第36話

文字数 2,612文字



 午後一時。指名ゲームの時間。三十分前から食堂は準備のため立入禁止にされていた。ロボットたちが出てきて、やっと解放される。ホールで食堂があくのを待っていた春奈たちは、いっせいになかへ入る。生き残りの全員が、そこに集まっていた。昼食はすでに、早めに食べおえていた。

 食堂のなかを見て、一同は絶句する。

「なんなの? アレ?」
「ゲームに使うんだろうけど……」

 ブツブツ言いながら、

をとりまく。
 粛清ボックスは食堂のどまんなかにある。その左右に同じくらいの大きさのガラスのボックスが二つならんでいた。
 しかし、粛清ボックスと違うのは、電極スイッチの錠前がついていないことだ。それに、ボックスの上にもう一つ箱が載っている。プラスチック製で、ブーンと冷蔵庫のような音を立てている。

「二つあるよね。ここに、あたしと小町が一人ずつ入るのね?」

 愛音は腕を組みながら観察している。一方、絵梨花は苗花にひっぱられて、やっとここまで来た感じだ。すでに泣きじゃくっていた。

 そこへ、レフリーが遅れてやってくる。

「では、諸君。指名ゲームのルールを説明する。ごらんのとおり、二つのボックスがある。今から、望月愛音、小町絵梨花の両名にはこのなかへ入ってもらう。すると、ボックスに

が起こる。両名にはそれに耐えてもらう。言わば我慢大会だ。どちらかより長く生きぬいた者が勝ち。単純なルールだ」

 ある変化とはなんなのか。そこが肝心なのに、あえて語らない。しかも、どちらかが死ぬまでゲームが続くと言った。要するに、死の危険がある変化なのだ。

 春奈は不安だった。
 これから、何が起こるのか。

「では、両名、ボックスに入りなさい」

 愛音はためらいつつも、決意を見せた表情でボックスに入る。絵梨花は床にすわりこんで泣いている。

「ヤダよ。わたし、やりたくない! やりたくないって言ってるのに!」
「では、棄権するかね?」

 例の黒い小箱を見せて、レフリーは言う。いつでも電極のスイッチを入れられる。今、死ぬか、戦って生きのびるか。さすがにあきらめて、絵梨花も泣く泣くボックスに入る。

 二人が入ると、ガタンとオートロックがかかった。これでもう愛音と絵梨花は自力で外に出られない。

(まさか、密閉空間なのかな? 息ができなくなるまでほっとくとか?)

 高さ三メートルのボックスだ。幅と奥行きは各一メートル。もし、春奈の考えどおりなら、息ができなくなるまで何時間かかるのだろう? 地味だけど、とても苦しいゲームだ。

 だが、学校側の考えはもっと残酷だった。

「な、なんか、このなか寒い? 冷気がただよってるんだけど」

 愛音の声が聞こえる。防音はされていない。
 緊張した面持ちのまま、じっと立ちつくす愛音と絵梨花の頭上から、雪が降ってくる。最初はフワフワと、だが、バカにならない速度で、どんどん足元にたまっていく。豪雪地帯でも、ここまで急速につもることは、なかなかないだろう。

「ヤダ。何、これ?」
「げぇー。冷たい」

 するどい顔つきでつぶやいたのは、蘇芳だ。

「人工降雪機だ」
「人工降雪機って、スキー場とかで使うやつ?」

 春奈がたずねると、蘇芳はうなずいた。

「マイナス15°以下の大気に水蒸気を噴射して凍らせ、人工的に雪を降らせるんだ。と言っても、あのサイズの降雪機があると思えないから、単に上半分のボックスに、どっかから運んできた雪がつまってるだけかもしれない。プラス、エアコンで、ボックスのなかを冷やしてる」

 ブーンという音はエアコンの作動音なのだ。よく見ると、ボックスの天井の一部に穴があいていて、そこから雪がドサドサ降っている。

「あのままじゃ、愛音が生き埋めになっちゃうよ!」
「あの上のプラスチック部分の大半に雪がつまってるなら、下のボックスはほとんど埋まるな」
「そんな!」

 見ると、絵梨花も足首の上まで雪で埋もれている。だが、身長差があるぶん、愛音のほうが早い。すでにひざまで雪が来ている。

「ちょっと、これ、我慢とかの問題じゃないじゃん! 背高いほうが有利だよ!」

 わめく愛音に、蘇芳が指図する。

「雪をふみかためんだ。足場を作れ。そのあと、ボックスの角キープ。顔の前が完全にふさがれる前に、両腕で覆って空気を確保しろ。なるべく三角のスペースが多くなるように」

 蘇芳が自分で見本を見せている。両腕を組むような形でひじを張り、鼻や口のまわりに空間を作るよう指図した。
 しかし、それにしても雪に埋まっていれば、その冷たさで低体温症になる。

「人間って体温さがりすぎたら、死んじゃうよね?」

 答えたのは鈴だ。
「深部体温が35度以下になったら、シバリングが起こったり、脈拍、呼吸の低下。えーと、血圧もさがる。幻覚が見えたり」

 鈴は医者志望だから、かなりくわしく知っていた。何を思ったか、
「救護室の入室許可してください!」
 レフリーの許可をとると、一人走っていった。

 愛音はすでに青い顔になっている。蘇芳に言われたとおり、壁に対して上半身で覆うようにして、三角形の空間を作ってはいるが、小柄な体が目に見えてふるえているのがわかる。

 絵梨花もふるえながら泣いていた。

「ヤダよ。死にたくないよ。こ、こんなとこで、こんな死にかた、したくないよ」
「ウルサイ! あんた、萌乃にひとことくらい謝ったらどうなの? 死ぬ前にさ」

 愛音が罵ると、絵梨花の泣き声が激しくなった。

「萌乃、ズルイんだもん。あんなに可愛くて、カッコいい彼がいて、わたしの欲しいもの、みんな持ってた。なのに、子どものころから、わたしがアイドルになりたいって知ってたくせに、今日もスカウトされたとか、うっとうしいから無視したとか、自慢するから……」

 一瞬、絵梨花が何を言ってるかわからない。もう幻覚でも見ているのだろうか? 萌乃と絵梨花をくらべれば、誰が見ても絵梨花のほうが美人だ。萌乃もやせていれば、案外、顔立ちは可愛かったかもしれないが。

「萌乃の昔の写真、めっちゃ可愛いもんね! だからって、あんたのソレ、ただの嫉妬だよ? 自分勝手! ワガママ。最低。悲劇のお姫さまきどり!」
「あんたになんか、わたしの気持ちわかんないよ!」

 罵りあう二人の姿が雪のなかに埋もれていく。おたがいにむきあうような形で体の一部だけが見えていた。

 春奈は力なくつぶやく。
「これじゃ……二人とも、死んじゃうよ」

 見ていることしかできない自分が、とても無力だ。
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