第9話 ある女子の観察。見られているなんて知るよしもないでしょ

文字数 1,618文字

"尊い"

それは男性同士の間に芽生えた、友達以上の、禁忌の感情。そして本能と理性の間で揺れ動く、戸惑い。それらに出会ってしまったとき、私は思わず心の中で言ってしまう。「ありがとう!」と。

それが尊い。
つい心の中で拝みながら呟く言葉。

「あの、先輩どうかしたんですか。窓の外ずっと見て…。」
「よしな、ユキ。真紀子は今"ゾーン"に入っているの。ああなった真紀子は誰にも止められないよ!」
「どういうことですか?加奈先輩。」
「昔を思い出すわー。伝説よ、伝説。今、真紀子は作品の世界に潜っているの。去年コンクールに入選したときも…」

私の名前は佐野真紀子(サノマキコ)。外野が何か言っているが、私は決してゾーンなどに入っていません。なんなら私は、あれを見終えたら、作品になんて手を付けず帰るつもり。だって、ホクホクした気持ちを台無しになんてしたくないでしょ?

私は頬杖をついて待っているの。
彼らが来るのを。
とても"尊い"彼らが来るのを!

なんと言っても今日は第二水曜日なんだから!

私は期待に胸を躍らせる。

「ユキ、見なさい。キテルよー。」
「ホントですか!?」

まだ目覚めていない悲しい子羊たち(外野たち)に教えてあげたい。私は物憂げに一つ溜め息を吐く。

「ほら。外見ながらなぜか溜め息吐いてる。」
「ゴクリっ。」

彼らって言うのは、同じクラスの駿君と鳩原先生のこと。彼らは必ず委員会の後、決まって人目につかない学校の裏にやってくるの。彼らはそこで戯れる。

普段人と話す事ない無表情の駿君が。
気怠げで感情のこもってない大人な事しか言わない鳩原先生が。

二人でいる時はとても感情が豊かになるの!
駿君も小学生の頃のように無邪気に笑ったり怒ったり、鳩原先生も悪戯っ子のように笑顔で駿君にちょっかいを出すのよ。

あれはもうね、先生と生徒の関係を超えちゃってる。
跳び箱3段くらいのレベルで軽く超えちゃってるよね。どう言う関係なんだろー。本当は近くで聞いてみたい気もするけどそれは禁止。

はぁー、尊い。
まじ尊い。

「きてるねー、ビンビンきてるねー!」
「この後、真紀子先輩どうなっちゃうんですか?」
「聞いちゃう?」
「はい!知りたいです。」
「それはね…」


今の私はブッダの気持ちも分かりそう。悟りを開かていないあなた達は、とても可哀想な子羊。なんとかしてあげたいけど、自ら目を開かないと、その道は拓けないの。頑張って。

「知りません!」
「えーっ!」
「天才ってのを感じな。」
「どういうことですか?」
「フィーリングよ、フィーリング!」


さあ、そろそろ来る時間。私は時計を見る。顔を上げると…

!!

「来たよ、ユキ!」
「はいっ!」


来たーっ!あのくしゃくしゃ頭と軽いくせ毛は!間違いない!あの二人!駿君!鳩原先生!一ヶ月長かったーっ!ありがとうっ!ありがとうっ!


…あれ?
でも、んっ?なんだかいつもと違うような?
私の目に信じられないモノが飛び込んでくる。

「待って、ユキ!」
「どうしたんですか!?」
「変、なんか変!」
「何がですか?」
「真紀子の表情が!変!」
「どういうことですか!?」
「これは!」
「なんですか!?」

二人の後ろに、一つの人影。あれは…。転校生の葦名さん…?ちょっと待って。どうして、どうして二人の聖域にアナタがいるのよ。おかしい。おかしいでしょ!私は思わず勢いよく立ち上がる。

あの不可侵領域を壊さないで!何かの間違いなら早く出て行って!
お願い!お願いだから、出て行って!

そんな祈りも虚しく、鳩原先生と葦名さんが一緒で、駿君が少し離れてゴミ拾いを始めてしまった。祈りが怒りに変わる。

「ツー…」
「えっ?」
「もう一段あった…。」
「どういうことなんですか!?真紀子先輩、なぜか凄く怖い顔してますよ!」
「あれが最高点じゃなかった。まだ、あったんだ。」
「加奈先輩早く教えてください!」
「ユキ。真紀子は超えちゃったみたい。よく見ておきなさい。あれが…

スーパー真紀子ゾーンⅡ(ツー)よ!」

私は怒りに任せて教室を飛び出した。

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