第8話 放課後には委員会があり、顔馴染みと鉢合わせするのだった

文字数 2,311文字

今更ながらオレの名前は内木駿という。モットーは「何もせず誰にも関わらず」。

オレは今、毎月開かれる放課後の環境委員会が終わったため教室を出ようとしていた。

「駿、逃げようとするなよ。」

オレに背を向けたまま、黒板のチョーク跡を擦り消しているボサボサ頭で髭面の教師が言う。

「葦名さんもちょっといいかな。」

髭の教師は教室後方にいるオレたちに振り返り、微笑みかけてくる。葦名は何故呼び止められたのか戸惑い、説明を求めてオレに目線を寄越す。

オレは迷惑そうに目を細めてため息を吐いてから口をへの字に曲げる。しばらく黙った上で、他人が教室からいなくなったのを確認し、一言だけ言った。

「このオッサン、姉貴の知り合い。」
「なるほど!でも、まだオッサンは早いんじゃ…」
「葦名さんの言う通りだ。これでもまだギリギリ二十代だぞ。」

オッサンはこちらに怒りが1ミリも篭っていない怒った顔を作ってみせ、窓際へと向かい歩きながら言う。そして、窓際に着くなり、一瞬で今言ったことも忘れたかのように薄ら笑顔に戻って、窓の外に乗り出し、両手に着けた黒板消しをバフバフと叩き合わせ出した。チョークの粉がオッサンの周りを風に乗って舞う。

「ウッ!ゲホッ、ゲホッ!
あー、ガハッ。ペッ。粉入った。」

「こういうところがオッサンなんだよ。」
「なるほど。」
「ゴホッ、ゴホッ。余計な事言うな。」

今むせ始めた二十代後半のこの髭面教師は、名を鳩原和史(ハトバラカズシ)と言う。姉貴の中学からの同級生で、小さい頃はよく遊んでもらった。オレの知られたくない過去を沢山知る人物である。今オレが環境委員会に所属しているのも、彼がオレに入るように迫ったことによるところだ。

さて、余談はここまでとして本題に入るか。オレは鳩原を睨みつけて悪態をつく。

「それより、人が居るところで話しかけてくんな。いつも言ってんだろ。」
「さぁ、聞き覚えないな。それより、飲み物ないか?」

オレは涙目の鳩原にわざとらしく掌を開いてみせ、飲み物などないと見せびらかす。そして、そのあとで軽く睨む。

「賭け勝負で負かして、約束させたばかりだろ。」
「おや、そうだったかな?歳とると、どうにも覚えが悪くてな。」
「賭け勝負って?」

葦名が聞いてきたが、無視して鳩原に告げる。

「じゃあ、今覚えろ。人の前で話しかけるな。」
「はいはい、分かった分かった。今、覚えたよ。でも、さっきは人いなかっただろ?」
「いや、いただろ。これ以上からかうと帰るぞ。」

そう言いながらオレは近くの席に腰を下ろした。葦名も隣に座った。鳩原は悪びれることもなく、笑顔を浮かべて言う。

「悪い、悪い。オレの顔に免じて許してくれ。」

悪いとは全く思っていないことが丸分かりのヘラヘラとした返事だ。このオッサンめ。

普通にしゃべるオレが珍しいのか、葦名は興味ありげにこちらを見てウズウズいる。が、無視することにしよう。オレは黒板だけをぼんやりと見続ける。

今日はとても不運な日で、葦名が転校してきて朝から疲れ、しかも毎月第二水曜日は委員会活動の日となっており、すぐに帰る事もできず、帰りのホームルームでは先生から「葦名さんは、内木と一緒の環境委員会に所属ということで。」と話があり、掃除をしてれば葦名の働き蜂に毒針を打ち込まれ、委員会という名目で葦名と放課後も一緒に過ごす事になってしまった。

思いっきり溜め息を吐く。こんな諸事情に晒されれば、誰でも溜め息の一つも吐きたくなるだろうさ。オレは憔悴し切っているのだ。葦名などに構う余裕はない。

何するでもなく、鳩原の黒板を綺麗にする作業をただただ眺めて時間を潰す。鳩原の用件はいつもの事だから分かっている。にも関わらず、暇を持て余した葦名が話しかけてきた。

「ねぇ、あの先生とだと良く話すんだね。」

そう言ってニヤニヤと何か悪巧みをしているような顔をする。厄介なやつだ。オレは、眉間に皺を寄せて、話しかけてくるなオーラを出す。

「あの先生、名前なんて言うの?教科は?」

くっ、コイツ何か余計な事を考えているな。そう、この学校と葦名はグルであり、学校は既に葦名に懐柔されているのだった。正しく孤立無援、四面楚歌。って、よくよく考えれば、この鳩原もこの事業のこと知ってたのか?そう思い至ると、なんとなくイライラしてくる。
オレは鳩原を小突くことにした。グーで鳩原の背中を殴る。

「ははは。痛いな、駿。悪かったよ。」
「裏切り者め。」
「何の事だ?」

オレは小声で答える。
「葦名のことだよ。」

鳩原は一瞬思い当たることもないのか目を見開き黙ったが、またいつもの嘘か本当か分からないような調子に戻る。

「あぁ、そうか。オレも昨日まで知らなかったさ。」
「嘘つけ。」
「ハハッ。か弱き大人をど突くなんて感心しないなぁ。」
「敷地内禁煙のところで隠れて喫煙してる奴に言われたくねぇよ。」
「そうだな。そういえばオレは、碌な奴じゃなかった。それより、駿。」
「ん?」
「これが終わったらいつもの頼むな。」
「分かってるよ。」

「いつもの、って?」

いつの間にか後ろに来ていた葦名がオレに聞いてくる。だけど、黒板と向かい合っていた鳩原が多分勘違いして答えた。

「ゴミ拾いさ。今日の議題にもあったの覚えてるかな?月一の校内美化活動。それで回りきれないところをオレと駿でフォローしてるのさ。」
「そうなんですか!」

葦名は感心して、何か尊いものを見たように目を輝かせている。流石にそれは不憫なのでオレが補足する。

「騙されるな。オッサンと用務員さんの隠れ喫煙場所の清掃。ただの尻拭いだ。」


鳩原の作業が終わるのを待って、オレたちは用具庫に寄ってから、普通の生徒は知らないであろう学校裏へとゴミ拾いに向かった。

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