第16話 全く話を聞かない母に翻弄されるオレたち少年少女

文字数 3,129文字

「いや、違うっ!」
「違うんです!」

オレと葦名は同時に叫ぶ。そして、お互いの声にびっくりして、お互いの顔を見合わせた後、その位置関係を認識して、顔を更に赤くして慌てて離れた。

「ほら〜、息ぴったりじゃないの。隠さなくても良いわよ〜。もう見ちゃったんだから!」

母はエロ親父が水着の女子を見ている時のような顔で、口を手で隠すように覆いながら、にまついている。母の足元には、スーパーの袋が置かれている。というより、落ちている。卵のパックが透けているから、今日の夜は大量の卵焼きか。

「落ち着けよ。誤解だ。母ちゃ…」「分かる!分かってるわよ、駿。恥ずかしいのでしょ。アンタ、私に彼女見せるの初めてだもんね。私も初めて親に見られた時は恥ずかしかったもの。それに、ふふふっ、ちょーっとオイタしようとしてたところだものね。ふふっ、余計に恥ずかしいわよね。」

「おかあさん、誤解で…」「葦名さんもそんな気にしなくて良いのよ!若い時分だもの。燃え盛るときもあるわ!」

「ちが…」「いいの、いいの!それ以上は野暮ってもんよね。私ったらいけないわ。つい首突っ込んじゃうのよ。あの、舌の長い動物みたいに。あら、やだ。名前思い出せないわ。ほら、あのなんか土に鼻をクンクンさせるやつ。駿!」

「ぞぅ…」「違うわよ!もう、ホントアンタは鈍いわね。そんなんだからモテないのよ。」

「アリク…」「そんなのどうだっていいのよ、もう。余計なこと言ってないで、お茶出しなさい、葦名さんに。」

「出し…」「あらやだ。アンタ!それ冷茶でしょ!おバカ!女の子のお客さんにはまだ、温かいものだしなさい!まだ春でしょ!アンタたち男と違って女の子は繊細なんだから!もうホントそういう気の利かないところお父さんにそっくり!ビックリしちゃう。どうして悪いところばっかり似るのかしらね。私に似てるところなんて、そのプリティーな顔くらいなものよー。私もこのプリティーさで、昔は火遊びをたくさんしたものだけど、駿は最近めっきりだったようだから、少し不安だったのよー。葦名さんはどう?」

「えっ…」「あら、そうなの。お姉ちゃんはさっぱり色恋沙汰に興味なかったからあれだけど。鳩ちゃんも居たしね。葦名さんモテるでしょう。だって可愛いもの。なんというか赤ちゃんみたいよね。」

私まだ答えてないけどという困った顔で葦名がこちらを見る。オレはとりあえず頷いた。最早こうなった母を止める術はない。

「駿は中学の頃はどうも彼女居たみたいでね、教えてはくれないんだけど、この子結構お調子者だから分かりやすいのよ。葦名さんほどプリティーではないと思うけどね。私、葦名さんの顔見た時、ピンッと来たのよ。駿のタイプだなぁって。駿はあの、なんて言ったけ?あ、あ、尼崎だっけ?」
「余計なこ…」「荒垣?なんて言ったかしら。あのチョコのCMの。あの子が好きなのよ。あら、言っちゃダメだった?いいじゃないの、そんな事くらい。そんなんだからお母さんほどモテないのよ。勿体ないわよ、青春なんて少ししかないんだから。ところで葦名さん。」

「は…」「近くに最近コッペパン屋が出来たみたいでね、行った?今度一緒にどうかしら。ご飯ちゃんと食べてるの?今日ウチで食べて行きなさいね。今日カレーにするからたくさん食べていってね。」

「い…」「ああ、それよりまずお茶よね。ちょっとまっててね。頂き物なんだけど、とても良い紅茶があるのよー。駿たちにはもったいないから隠しておいたの!紅茶好きかしら?」

「は…」「そう、良かった。じゃあ、今入れるわね。」

「あり…」「ああ、それより座ってて、葦名さん。ダイニングテーブルの奥の席に座ってたら?お菓子も手に取れる位置にあるから、それ食べて待っててちょうだい。紅茶とかお腹減っているときに、いきなり胃に入れると体に悪いらしいのよ。胃酸が出ちゃうんだって。胃腸の不調は肌に出るみたいだからね。あらやだ、胃腸の不調ってダジャレみたいね。あははは。」

