第28話

文字数 2,389文字



 苗花と二人でエレベーターよこの細い階段をあがる。位置で言えば、時計塔はエントランスホールの真上。建物の中央にあり、ほかより一段高い。
 そこへ行くには、専用の階段を使うしかなかった。

 まわりに人がいないので、春奈は会話を続けた。

「相手がわかってるのに、なんで粛清しないの?」
「それは……」

 苗花は言いよどむ。
 もしかしたら、ペアにされた理由をみんなに知られたくないからだろうか?

「昼の宝探しゲームで、ハードルの高い友情ってカードがあったんだけど、苗花じゃないよね?」

 苗花は首をふった。
「それ、たぶん、暁だよ。なんかさ。前に、中学のころに親友とインターハイがらみでケンカになったとか話してたから。すごく後悔してるみたいだった。あんな死にかたしたのも、たぶん、そのせい」

 暁は寺門のファーストネームだ。

「やっぱり、そうなんだ。相手はわかるかな?」
「そこまでは」

 話しているうちに、階段が終わった。
 時計塔と言っても、機械の内部が見られるわけじゃない。点検口には鍵がかかっているのだ。
 その上の屋上がドーム屋根の東屋になっていて、階段はそこにつながっている。六カ所の柱のあいだは吹きぬけだ。

 その屋上にほとんどの生徒が集まっている。動けない宇都宮と、ひきこもっている絵梨花以外は全員いた。いや、全員ではない。よく見ると、一人、たりない。

「春奈。来たね」
「鈴。何があったの?」

 不安な気持ちでたずねると、鈴は吹きぬけのむこうを指さす。春奈がのぞきこもうとすると、鈴の手が腕をつかんだ。

「気をつけて。ここ、壁が低いから」

 壁は椅子がわりにするのにほどよい高さになっていて、立つと腰までない。その下は塔のない部分の屋上まで何もさえぎるものがない。距離で言えば十五メートル。落ちたら命とりだ。

 のぞくと、貯水タンクの上に男が一人、あおむけに倒れている。頭部から血が流れていた。海原だ。首が変な方向にまがっているし、どう見ても死んでいる。

 春奈は吐き気をおぼえた。シャワーの水が

がわかったからだ。流れた海原の血が貯水タンクのなかへこぼれおちて……。

「イヤッ!」

 春奈のぬれた髪を見て、鈴は事情を察したようだ。

「わたしの部屋、浴槽にお湯ためてたのが、まだ残ってるから、洗いながそうよ。朝の残りだから、沸かさないと冷たいけど」

 鈴につれられて、階段をおりていく。

 春奈たちが時計塔をおりるころには、貯水タンクのまわりにロボットが来て、遺体を片づけ始めていた。

 春奈たちのあとに、愛音もついてくる。

「ちょっと、アレじゃ、今夜の食事どうなるの?」
「タンクはもう一つある」と言ったのは、さらにうしろからおりてくる蘇芳だ。
「それに、食事は外部からの配達だろうな」
「そっか。飲みものもジュースがあるか」

 春奈はそれどころじゃない。あの水を全身にあびたと思うと、ゾッとする。残り湯でもなんでもいいから、早く洗いながしたい。

「それにしても、海原のやつ、自殺するタイプかな?」

 蘇芳が言うのはもっともだ。春奈もそれは変だと思う。海原が誰かを殺したと言ってもおどろかない。が、自殺するくらいなら、みんなを道づれに暴れまわるくらいはしそうだ。

「あれ、自殺なのかな?」と言ったのは鈴だ。

「あおむけに倒れてたよね。つまり、落ちたとき、東屋の内側をむいてた。それって、なかをむいて石壁にすわってたんだよね? 誰かといっしょだったんじゃない?」
「誰かにつきおとされたってこと?」
「たぶん。本人の性格的にも」
「なんで、そんな……?」

 鈴は首をふる。
 これは殺しあいのゲームだ。しかし、憎むべき相手がいるなら、らくに殺せる方法が用意されている。錠前に鍵を入れてまわすだけ。とくに海原は体格のいい男子だ。つきおとして殺すのは、殺人方法としては比較的容易と言える。それにしても、抵抗されれば自分のほうが反撃にあう可能性だってある。
 犯人の考えがわからない。なんの得にもならない殺人だ。

(みんな、おかしくなってくみたい……)

 春奈は鈴に支えられて、グッタリしながら、二階まで歩いた。お湯を沸かしてもらって頭からその湯をかぶると、やっと少し落ちついた。

「春奈。疲れてるでしょ? ここで休んでていいよ。わたし、昼間のうちにやれることやっとくから」と、鈴は言う。

「どうするの?」
「宇都宮くんのお見舞いしたいって申請出したの。今、救護室にいるらしいから」

 寮のなかには急病人のための救護室があった。エレベーターのよこだ。さっきの時計塔への階段とは逆側。生徒は自由に入れない。ふだんは鍵がかかっている。

「待って。さっき、苗花と話せたんだけど」
「苗花、なんて言ってた?」

 室内には春奈、鈴、愛音、蘇芳の四人だ。このメンバーなら信用できるだろうと、春奈は思った。

「あんたたちじゃないから安心してって。苗花、恨む者だよ」
「恨む者か……」

 鈴の推理で行くと、これでまた春奈たちのメンバーのなかから恨む者であるはずの人が一人、はみだしてしまう。

 一瞬、緊張した面持ちで四人はたがいの顔をうかがった。蘇芳や愛音も違和感をおぼえたのかもしれない。

 すると、蘇芳が言いだした。

「悪い。おれは

なんだ」
「えっ?」

 思わず、しげしげと、そのキレイな顔を見つめる。それだけは絶対にないと信じていたのに。

 蘇芳はどこか悲しげな表情で目を伏せた。

「おれはその人にどんなに謝罪してもしきれない罪を背負ってる。だから、その人になら殺されてもしかたないんだ」
「蘇芳くん……」

 蘇芳はほのかに笑った。

「その人が確実に勝ちあがれるように、最後まで見守りたい。大丈夫。あんたたちじゃない」

 春奈の胸は激しく脈打った。死人の血をあびてしまったショックもいっきにかき消えた。
 蘇芳は自身の死を覚悟している。このゲームが終わったとき、彼は生きていないかもしれない……?
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