第十話

文字数 1,195文字

 志度の驚いたのなんの、それは言葉では言い表すことが出来ない位です。
 アイちゃんもシマ次郎もいなくなった猫達を、みーんなおコイが喰っちまったんかーい。と言う事ですから。

「志度様。猫達はおコイの腹の赤子を事を思い、自ら犠牲になってくれたので御座います。けれど、鯉を食べる猫はあれど、猫を食べる鯉はこの世に有りませぬ。この世の理に外れた(激しく理に外れる事ばかりで、今更なんですが)おコイはその罪の為に猫になってしまいました。愛しい旦那様。おコイはもう旦那様にお会いすることは出来ませぬ。後はこの道を通り、黄泉の国へ行くばかりで御座います」
 おコイはそう言うと、よよよと泣き崩れました。
 周囲の猫達も顔を伏せ、にゃにゃにゃともらい泣きをしています。

 志度は狼狽えました。
「そんな事を言って、じゃあ、赤子は、赤子はどうするのじゃ。赤子には母御が必要じゃ。乳が必要じゃ。儂には乳は出ぬ」

 おコイは言いました。
「これから夜になりますれば、赤子をここへお連れください。私がここから出て乳を与えまする。だがしかし、志度様は私の姿を見てはいけませぬ。夜が明けましたら赤子をお迎えにいらしてください」
「赤子をここへ?」
「そうで御座います。猫達が赤子を守る事で御座いましょう」
 志度は腕の中の赤子を見ました。赤子はすやすやと眠っております。志度はその顔をつくづくと眺めます。
「何と美しい子で有る事よ。・・・これはたった一人でここで暮らす私の為に竜王と仏様と阿寒様が与えてくれた宝物じゃ。おコイよ。儂はこの子を大切に、うんと大切にして育てるぞ。
 母者が猫であろうが、鯉であろうが、龍であろうが・・・。して、この子は」
 志度はぱらりと赤子を包んだ着物を捲ってその股の辺りを見ました。
「これは男の子じゃな。うむ。立派な寺の跡継ぎになろうと言うものよ。」

「おコイよ。この子の名前は何とする?」
 穴の中のおコイは暫く考えておりましたが、「もうすぐ山は美しい山吹で黄色に染まりまする。お子様の名は『山吹殿』と」
「おお、何と美しい名前じゃ。この子にドンピシャじゃ!・・・では、山吹殿。寺に帰ってまずは湯を沸かし、父が産湯に入れて進ぜよう」
 そう言うと志度は可愛い息子を寺に連れて帰りました。猫達は大人しく志度に付き添って来ます。猫達はこれより先、ずっとずっと山吹殿を御守り申し上げるのでした。

 そうして8月と8日間。志度は毎日、洞窟へ出掛け、猫になった女房の元に赤子を連れて乳を与えて貰いに行ったのでした。

志度は記紀に出て来る偉大な神様達とは違って、小心者で、素直な人間でしたので、
「決して見てはならぬ」と言われたものは見ませんでした。
それに「見てはならぬ」と妻にいわれたものを見てしまった男神様達はその後大変な目に遭っておりますれば、そのお話をすでに知っている志度はおコイの言う通り、朝になるまで洞窟へは行きませんでした。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み