第31話

文字数 2,119文字



 ナイトメアモードは、思っていたより早く終わった。
 一階から逃げだすあいだにそのほとんどの時間がすぎていた。後藤の部屋に全員で逃げこんで、必死にドアを押さえているうちに、制限時間はみるみる消化された。

「もう、十分すぎてるよな?」
「たぶん」
「あけてみてよ」

 そっとドアをあけても死神はいなくなっていた。全員がホッと胸をなでおろす。

「五時半やで。疲れた」
「もうすぐ夕食時間だな。食堂で待つか」
「廉太、無事やったかな?」

 蘇芳とルーカスが話しながら階段をおりていく。
 春奈たちもゾロゾロついていく。が、その階段をおりる途中で、鈴が言いだした。

「弓本さん。あなたの相手、摩耶なんだよね? なんで、粛清に行かないの?」

 かなかは意表をつかれたようだ。完全に忘却していた顔つきである。

「えっ? でも……」
「早くしないと、摩耶だって恨まれてる意識はあると思う。朝までは自分がしてたこと、みんなにバレたらイヤだから我慢してたかもしれないけど、あなたがわたしたちと行動するようになったのは、摩耶もわかってる。時計塔には摩耶も来てたしね。急がないと、さきを越されるかもよ? わたしもウッカリしてた。もっと早く気づいてればよかったんだけど」

 そう言われればそうだ。刻一刻と状況は変わっている。ルールとは異なる方法で、一人ずつ殺しまわる殺人犯まで現れた。相手がわかっているなら、早めに粛清してしまわないと、自分の危険が増すだけだ。

 かなかはたぶん、生来の優しさ——もっと言えば気弱さから、摩耶を殺す決心がつかなかったのだ。忘れたふりをして決心をさきのばしにしていた。

 かなかはあわてて階段をかけおりた。が、優柔不断のツケがまわってきていた。春奈たちが食堂に入ったときには、摩耶がそこにいた。粛清ボックスのまんまえに立ちはだかっている。
 かなかを見ると、摩耶はゆがんだ笑みを見せた。

「かなか。あんたでしょ? 翔を()ったの?」

 目つきがすわっている。表情はどす黒い。これまで、かなか以外には見せなかった裏の顔を全開にしている。それは体裁をかまわなくなった証だ。

「あ、あの、わたし……」
「あんたでしょ? あたしや翔を殺したいほど憎んでるのは、あんただもんね。粛清で殺れるのがあたしだけだから、翔を自分の手で殺したんだ」
「わ、わたし、そんなこと……」

 春奈から見れば、かなかは人殺しなんてできそうにない女の子だ。それも、あれほど体格差のある海原をつきおとすなんて。

 すると、摩耶はポケットからポストイットをとりだした。

「これで、翔を呼びだしたんでしょ?」

 みんなの前につきつけるが、遠いので小さな文字まで読めない。
 摩耶はそれを声に出して読んだ。

「鍵の隠し場所を書いたメモ、時計塔西側の屋根に貼っておきます。わたしの鍵、使ってください」

 なるほど。それなら、わかる。西側の屋根。つまり、貯水タンクのある側だ。その屋根にメモがあると思えば、壁にのぼって確認するしかない。海原の身長なら、石壁の上に立てば、肩から上は屋根で隠れる。もしも階段から誰かがあがってきても気づかないだろう。そんな体勢で思いきり、つきとばされれば……。

「ち、違う」

 かなかは涙ながらに訴えた。

「わたし、そんなことしてない。ほんとだよ。そりゃ、恨んでなかったと言えば嘘になるけど、でも、そんなの思いつきもしなかった!」
「嘘つき! あたしの翔を、よくも殺したね。あの人はね。中学のとき親友に裏切られて骨折した。そのときのケガがもとで、選手としてやれなくなったんだ。オリンピック選手になるのが夢だったのに。だから、グレて、ヤンチャしてたけど、ほんとは優しい人だった。親にヒドイめにあわされたあたしのこと、すごく大事にしてくれて、二人でずっとずっと死ぬまでいっしょだって言ってくれた。あたしにとって世界でたった一人だけ大切な人だった。だから……あたしは、あんたをゆるさない!」

 摩耶はうしろ手にボックスのドアをあけ、なかへかけこむ。かなかを粛清するつもりなのだ。

「やめて!」

 かなかは必死に走る。だが、かなかの足では、もちろん、まにあわない。

 かなかが粛清される。

 春奈は友達が殺されるという事実に呆然とした。その一方で、さっきのナイトメアモード中の蘇芳のようすを思いだすと、どこかホッとする。もしも、かなかが蘇芳のペアだとしたら。かなかが死んでくれれば、蘇芳の決心も変わるかもしれない。

(蘇芳くんが生きてくれれば……)

 無意識に蘇芳とかなかの命を天秤にかけていた。

 しかし、そのときだ。
 かなかより近い位置から、誰かが走った。ルーカスと蘇芳だ。ほとんど体当たりするように、両側から、摩耶をひきとめる。ギリギリ、ドアが閉まる前に外へひきずりだせた。

「離して! 離してよ! あんたたち、関係ないでしょ!」
「そうは言うても、自分勝手な理由でイジメといて、弁解も聞かんと決めつけはあかんで」
「離せ! 離しやがれ! クソタコがッ!」

 汚い言葉で罵る摩耶を押さえながら、蘇芳が言った。

「弓本。おまえはどうしたいんだ? おまえが決めろよ」

 かなかは決心がつかないのか、ふるえている。数分して、その手をかたくにぎりしめた。
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