第六章

文字数 548文字

 そんなある日の事で御座います。
 阿寒は寺の縁側で昼寝をする猫を見てふと思いました。
「そうだ。普賢菩薩様の御姿を描いてみよう」
 普賢菩薩様とは釈迦如来様の右側に立つ脇侍でいらっしゃいます。
 理知、慈悲を司り、または延命の徳をお備えになっておられる菩薩様です。が、独尊として表されることも有り、その時には白象に騎乗し、結跏趺坐され合掌されたお姿で表されます。皆様もご覧になった事が一度くらいはあるでしょうか。

 それはちょっとした遊び心だったのでしょう。阿寒が描いたのは白象に乗った普賢菩薩様では無くて黒猫に乗られた普賢菩薩様でした。
 それも黒猫には角が生えておりました。これは異端の普賢菩薩様です。
 ふわふわとした黒い毛皮に丸い目玉。額にはちょこんと小さな角が二本。
何とも美しく凛々しい黒猫で御座います。
 そしてその背中には台座に乗った普賢菩薩様。
台座には淡い黄色の山吹を飾りました。何から何まで異端の普賢菩薩様でした。

 阿寒はいたくその絵を気に入り、綺麗に表装を施し、大切に桐箱に入れて仕舞って置き、たまに出しては眺めてみました。これは秘密の絵だったのです。

 阿寒と志度の暮らしは穏やかに過ぎて行き、そして年を取った阿寒は静かにこの世を去りました。京の都を出てから20年の月日が過ぎておりました。
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