第7話 馬岡というイケメン、なぜかオレに絡んでくる

文字数 3,637文字

オレと葦名は幼馴染だという。
知らなかった。衝撃だ。

しかし、この関係をオレ以外のクラスメイトは全員が知ってるらしい。

何故って?


葦名が今日の朝のホームルームで発表したからだ。…オレが寝てる間に。

とは言え、実際にはそれほどの驚きもない。何故ならそれは設定だから。オレと葦名が親しげに話していたとしても怪しまれないためらしい。

葦名母とオレ母は学生の頃から仲良しで昔からよく会っていたため、オレと葦名は小さい頃からよく会っていた。そして、近頃葦名母の海外出張が決まり、近くに信頼出来る大人がいないと不安だということで、葦名はウチの近くに住むことになった。
というのがメインのストーリーだ。

当初、オレとしてはそれに付き合う義理もないかと思ったが、葦名が話しかけてくる以上、その設定に乗っかっておいた方がいいと思い直した。
葦名が"青春応援担当"だとクラスメイトにバレたら恥ずかしすぎて…。オレは思わず唾を飲む。

オレは真綿で絞められるように、意外と自分が追い詰められていることに今更気付いた。
適当にスペインの闘牛士のように葦名をいなし続ければいいかくらいに思っていたが、意外と立ち回りが難しい。

オレは"陰キャラ過ぎて国に友達作りを支援されている"という爆弾が仕掛けられているのだ。下手を打つと自分の首が飛ぶ。これが外堀を埋められるというやつか…。なかなかやりおるな、葦名征夷大将軍め。

などと、筆談でお互いを傷付けない程度に煽り煽られしているうちに、そんな事態を知ることとなったのだった。


そして、放課後。
机を後ろに下げた教室で、オレは柄の長い箒を使ってまずは教室前方の掃除をしている。

今日は葦名がクラスメイトに引っ張りだこだったこともあって、その後は特筆すべきこともないような落ち着いた日をオレは過ごすことができた。

良かった。
朝はどうなるかと思ったが、なんとかなったなと思いながら、床の張り目に沿って箒を教室後方へと流していく。

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僕は馬岡雄馬(マオカユウマ)。所謂イケメンだ。
それ故に今まで彼女が絶えたこともなく、いつもいつの間にか他人に囲まれていて、友達を自分で作った事がない。

でも、そんな生活に少し疲れて来た高校二年生の春。
進級に伴うクラス替えにどよめき立つクラスで、どこか静かな生活を望み浮かない気持ちで作り笑いをする僕は、奇妙な人間を目にすることになった。

皆んなが仲間外れにならないように、元クラスメイトと連みながら必死で新たな関係を築こうとしている中で、彼はただ椅子に座り、窓の外をぼんやり見ていた。

周りの奴に聞いてみたら、彼は人嫌いで有名で去年もずっと一人で過ごしていたという。

僕はうんざりしながらも仲間外れが怖くて、机の上に腰掛けながら有象無象に囲まれている。彼は一人。彼がスポットライトで照らし出される。

僕は初めて他人に憧れた。

彼と友達になりたくて機会を窺ってみたけれど、友達を自分で作ろうとしたことがない上に、彼が隙を見せることもなくて、とうとう話しかける事が出来ないまま一ヶ月以上過ぎてしまった。

でも、今日。彼と幼馴染だという転校生がやって来たから勇気を出して…

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「やぁ、やっと起きたんだね。」

掃除をしていると、誰かが声をかけて来た。
オレは床の張り目から視線を上げてその人物を確認する。げっ、コイツはさっきの休み時間の…。

「さっき休み時間にも声掛けたんだけどさ。寝てたみたいだったから。」

そう、はぐれた働き蜂のイケメン真中?だっけ。真中は少しパーマのかかった明るい髪の毛をクルクルいじりながら、こちらへ歩いて来た。

オレはポーカーフェイスを崩さぬまま、内心苦虫を何十匹と噛み潰したような気持ちで、何の用だよ!と思いながらも圧し黙る。
真中は黙るオレを見て、ハッと何かに気付いたようで、作り笑顔で頭を少し掻きながら申し訳なさそうに続ける。

「あっ、ごめん。僕は馬岡。馬岡雄馬。少し話をしたくて…。」

真中じゃなく馬岡だった。こりゃ、失敬。
オレは変わらず黙秘を続ける。

「葦名さんのことなんだけど…」
返答の気配が全くないので、不安ながらも作り笑顔で恐る恐る言葉を続けていく。

「内木君は葦名さんと幼馴染みたいだけど、仲が良いの?」

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"まずは共通の話題から少しずつ話を広げよう。"
それが昨日インターネットで学んだ友達作りの第一歩だ。僕は緊張しながらも忠実に、初めての友達作り作戦を実行しようとしていた。

(大丈夫…!
大丈夫さ、きっと。あれだけイイネが付いていたんだから。)

そうやって僕は精一杯自分を励まして、気持ちを落ち着かせるように努力する。

(勇気を出して、人嫌いだという彼に話しかけてみたけれど、自分から友達になるために話しかけるのはなんと緊張することなんだろう!
友達を作ろうとする人はなんて凄い人なんだ!)

