋の女性ともなると、気位が高い」
 この言葉は、少し少将局の癇に障った。彼女にとって、高貴であるとか、公家であるとか言われるのは侮辱されているのに等しい。
「血は所詮血に過ぎませぬ! 血に高貴や下賤などあろう筈などありませぬ!」
「これは真実(まこと)、気の強い女性(にょしょう)だ」
 少将局の言葉を聞いた義興は、高笑いをして輿の簾を降ろした。
 彼女は貴族である筈なのに貴族を鼻に掛けていない。それでいながら、彼女自身決して気品を失することがない様に見える。義興は、この女性(にょしょう)がとても気に入った。

 少将局とその一行は、敵方と見なされている新田義興に護衛され、その後の旅を続けた。とは言っても、もう東山道武蔵道の旅程の半分は終了しており、比企郡にある竹沢の屋敷までは一日程度しか残っていなかった。
 ところで、少将局の主人となる竹沢右京亮であるが、実際のところは、北朝側か南朝側かが、今ひとつはっきりしていない。
 彼は盟友である江戸遠江守とともに、鎌倉公方の家来として働いていた男である。それが、何やら不首尾を働いたとかで、昨今鎌倉から追放され、新田義興に取り入り、南朝方に加わろうと、やたら貢ぎ物を送って来ている。
 確かにこの時期、北朝内部では高家と上杉家の対立や、佐々木道誉に反感を持つものも多く、南朝への鞍替えをする武士は珍しいものではなかった。
 その竹沢右京亮は、連夜の様に新田義興を酒宴に誘い、生きた貢ぎ物を次々と送りつけようとしていたのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み