第32話
文字数 1,980文字
かなかは決意をかためた声で宣言する。
「摩耶。わたしもあなたをゆるさない。あなたがどんな人でも、わたしを苦しめていい理由にはならないよね? だから、わたし、あなたを粛清する」
摩耶は抵抗するが、男二人に押さえられていては、ふりきれるはずもない。
かなかは摩耶のすぐそばまで歩みより、そこで立ちどまった。
「でも、一つだけ信じてほしい。わたし、ほんとに海原くんを殺してない」
「そんなの信じられるかっての! あんた以外、誰が殺るんだよ?」
「知らないよ。わたし、そんなの思いつきもしなかった。摩耶のことだって、粛清するのためらってた。子どものころからイジメられっ子だったわたしに、あなたはたまにだけど、優しい一面も見せてくれたし……」
春奈たちにはわからない思いが、かなかにはあるのだろう。かなかは続ける。
「おぼえてる? 摩耶。中学のとき、あなたって、いつもはわたしをイジメるくせに、わたしが上級生にからまれてると、必ず助けてくれたよね。そんなときのあなたは、ほんと、カッコよかったよ。だから、友達みたいな気がしてた。でも、ほんとは奴隷だったんだよね? お気に入りのオモチャをほかの人にとられたくなかっただけだよね?」
「……」
摩耶は黙りこむ。
でも、海原の死の件で、摩耶はかなかがやったと思いこんでいる。聞く耳を持っていないと表情からわかる。
さらに、二人の話に聞き入って、ルーカスの力がゆるんでいたようだ。一瞬のすきをついて、摩耶は立ちあがった。ポケットからナイフをとりだす。折りたたみナイフだ。海原の持ちものだろう。
「殺してやるよ!」
押さえようとする蘇芳の腕に、摩耶は切りつけた。蘇芳の手が離れた瞬間、ナイフを両手でにぎりこんで、かなかに突進していく。
春奈たちは叫んだ。
今度こそ、かなかが殺される。
かなかは蒼白になって、ボックスにとびこむ。その手前で摩耶が追いついた。かなかの背中に、ナイフがふりおろされる。あわてて、ルーカスが摩耶の手をつかんだ。わずかに摩耶の体がひきもどされる。
その一瞬の差で、ボックスのドアが内から閉ざされた。ガラス壁の内と外。見つめあうかなかと摩耶のあいだで、オートロックの音が響く。
かなかは両手をガラスドアにあて、摩耶の目をのぞきこんでいる。涙がすべりおちた。春奈から見れば、摩耶はヒドイ人だが、かなか自身には、友情とも恨みともつかない、複雑な感情があるに違いない。
「さよなら。摩耶。わたし、あなたから自由になる」
かなかは制服の下からネックレスをとりだした。小学生が初めて買ったアクセサリーのような、ちょっと子どもっぽいデザインだ。いかにも安物で
ちゃちい
。支給金を全部、摩耶たちにとられていたかなかには私服がないのだ。寮内で制服を着続けているのは、かなかだけである。ネックレスも古いものだろう。
その鎖には鍵が通してあった。ネックレスを見て、摩耶は息をつめた。
「あんた……それ、まだ持ってたんだ?」
かなかは泣きながら微笑む。
「あたりまえだよ。生まれて初めて、友達からもらったバースデープレゼントだもん」
摩耶の目にも涙が浮かんでくる。
「……何それ。ダサイよ。もっとセンスいいの、あげとけばよかったね」
二人の手がガラス越しに重なる。
「警告します。五分経過しました。今すぐ粛清してください。警告します。今すぐ粛清してください」
機械音声にうながされ、かなかは鍵を一つの錠前にさしこむ。ガラスドアにもたれるように、摩耶がくずれおちる。ルーカスと蘇芳が支えたが、二人は春奈たちをふりかえり、首をふった。食堂の床に摩耶をよこたえる。
春奈たちも近づいた。目をひらいたままで虚空を見つめる摩耶の死に顔は、とてもキレイだ。かすかに微笑んでさえいる。
ボックスから出てきたかなかは、摩耶のもとにしゃがむ。両のまぶたをそっと閉じた。
「摩耶。ごめんね。もっと違う解決法があったらよかったのにね……」
かなかは放心している。
これで彼女は勝ちあがりだが、今はそんなこと考えられないようだ。これまですごした摩耶との時間が、かなかには憎みながらも大切なものだったのだ。
「摩耶も……苦しんでたのかも。ほんとは、優しくしたかったのかも」
春奈はもらい泣きしてつぶやいた。
しばらくして、ロボットが摩耶の遺体をとりにきた。みんなで励まして、かなかを立ちあがらせる。ちょうど、そろそろ食事の時間だ。
あれこれとショックが続く。でも、一つ事件が起きるごとに、仲間の団結力は高まっていく気がする。
(あ、そうか。わたし、肝心なこと忘れてた。かなかの相手は摩耶だから、蘇芳くんがペアのわけないんだ。けっきょく、かなかが守りたい人じゃないのか)
もしかしたら、鈴なのかも? 鈴のお父さんにぬれぎぬを着せたという、大学教授の息子とか?
そう思うと、ドキリとする。