第17話

文字数 1,990文字



 朝になった。
 春奈は鈴の部屋で目をさました。毛布を敷いた床に鈴と春奈。ベッドには愛音が寝ている。いや、愛音は目をあけていた。夜中からずっと泣いていたようだ。一人にしておけないから、つれてきたのだが。

「もうすぐ八時だよ。朝礼だって」

 たぶん、昨夜の粛清について連絡があるのではないだろうか。粛清が成功すると、ナイトメアモードに突入したり、朝礼があったり、特別な措置をとられるようだ。

 萌乃を殺したのが誰なのかはわからないが、ほとんど害のない子だった。なぜ、粛清したのか。せめて、萌乃が恨む者だったのか、恨まれる者だったのかだけでも明らかにしてほしい。

 泣きじゃくる愛音を春奈と鈴で両側から手をひいて、食堂までつれていった。いや、じっさいには、エレベーターをおりたところで、三人の足はかたまった。

 たっぷり五分やそこらは立ちつくしていた。そのあいだに上昇し、ふたたび人をのせてエレベーターが戻ってきた。ドア前でかたまる春奈たちの背後から出てきた人物が、かるくぶつかる。

「悪い。人がいると思わなくて」

 学年一の美少年、蘇芳涼夜だ。春奈が硬直したま見あげると、蘇芳も異変に気づいたようだ。顔をあげ、みるみる表情がこわばっていく。

 泣きじゃくっていた愛音は、かえってビックリしたふうで泣きやむ。

「な、何、これ?」
「嘘……でしょ?」

 誰もが自分の目を疑う。
 エントランスホールのまんなかに、異様な光景がある。ここで決して見るとは思っていなかったものだ。まるで、ゴルゴダの丘。キリストが磔刑(たっけい)にされたさまの再現だ。

 昨夜、一つ大きい死神がいたあたりに鉄製の十字架が置かれている。その十字架には宇都宮がはりつけにされていた。両腕の手首が太いボルトでつらぬかれ、十字架の横木部分に固定されている。血がダラダラ流れて床まで赤く染める。

 春奈はその場に棒立ちになった。愛音は虚脱しているし、鈴の手もふるえている。

 走っていったのは、蘇芳だ。十字架のまわりには、ほかにも摩耶たちのグループがそろっているが、みんな呆然と立ちつくしている。それを押しのけて、蘇芳は宇都宮をのぞきこんだ。

「息がある! まだ生きてる」

 むしろ、そのほうが春奈には恐ろしかった。いったい、いつから、はりつけにされていたのかわからないものの、その痛みに何時間も耐えるほうが、死ぬよりツライ気がした。

 春奈たちのあとからやってきた生徒も、みんな、そのようすを見てギョッとする。

「春奈。これ、なんなの? ど、どうしたの?」

 十字架から目をそむけつつ、背中にすがりついてきたのは美憂だ。

「わからない。なんでなのか」

 話していると、そのうち、ロボットがやってきた。宇都宮の腕からボルトをひきぬく。血がふきだしてきた。宇都宮はもともと意識がもうろうとしていたようだが、ギャッと短く悲鳴をもらした。そのまま、ストレッチャーに載せられていく。

「待てよ。宇都宮をどうするんだ? まだ生きてるぞ」

 蘇芳が言うと、機械音声のアナウンスが入る。

「宇都宮くんは昨夜のナイトメアモード中に捕獲されたため、ペナルティを受けました」
「はりつけがペナルティか?」
「処刑人に捕まれば、はりつけにされます」

 処刑人——死神以外にも、そんなものがいるのだ。春奈たちはその姿を見なかったが、これではウカウカ廊下を歩いていられない。

「でも、あの状態じゃ、宇都宮はゲームなんてムリだろ?」
「宇都宮くんはゲームをリタイヤするか、自分の鍵を誰かに託すか選択できます」
「リタイヤすると、どうなるんだ?」
「ゲームの資格を放棄するわけですから、負け判定となり、移植臓器にされます」
「……」

 でも、あの状態ではもう戦えない。

 春奈は絵画が好きなので、たまに美術館に行く。キリストの磔刑についての解説も読んだ。釘を刺す部分が手のひらでは自分の重みを支えきれず、十字架から落ちてしまうらしい。なので、正しくは手首と足首。しかし、どちらも急所ではないから、案外、死にはしない。

 宇都宮の場合、足は地面についていた。ボルトを刺されていたのは手首だけだ。それでも、かなりの血を流していたし、傷がふさがるのに時間がかかる。痛みどめをもらったとしても、起きていられる状態ではないはずだ。骨がくだかれているかもしれないし、神経を傷つけていれば、リハビリなしでは手を動かせない。

 となると、鍵を託すしかないわけだ。成績のいい宇都宮は学級長の井伏と仲がよかった。ほかは寺門。今なら、寺門しか頼める人はいない。

(わたしなら、鈴か。鈴以外には怖くて頼めないな)

 鍵一本に自分の命がかかっているのだ。よほど信頼していないと託せない。
 処刑人に出会わないよう、今後は夜の出歩きをひかえようと思う。

「朝礼が始まります。みなさん、食堂に集まってください」

 アナウンスにうながされ、春奈たちはゾロゾロと食堂に入っていった。
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