第22話

文字数 2,071文字



 粛清ボックスにかけこむと、紫藤は誰かの錠前に鍵をつっこんだ。思いっきりまわす。

 とつぜんだった。周囲からは、なんの脈絡もなく、とつぜん、紫藤が狂ったようにしか見えない。悲鳴がとびかう。

 だが、きっと本人には確信があったのだろう。思えば、娯楽室で自分の封筒のなかを見た紫藤のようすはおかしかった。あのとき、ペアが誰なのか察しをつけたのだ。近づいていく鈴を見て、急に走りだした。つまり、紫藤は鈴がそうだと思ったのかもしれない。

 そこまで考えるのにほんの数秒しかかからなかった。春奈は鈴が粛清されたのではないかと思い、叫んだ。鈴は紫藤につきとばされたまま床に倒れ、起きあがらない。

「鈴!」

 必死にかけよる。鈴がいなくなったら、春奈は泣くことしかできない。とてもゲームなんてやってられない。
 いや、もしも奇跡的にゲームに勝ったとしても、その後の人生に鈴が存在しないなんてイヤだ。鈴は大切な友達だ。悩みごとを相談できるのも、いっしょに勉強したり、遊んだり、お菓子を食べて笑ったりするのも、みんな、みんな、鈴なのだ。

「鈴!」

 かけよるが、そのときには、鈴は自力で立ちあがっていた。

「わたしは、大丈夫」

 安堵のあまり、腰がぬける。春奈はペタリとすわりこんだ。

「よかった。心配したよ、もう」

 では、紫藤が鍵を入れたのは、鈴の錠前ではなかったのか?

 ボックスをふりかえると、紫藤は倒れていた。舌を出し、白目をむいている。

「大夢!」

 かけよっていったのは、海原だ。摩耶の彼氏のイケメン。ただ、ちょっと

で、ヤンキーっぽい。春奈の苦手なタイプ。

「大夢!」

 ボックスドアをあけると、紫藤をひきずりだす。が、ゴロンと

のようにころがりでる感じから、もう死んでいるのは誰の目にも明らかだ。

「なんでだ。大夢……」

 海原はつぶやくが、原因はわかっている。粛清に失敗したのだ。

「おまえのせいか?」

 海原が鈴をにらむ。春奈はいっしょにいる自分もにらまれた気がして首をすくめる。が、鈴は負けていない。静かな声で答える。

「紫藤くんはわたしをペアだと思ったのかもしれない。でも、わたしじゃなかった。さっき、娯楽室で、紫藤くんは

を羽田くんととりあいになって、そのとき、じゃあ、同時になかを見せあおうとしたらしいんだけど」

 鈴が説明すると、海原もそのあいだは黙った。

「——というわけ。だから、そのカードに紫藤くんがペアを推測できるヒントが書かれてたんだと思う。そのカードを見せてもらえるかな?」

 海原は摩耶を見た。摩耶が首をふる。ただし、それは見せたくないという意味ではなかった。

「紫藤、わたしたちにもそのカード、見せなかったんだ。さっきからようすがおかしくて、カードがどうこう言うから、見せてって頼んだんだけど」

「本人がまだ持ってるかも?」

 海原が探してみたが、紫藤のポケットには入っていなかった。もう処分してしまったあとのようだ。
 そうこうするうちに、ロボットがやってきて、紫藤の遺体を運びだす。

 友達の最期の姿を見送った海原は、またカッとなって、こっちにむかってくる。

「綾川。なんで、紫藤はおまえを疑ったんだ? おかしいだろ?」
「それはわたしに聞かれてもわからないよ。カードを見ないと」

「あ、あの」と、会話に割りこんできたのは、弓本かなかだ。摩耶のグループの一人なのだが、妙に態度がオドオドしている。そういえば、春奈も摩耶とは話すが、かなかとはほとんど会話したことがなかった。ポニーテールという外見の特徴しかわからない。

「綾川さんがこっちに歩いてきたからだと思う。紫藤くん、さっきから、そっちのグループ、気にしてたから。そっちの誰かをペアだと疑ってたんだと……」

 そう言えば、「おまえだな?」とかなんとか口走っていた。
 最悪のタイミングで、ぐうぜんが重なったのだ。それほど、紫藤が冷静さを欠いていたとも言えるのだが。

「わたしはこのカードのことで、そっちの意見が聞きたかっただけ」

 鈴は正義感のカードを出し、近づいてくる海原につきつける。

「これ、井伏くんのカードだと思う。だから、心当たりがあるなら教えてほしかったの。それだけ」

 海原はパンとカードを手ではらった。友達を亡くして怒り狂っている。暴力に訴える気だ。
 鈴は頭がいい。でも女の子だ。力では大柄な海原に対して、なんの対抗力も持っていない。春奈がふるえていると、ルーカスと蘇芳が走ってきた。しょうがなさそうな顔で紀野も。
 三人があいだに入ると、海原は唇をゆがめて去っていった。食堂から出ていく。摩耶が立ちあがり、あとを追う。

 春奈はホッとして力がぬけてしまう。どうなるかと思った。

「鈴。怖かった」
「ごめんね。タイミング悪かったね」
「でも、それは鈴のせいじゃないよ」

 男子が助けてくれたのも嬉しかった。一瞬、恐ろしいデスゲームの最中だと忘れてしまうほどに。彼らのことを知りたい。ルーカスや蘇芳、紀野。愛音や美憂のことも。
 もっと早く、彼らと仲よくなれていれば、今、ここで泣いてはいなかったかもしれない……。
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