普段僕自身が話しかけることなんてなかったから、当たり前のことにとても胸が熱くなる。

そんな感慨に耽りながら、待てど暮らせど、内木君からの返答がない。いや、会話はコミュニケーション!焦らず待つんだ僕!緊張から心臓の鼓動だけが段々と早くなっていってしまう。

ドクンドクン

内木君…
な、何故黙っているの…?

ドクドク

ねぇ、内木君?

ドッドッドッ

内木君!

ドドドドドドドド

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この馬岡とかいう野郎、どういう魂胆だ?

オレは睨み付けるように馬岡を上から下まで舐め回すように観察する。何故今の時期に声をかけて来たのか?葦名の差金か?思考を巡らす。

青春応援担当という爆弾が仕掛けられている以上、慎重に考えざるを得ない。バレても負け。友達を作られても負け。隙を見せるわけにはいかないのだ。

観察すると、馬岡の身体は強張り、少し赤面しているようにも見える。焦り、それを隠そうとする仕草。何か魂胆があることは間違いない。
いやはや、それが分かったところで、しかし一体どうする?別室を掃除する妖怪トモダチヅクリが戻って来るまでに、爆弾に繋がるこの赤い線か緑の線を切らねばならないのだ。さもなくば妖怪トモダチヅクリに見つかり爆発する。

と色々考えてみても、まぁ、結論は最初から見えていた。

ヒントは、

普段遊んでそうな
女好きそうな
明るい髪の
パーマのかかった
垂れ目のイケメン。

これだけで満貫というとこだが、
極め付けに葦名のことを聞いてきた。

これで役満だろう。
この推測で間違いあるまい。

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「好きなのか?」
「えっ?」

内木君が遂に喋った!!と僕は歓喜する。と同時に疑問に思う。

(どういう意味なの、その質問は!)

全力で聞きたいと思うものの、なんとか思い留まり、混乱して上手く働かない頭の中で考えてみる。

(もしかして、僕が内木君に憧れてることバレたのだろうか!でも、そしたら、「好きなのか」じゃなくて、「憧れてるのか」になるかな?)

(いやいや、もしかして「(オレのこと)好きなのか」ってこと?僕から友達になりたいオーラ出過ぎてたかな!?うわっ、どうしよ、恥ずっ!)

思わず赤面して、目が右へ左へ高速で泳いでしまう。答えがまとまらずモジモジしていたら、間を置いて内木君が言った。

「葦名のこと。」
「えっ」

「好きなんだろ。」
「はぇ!?」

(どうしよう!とんでもない勘違いをしている…!)

僕は喉が鳴るほど息を呑む。
内木君がどうやらとんでもない勘違いをしているらしいことに気付き、僕は冷や汗をかきながら、急いで最も良い返答を探す。さっきよりも数段回答が難しくなってしまった…!

(僕は別に葦名さん好きじゃない!
いや、葦名さんを嫌いでもないけど、今日一日、話のタネとしか思ってなかったよ!)

(それを素直に言っちゃおうか?)
(いやいや、内木君、自信満々な顔しているよー!言えない。とてもじゃないけど言えない!)
(あぁ、いやいや!それより早く答えないと!)
(なんて答えよう!?そうだ、インターネットの友達作りの講座!そこでは確か…)

"友達作りの第一歩は、否定せず、肯定すること!"

僕はキツく目を瞑り深呼吸をしてから、覚悟を決めてカッと目をかき開く。

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「そうだよ!」

やはりそういうことか。オレは辟易として、長いため息をわざとらしく吐く。

そういうことは当事者同士で解決してくれ。人任せで上手くやろうなんて虫が良すぎるんだよ!大体男なら、覚悟を決めて自分の力で道を切り拓け!なんてな、オレも昔はそ…

刹那に中学生の自分がフラッシュバックする。

友達に彼女のことを聞く中学生の自分。
心を浮き立たせて友達と盛り上がっていた。

まずい。

百鬼夜行が向こうからやってくる。

オレは目を閉じて昨日読んだ小説を思い返す。

あの物語のテーマは…
あの主人公は…
あの…
あの…

「中学生のお前はよぉ…」
百鬼夜行の行列から声がする。
オレは目を閉じて、馬岡への怒りを圧し殺しながら、告げる。

「そうか。なら、教えてやる。」
「オレはアイツのこと何も知らない。」
「えっ」

「だから、二度と話しかけてくれるな。」


馬岡は家のお風呂で今日の失敗に頭を抱えた。
「どうしてそうなった…。」
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