第42話
文字数 2,140文字
鈴が椅子を持ってきた。それをふみ台にして、穴のなかへ入る。やはり、点検口だろう。人間がひざをつき、かがみながら歩けるていどの細い通路が続いている。ダクトというのだろうか。
「暗いね」
「ここんなかは照明ないからな。でも、まっすぐだ。迷わないし、前のとき、変なヤツらはここまで追ってこなかった」
紀野の声が先頭から聞こえる。紀野、ルーカス、蘇芳、鈴、春奈が最後尾だ。懐中電灯をつけて、遅れないよう必死でついていく。
「ここまでは? なら、ほかの場所には出るんか?」と、ルーカス。
「校舎内は決まった時間に、処刑人ってのが巡回してるみたいだ」
春奈は処刑人をまだ見てない。しかし、磔にされていた宇都宮のあのようすをかんがみるにつけ、そうとう手ごわい相手だろう。すぐに殺されるわけではないから、死神よりはマシな相手かもしれない。だが、磔にされればリタイアだ。実質的には殺されるのと同義と言っていい。それに、たぶん、すぐに死ぬより苦しい。
それにしても、なんでこんな地下で、校舎と寮がつながっているのだろうか? 最初からゲームを見越して設計されているとしか思えない造りだ。
よく考えたら、捜索願いを出される可能性がない少年少女を集めているのだから、ゲームなんてさせずに、全員、殺してしまえばいい。ただ移植用臓器にするだけなら、そのほうがずっと手っ取り早いし、容易だ。
なぜ、そうしないのだろうか? ほんとに、生徒をトラウマにさせないためなんていう、中途半端な思いやりが存在するのだろうか?
それならいっそ、世界中の金持ちにこれらのようすを生配信してるんだというほうがもっともらしい。
暗闇をひたすら這っていった。やっと、出口が見える。淡い円形の光がぼんやり近づいてきた。
先頭の紀野が細いペンライトを口でくわえながら、ドアをひらく。寮側と同じ丸いドアだ。そこをひらくと、急にピコピコとチャイムのような短い音楽が鳴った。
「たぶん、これが侵入者の警報だ。処刑人が動きだすぞ」
紀野がライトを手に持ちなおして忠告してくる。が、まだナイトメアモードではないようだ。
校舎のなかは静かだ。照明がついていない。こっちはすでに消灯している。校長や、もしかしたら理事長たちも、このゲームをどこかで見ているのかもしれないが、少なくとも地下には誰もいないらしい。
「急ごう。処刑人が来る前に」
走りだす紀野についていく。地下の間取りはわからない。しかし、階段をあがると、見おぼえのある場所に出た。
「ここ、用務員室のそばだね」
「しッ。なるべく足音も立てるなよ」
職員室まではそう遠くない。同じ一階だし、かどを一つまがれば大きな廊下に出て、そのすぐさきだ。非常灯がついているので、真っ暗ではなかった。視界もあるていどきく。
タイルの上にコツコツと自分たちの足音が響く。どこか遠くで、とつぜん大きな音がした。シャッターがひらくような音だった。
「マズイ。来るぞ」
ささやきつつ、それでも紀野はさきへ急ぐ。廊下のむこう、教室へ続く広い階段から足音が響く。誰かが、こっちへ近づいている。ロボットではない。たしかに人間の靴音だ。
「急げ」
紀野が職員室のドアをあける。鍵はかかっていない。室内は暗い。春奈たちが全員、職員室に入りこむかどうかに、足音の響きが変わった。足音のぬしが一階に到達したのだ。床材の違いで響きが小さくなった。
「懐中電灯、消そう」
「そうだね」
紀野や鈴に続き、蘇芳たちも消す。春奈もあわててスイッチを切った。
おそらく、あの足音は処刑人だろう。こっちへ来なければいいのだが。
ドアのガラス部分にフワフワと人魂みたいな光が映る。処刑人が持つ懐中電灯のようだ。近づいてきている。やがて、光がドア前で止まる。
来てほしくない。まだ書類を探してもいないのに。
心臓が激しく脈打つ。鈴に手をひかれて、春奈はデスクの下にもぐりこんだ。教員用の机は大きいので、人間が隠れるのには充分だ。
ドキドキしながら身をひそめていると、ガラリとドアがひらいた。
よこびらきなので、廊下に立つ人物の姿が、デスクの脚のあいだから見える。黒い服を着ている。足元まで黒ずくめだ。足のサイズから言って男だろう。手に何か持っている。床に届きそうな長い柄のさきに大きな四角いものがついている。ハンマーだろうか? 反対の手には鉄の棒だ。非常出口を示す緑色の光に、その棒が不気味に輝いている。
(宇都宮くんを磔にした道具だ。あれが、処刑人……)
冷や汗が流れた。心臓がドキドキする。じっとしているだけで息がつまりそうだ。
緊迫の数分がすぎた。処刑人は春奈たちに気づいているのか、いないのか、そこに立ったまま、まったく身動きしない。
なかに入ってこられたら、おしまいだ。全員見つかって、つかまってしまう。
せっかく、ここまで生きてこられたのに。みんなで生きのびて、大学へ行けるのに。笑いながら青春を
春奈が呼吸をするのも忘れて身をすくめていると、ようやく、処刑人は通りすぎていった。別の巡回場所へまわるようだ。
ホッと息をつき、デスク下から這いだす。
「急ごう。あいつ、また戻ってくるぞ」
紀野に言われ、手わけしてデスクをあさった。