第九話

文字数 1,548文字

 今日はよい月夜です。
 月はまるで昼間の様に周囲を照らし、湖は凪いでその面が月の光で黄色に光っておりました。手元に明かりが無くても道を歩ける程の月明りです。

 志度は森を抜けて岩山の方へ歩いて行きましたが、おコイの姿はどこにも見当たりません。
 と、何か動物らしきものが動いている姿が目に入り、志度はびくりとしました。よくよく目を凝らすとそれは猫でした。猫は志度を光る眼で見ると、岩山の方へ姿を消しました。
 志度は「はて?」と思いながら猫の後を追いかけてみました。
 猫は背の高い草と木々に覆われた隙間に入り込んで行きます。志度は不思議に思ってそこに近付いてみました。
 そこには木々に隠されてぽっかりと洞窟の口が空いておりました。

 こんな所に洞窟があるなんて知らなかった。志度はそう思いました。
 きょろきょろと辺りを見回すと猫の姿は有りません。志度は恐る恐る洞窟内に足を踏み入れました。明かりを高く掲げるとさっき見た猫の後ろ姿が見えました。猫は一瞬こちらを振り返りました。目がぴかりと光ります。猫は暫く志度を見ていましたが、また前を見て歩き始めました。

 ひたひたと歩いて行くと、洞窟の先の方が何やらぼんやりと明るくなっております。
 はて、おコイはここにいるのかと思い、志度は歩みを早めます。すると奥の方から何やら猫の鳴き声の様な・・・志度は立ち止ってじっと耳を澄ませます。
 それは猫では無くて人間の赤子の泣き声でした。
「ええええええ!」
 志度はまさかと思いながら、洞窟内を走りました。
 まさか。まさか。もう、生まれちゃったの?!

 足元を照らす明かりがゆらゆらと揺れます。
 遠くの明りがどんどん近くなります。
 泣き声もどんどん大きくなります。

 洞窟の一番奥、何とそこに着物に包まれた赤子がいるではありませんか。赤子は生まれたばかりらしく、まだ体に血が付いておりました。赤子の周りを猫達がぐるりと取り囲んでおります。志度は赤子に走り寄ると、その小さな体を抱き上げました。
 赤子は志度に抱かれると泣くのを止めて、志度の顔をまだ見えぬ目で見上げました。
「こ、これ、お前達、こ、これはおコイの産んだ赤子か?」
 志度はその辺りに行儀よく座っている猫達に聞きました。
猫達は一斉に頷きます。
「お、おコイはどこじゃ。おコイはどこへ行ったのじゃ?」
 猫達は今度は一斉に岩壁の小さな隙間に顔を向けました。
「お、 おコイはそこに?」
 猫達はまたまた一斉に頷きました。
 志度は猫達を見回すと声を張り上げました。
「こんな小さな穴におコイが入れるはずが無かろう。お前達は何を言っておるのだ。こんな穴に入れるのは猫ぐらいしか」
 と、穴の中から悲しそうな声が聞こえてきました。
「旦那様。志度様。おコイはここに御座ります」
 志度はびっくりしました。赤子を抱いたまま岩の隙間に走り寄り顔を寄せます。中は真っ暗で何も見えませんが、丸く小さい二つの目が闇の向こうから自分を見詰めています。
 志度は腰を抜かしました。
「こ、これは・・・どういうこ、事」

 おコイの泣き声が岩の隙間から聞こえました。
 おコイは暫くしくしくと泣いておりましたが、涙声で言いました。
「旦那様。おコイは、実は人では御座いません。おコイはあの大きな湖に棲む龍の娘に御座います」
「えええっ?!」
「旦那様、お許しください。おコイは鯉で御座います。是非旦那様の御側にと思い、人に化けて旦那様の元に参ったので御座います」
「・・・・・」
 志度はもう口を開けたまま、茫然とするだけでした。
「産み月を迎えてから、おコイは腹が空いて腹が空いて・・・申し訳御座いません。志度様。いなくなってしまった猫達はおコイが食べてしまったので御座います」
「えええっ!!」
 周囲の猫達はまた一斉に頷きました。
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