第七話

文字数 1,516文字

 弟子である志度は、たった一人で花の寺の住職としてこの寺で過ごしました。志度の回りには常に猫がいました。
 さて、志度は高僧とも言うべきお師匠様とは違ってまだまだ修行の足らない身でした。お師匠様を亡くしてしまい寂しくて仕方が有りません。
 阿寒と志度は長い間の辛苦を共にし、お互いを支えに生きて来たのです。まるで自分の半身が無くなってしまった様な虚無感に襲われました。
 志度はこの先たった一人でどうしていいか分からなくなっていました。

 彼は出来る事なら嫁をもらって一緒にここでくらしたいものだと考えておりました。志度はまだ女人を抱いた事がありません。
 昔の僧侶は女を抱いてはいけないので御座います。それは女犯(にょぼん)と言われ、大きな罪とされていたのです。然れども、その当時、僧侶の中にはこっそりと妻帯をし、実子に寺を継がせるという事も多々見られたのです。

 阿寒が存命の折に志度は言いました。
「私は是非妻帯をしたいと思っております」
 阿寒は少し考えて言いました。
「私が亡くなった後でなら、お前の好きにしなさい」

 志度は女が恋しくてなりませんでした。
 是非女の柔らかな肌に触れてみたいと思っておりました。そして美しくて優しい妻とこの先幸せに暮らして行きたいと思ったのです。もし、その女が身籠ったのなら、その子を寺の跡継ぎにすればよいと考えました。このままだと折角阿寒和尚が建てた寺が廃寺になってしまうので、それも困ると考えたのです。
「誰か、(美しい)おなごが私の所に来てくれないだろうか」
 志度はそう願いました。

 そんな志度の所にある日、旅の女がやって来ました。
 女は巡礼の旅をしているのだと言いました。そして寺で宿を借りました。
 女は志度に言いました。
「私があなた様の妻になってあげましょう」
 志度はじっと女を見て考えましたが、おずおずと言いました。
「あのう、結構です」
 女はむっとしましたが、断られてしまったのだから仕方が無い。そのままぷんぷん怒りながら寺を出て行きました。

 実は女は湖の姉ナマズが人に化けてやって来たので御座います。色は黒く、口が大きく目の小さい大ナマズは人間の女に化けても、こう言っては何ですが、あまり美しくは無かったのです。体は不格好で顔ばかりが随分大きい。志度は自分の容姿は十人並みなのに、メンクイで、自分の妻は美しい女が良いと思っていたのです。だって、毎日見て暮らすのだから。そんなのは贅沢な話と分かっていながら、やはりそれは譲れないと思ったので御座います。

 数日たつと今度は美しい女人がやって参りました。今度も旅の女です。
 色は白く、切れ長のすっきりとした目に赤くて小さな唇。すらりとした真に美しい女人で有りました。志度は一目でこの女を好きになりました。実はこの女は湖の緋鯉が化けたものでした。緋鯉は水棲動物相手のどんちゃん騒ぎに飽き飽きし、人間である志度に興味をもったのです。
 だがしかし、阿寒が存命の時には寺に近付く事は出来ませんでした。何故なら阿寒はスーパーサイア人も真っ青な法力の持ち主なので、自分たちなど一目で見破られその法力で捻じ伏せられてしまうと思っていたのです。

 志度はイケメンでは有りませんが、優しい心と勤勉な性格を兼ね備え(ちょっと思慮不足でお調子者の所も見られましたが)、如何にも自分の婿には相応しいと妹鯉には思われたのであったのです
 それは姉ナマズも同様でした。姉ナマズは折角志度のお嫁様にと思って行ったのに、断られてしまい湖の底で泣き暮らしておりました。

 姉ナマズの悲しみを他所に、志度と緋鯉は(名前はおコイと言います)その後、楽しく幸せに暮らし、おコイはその腹に志度の子供を身籠りました。
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