第55話

文字数 1,750文字



 春奈は負けずに美憂に呼びかける。そうしないと、荒波にもまれて溺れてしまいそうな気分だ。

「なんで……そんなふうになったの? 美憂。ツライことがあったんだよね?」

 美憂はもう笑うのにも飽きてきたのか、退屈そうだ。

「別に? ふつうの家だったよ? パパ、社長だったし、むしろ裕福? 倒産して自殺しちゃったけどね。おかげで生命保険おりて借金は帳消しになったし、そのあとすぐ、ここに入学したから、苦労ってしたことないんだよね」

 信じられない。たとえば、摩耶みたいに親から虐待されて、それで他人の不幸を望むようになったとか、苗花みたいに激しい憎悪をいだいて人を殺したなら、わかる。
 でも、なんの理由もなく

なんて、春奈には信じられない。

 美憂はしゃべり続ける。
「わたし、子どものころ、蝶やトンボの羽をむしって、もがいてるとこを見るのが大好きだったんだよね。苦しんで、そのうち死んでくようすが、みじめで、あわれでさ。すっごく楽しかった。虫って醜いし、汚いし、別にいなくてもいいでしょ? 人間もいっしょだよ。いらないヤツは消えちゃえばいいんだよ。どうせ、人間なんて世界中にあふれてるんだしさ。日本じゃ少子化とか言ってて実感わかないかもだけど、世界の人間は増え続けてるんだよ? そのうち地球はパンクするし、食糧危機で命が選別される時代が来るんだよ。だったら、今やっても同じじゃない?」

「だから、それだけの理由で、みんなを殺したの? 海原くんや、弓本さんや、苗花を?」
「だって、おもしろいよ? 不幸ぶってるヤツらがもっと不幸になって死んでくなんてさ」

 春奈はもう何も言えなかった。何を言っても、たぶん、伝わらない。ムダだとわかったからだ。

 春奈が沈黙すると、鈴があとをとる。
「その人、生まれついてのサイコパスだよ。ふつうの人の心はないんだよ」

 きっと、鈴の言うとおりだ。両者のあいだには永遠に越えられない壁がある。

 鈴は凛然と告げる。
「坂牧小のときもそうだったんでしょ? まわりの人たちが苦しんだり、困ったりするとこが楽しくて、弱い者イジメしてたんだ。それも自分より弱い年下の子を。坂牧小の影の支配者って、あなただよね?」

 美憂はあっさりとうなずく。
「そうだけど?」

 それが何か? という口調だ。

 紀野が車椅子から立ちあがる。美憂にむかって突進していく。そのまま、なぐりかかるんじゃないかという勢いだ。
 だが、紀野はまだ体が本調子ではない。痛みどめの薬で意識もぼんやりしているようだ。美憂のもとに到達する前にふらついた。そのすきをついて、美憂は粛清ボックスへ走る。

 誰にも止めるヒマはなかった。
 さっきから、話しながら、美憂はジリジリと移動していた。それがなぜなのか、今になってわかる。ボックスにかけこむスキを狙っていたのだ。食堂のなかで、いつのまにか、美憂がもっともボックスに近い位置にいた。
 蘇芳やルーカスがひきとめようとしたときには、すでに美憂はボックスのなかだった。

「ふう。ヤバイ。ヤバイ。ここで粛清されたらバカだもんね。余裕かましすぎるとこだった。あんたたちの仲間ごっこ、いいかげんウザイよ? 見てなよ。今から、そいつ、粛清してやるからさ。残念だったねぇ。もうちょっとだったのに。あんたの弟、男のくせに女の子より可愛いとか言われて、クラスの人気者で、先生にも気に入られて、ほんと、ムカついたんだよね。だから、死んで清々した。ウジウジ、芋虫。弱いヤツはみんな醜い虫なんだ! 死ねばいいんだよ!」

 ケラケラと高笑いが食堂に響く。紀野がうつむいてふるえるのを、春奈は痛ましさと

で見つめた。

「やめて! お願い。紀野くんをこれ以上、苦しめないで」
「まだ言ってんの? この世はね。かしこい者が勝つの。弱いヤツは消えるしかないんだよ」
「やめて!」

 狂ったように美憂は笑う。それも、楽しくてしかたなさそうに。たとえば春奈なら、鈴が医師免許をとったと聞いた瞬間にするだろう満面の笑みだ。

「紀野! おまえの弟に会わせてやるよ。感謝してよね!」

 叫びつつ、美憂はボックス上部にならぶ錠前を見まわした。そして、そのなかの一つに鍵をつっこむ。紀野の錠前だ。
 これで、紀野は死ぬ。脳内の電極が作動して、一瞬でショック死だ。
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