第五章

文字数 1,655文字

阿寒と志度は山吹の咲き乱れるその山に小さな寺を建てました。
阿寒はその寺を「花の寺」と名付けました。

不思議な事に、寺を建てるのにも、家を作るのにもどこからか人が現われて手伝いを申し出てくれたのです。
彼等は自分達をこの近くの村の者と言いました。
「この度、湖を渡って有徳の上人様がいらっしゃる。お前たちはそこへ行ってお手伝いをして参れ」
彼らは、その様に夢の中で弥勒菩薩様のお告げを聞いたと言いました。
阿寒と志度はこれも仏様のお導きと大喜びを致しました。

実は彼らは姉ナマズの差し向けた妖の者達でした。
本当の村人達は、ここに立ち入る事は禁じられていたし、岩山の向こう側の事は何一つ分かっていませんでした。それに彼等の村はこの岩山から随分遠く隔たっていたのです。だからここに人が来たことも寺を建てている事なども全く知りませんでした。

さて、簡素で有りながらちゃんとした寺が建ちました。小さいながら庫裡も出来ました。
お手伝いの者達は仕事を終えると、どこへとも無く去って行きました。

今度は寺の中を整えなくてはなりませぬ。
ご本尊は阿寒和尚が作りました。木彫りの薬師如来像です。
阿寒には芸術的な才能がありました。特に木彫りの技術には誰もが目を見張るものがあります。阿寒は木彫りの他にも絵を描き、書を嗜みました。
阿寒の彫った仏像や描いた仏画には魂が宿ると思われる程の出来栄えでした。阿寒には常人では無いスーパーな法力があったのです。
阿寒は本来なら、こんな寂れた岩山の粗末な寺で一生を過ごす様な僧では無かったのです。
でも、阿寒は質素で静かな寺の暮らしがとても気に入っており、ここは正に極楽浄土だと思っておりました。
また、阿寒は草木や生き物を愛おしむ心の持ち主でしたから、寺には美しい花が咲き、色々な生き物がやって参りました。

そんな中で寺に住みついたのが、猫で御座います。どこからかやって来た猫が一匹、また一匹と寺に住みつき、寺にはいつも数匹の猫がのんびりと暮らしておりました。
阿寒と志度は猫達を可愛がりました。
猫達は自分の死期が近付くと、みなふらりとどこかに行ってしまいました。その亡き骸は寺にも近くの野や森にも見当たりません。阿寒と志度は不思議に思っておりました。

 実は猫達は小さな洞窟を通ってその先の小さな岩の割れ目から黄泉の国に下って行ったのです。
猫がすり抜けられる程のほんの隙間。そこを下って行くと岩と岩の隙間にずっと道が続いております。途中の二股のどちらかを選んで猫は先に進みます。
黄泉の国へ向かう者もいれば、あの茶トラの様に現世に向かう道を選ぶ者もいる。しかし、その道を選んでも殆どの猫は岩山を通り抜ける事は出来ずに、暗い岩山の中で死んでしまうのです。だからどちらを選んでもまあ同じと言う所でした。

その洞窟は木と草で覆い隠され人間に見付かる事は有りませんでした。人間と言ってもここに来た最初の人間は阿寒と志度だったのですけれども。彼らはそこに洞窟があるなどとは気付きもしませんでした。死期が近付いた猫はきっとあの湖に行ってしまうのだろうと思っておりました。


猫達には動物特有のネットワークで「あの場所には寺がありそこに住む僧侶は猫を大事にしてくれる。その裏の岩山には猫用の黄泉に通じる道がある」と既に知れ渡っておりました。それは、人間には決してアクセスする事の出来ないネットワークです。知らないのは人間ばかり。ある意味人間は動物でありながら動物から仲間外れにされてしまっていたのです。

花の寺と岩山の情報は森に棲む狐や猪や鳥や・・・・そんな生き物から生き物へ情報は繋がって行きました。なのでそれを耳にした猫達は険しい山や深い森を抜け、長く厳しい旅をしてここに辿り着きました。


 志度と阿寒は寺の隅に畑を作り、また湖で魚を取って暮らしました。人に化けた妖が時々やってきては米や農作物を届けてくれました。彼らは阿寒和尚の有難い説法を聞いて、薬師如来様を拝んで帰って行きました。
二人の僧は猫と伴に穏やかに暮らし、日々は過ぎて行きました。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み