第二章

文字数 1,706文字

 偉大な女神様が「花の窟」から黄泉の国に旅立たれ、その飼い猫が、遠く坂東の国の「湖」の向こう側にある岩山の隙間から黄泉の国に旅立った、それから随分時が過ぎました。

 猫が渡った湖に細長い一本の道が現われました。
 それは唐突にそこに現れたのです。
 道は真っ直ぐに湖を貫き、それを東西に分けたのでした。

 その道を作ったのは龍でした。
 最初、龍は道を作る様に湖に棲む蟹に号令致しました。
 それこそ何千億、何千京、何千亥匹とも言える程のカニが一斉に動いてその鋏を使ってちまちまと土を盛り上げたのです。その工事進度の余りの遅さに業を煮やした龍は自ら道を出現させました。道はあっと言う間に出来上がりました。カニ達は恐れ入って皆、地面低く体を這いつくばせ、鋏を頭の上に掲げました。
 けれど心の中では、誰もが「最初からあんたがやれば良かったじゃん」と思っていたのでした。

 何故、龍は道を作ったか。
 実を言うと、これは道と言うよりも、区切りなのです。

 龍には二人の娘がいました。
 姉娘は大きな黒ナマズで御座います。口が大きくて醜い黒ナマズは不愛想で不格好な魚でした。けれど実は思慮深く親切な魚でもあったのです。
 妹娘はとても美しい緋鯉でした。すらりとした容姿と明るく陽気な性格をもっておりました。だがしかし、自分の美しい容姿を誇り、姉の醜さや不愛想を嫌い、自分を褒め称えてくれる水棲生物、例えば鮒や鱒、または泥鰌や田螺など・・・を身の回りに集め、姉ナマズが深い湖の底で静かにこの世の理などを思索している間にも、日々楽しく宴会やどんちゃん騒ぎなどをして過ごしておったのです。妹鯉には少し思慮が足らず、姉ナマズには陽気さが足りませんでした。

 父親である龍はこれは将来お互いに喧嘩をしてしまうかも知れぬと、要らぬ心配をし、喧嘩をする前から湖を二つに区切り片方を姉に、そして片方を妹に渡すと自分は深い地の底に潜ってしまったのです。
 道は決して消してはならぬとカニ達に言い付けました。
 道は放置して置くと打ち寄せる波の浸食でいつかは消えてしまいます。それでカニ達は相談をし、担当を決めて道を管理しました。カニ達はとても勤勉だったので、道は消えること無く次第に広さを増し、丁度軽自動車が一台通れる位の、誠に作者に都合の良い広さとなりました。
取って付けた様に一匹の賢いカニが現われ「そうだ!小石を積めば波の浸食はある程度抑えられる!」と言いました。それでカニ達は小石を隙間なくぴっちりと積み続けたのです。
 それ以来道は消えること無くそこにあったのでした。

 だがしかし、この道を通って湖の向こう岸に行こうなどとは誰も考えませんでした。
大体道の先が見えないのですから。
白い道がどこまで続いているのか、それとも道に果てなど無いのか、それは誰にも分かりませんでした。もしかしたら道は『湖』の中の竜宮に続いているのかも知れないと誰かが言いました。そこに行ったなら二度と戻って来る事は叶わぬ水の中の御殿です。

 その道は余りにも寂しく彼岸の様なうすら寒い雰囲気に包まれていたのです。
 道を歩く者は水に溶かされ、そして泡となって消えてしまう事であろうよ。人はそう思いました。
 この湖の畔に立つ人は皆足が竦んでしまって、長く細い道を辿って湖を横切ろうなどとは思わなかったのです。

 ところで、既にご存じの様に延々と続く白い道の先は小高い岩山になっております。
 そこは湖に張り出した小さな半島で御座います。岩山は衝立の様に半島を分断しておりました。茶トラが潜り抜けた岩山でありますが、大体、そんな場所には神様が鎮座されておりまする。それに猫用の黄泉への道も隠されておるのです。そこは霊気漂う神聖な場所でもありました。

 丁度トラが潜り抜けた向こう側、その少し下った山裾に住む古代の人々はこの岩山とその向こう側を神様のお座す畏れ多い場所、または現世とは違う異界と考えておりました。
そこは穢れた人の身では立ち入ってはならぬ禁足の地とされました。
 人々は里に社を建て、そこからこの岩山を遥拝致しました。この場所は長く立ち入る事の出来ぬ信仰の場としてそこにあったので御座います。
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