そう言いながら、葦名の肩に手をかけて、「ほらほら、遠慮しないの!」と言いながら、困惑する葦名を自分が指定した席に着かせる。そして、自分はスーパーの袋を回収してキッチンは向かった。

「あらやだ!卵割れてるじゃないのー!ちょっと駿ー!今日何食べたいー!?あっ、カレーだった!どうしよう、この卵。駿!なんか良いアイデアないの!?」

「ちゃわ…」「却下!卵割れてるって言ってるでしょ!人の話聞きなさいよ、もう〜。ホントマイペースね、アンタたち姉弟は。お父さんそっくり!」

オレと葦名は、ダイニングテーブルの対角線上にあるそれぞれの困ったような怒ったような顔を見合わせる。

「茶碗蒸しに割れているかって関係あるか?」
「関係ないと思う。でも、カレーと合わないでしょ。」
「確かにな。食い合わせとか気にするタイプか?」
「うん。」
「なら、オムカレーは?」
「ねぇ、ちょっと。」
「なんだよ。」

葦名が少し怒った顔で見つめてくる。

「どうすればいいの。おかあさん、ずっと喋ってるよ。誤解だって全然伝えられないよ。パワフルで参考になるところはあるけれど。」

母はオレたちがこんな耳打ちをしている間も、ずっと一人で喋っているのだ。葦名が何の参考にするつもりか気になるところだが、今はそれは隅に置いておこう。

「喋りが終わることはない。いつもより多少テンション高めだが、家で母の声がしないことはない。」
「嘘でしょ!?」
「嘘なら良かったけどな。夜中のトイレからですら声がするからな。二つの意味でホラーだ。」
「うそ?前会ったときは私の話聞いてくれたけど。」
「どこで話した?」
「学校だよ。」
「他に誰か居ただろ。」
「先生がいた。」
「結論から言うとたまたま運が良かっただけだ。先生という存在が唯一の天敵で、緊張するらしい。三者面談なんか手と足が一緒に出てくるくらいに緊張してたからな。」
「天敵居るんだ…。見た感じ、相手問わず常に仲良く出来そうだけど。どうして?」
「知る訳ないだろ。」
「ええ〜、それじゃあ対策の立てようがないよお。どうにかこちらから話の流れ作れないかな?」
「こちらが話の主導権を握ることは諦めた方がいい。母の事は、ブレーキの壊れた暴走列車と思うしかないんだ。」
「ひどい言い様ね。」
「でも、最適だ。それも石炭を熱源とした蒸気機関ではなく、電動モーター式のな。蒸気機関なら燃料切れを起こすこともあるだろうが、母は燃料が尽きることがないんだ。」
「それはなんとなく…、分かるかも。」
「それに、無秩序に聞こえる話にも、実は母が話したいネタを経由しながら展開しているらしいことが、最近の研究で分かってきた。今度科学誌に投稿するつもりなんだが。」
「ちょっと。ふざけないで。」
「すまん。つまり、自分の決めた線路の上を走るだけで、帆船のように風を受けて自由に方向が変わることはない。何故ならそもそも他人の話を聞いてないからな。他人の話でブレることはないんだ。」
「そんな…。じゃあ、どうするの?」
「奇跡的に今日だけ話せる余地がないかと、いくつかジャブを打って今日のコンディションを測ってみたが、やはりどうしようもない。誤解する状況を見られた段階で詰んでたんだ。」
「ちょっとしっかりしてよ!頼りになるの、ウッチーしか居ないんだよ!」
「だから考えてる。」
「うう、どうしよう。」

「一つだけ、ないこともない。」
「えっ!?本当?なになに?」

「あそこに姉の土産があるだろ?」
「うん、うん。」
「あの中には呪具もある。さっきの骨人形みたいな奴とかな。」
「ちょっと思い出させないでよ。」
「その一つに。」
「待って。嫌な予感がする。」




「人の記憶を消すハリセンがある。」
「猫型ロボットみたいな話ね。」
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