第4話 葦名という存在の分析と対策を練ろうとするも

文字数 2,131文字

「なんでだよ!」

思わずオレはM-1の決勝戦並みの気合を入れて叫ぶ、脳内で。

「私は、自分の仕事に手は抜かないの!」
「だから、そんな不正みたいなことしたくない!」

葦名は頬を赤くして、眉毛を吊り上げて睨みつけてくる。

(くっ、面倒な奴…っ。)

なんと返すかも重要だが、オレは一度携帯電話で時間を確認する。まずい、そろそろ時間だ。クラスで最初のやつが来る。こんな状況見られたくない。オレは落ち着くために目を瞑り、深く考える。葦名は何かギャーギャー言っていたが、それは聞き流した。
そして、オレはやれやれという表情をして、一呼吸入れる。

「分かったよ。」
「え?本当?」
「本当…だ。アンタの友達作りに協力する。いや、オレのか。」
「やったー!」
「ただ、心の準備が必要だし、転校生といきなり話しているのを見られて反感を買ったりしたくないんだ。今までクラスメイトを無視してきた分、時間をかけて少しずつ仲良くなるしかないと思う。」
「なるほどねー!それは一理あるね。オッケーだよ。」
「だから、クラスメイトが来る前に、そこの席どけてくれないか?」
「あっ、ごめんごめん!そうだね。分かってくれればいいんだよ。へへへっ。」

そう言って葦名は嬉しそうに席から立ち、英国紳士が女性に席を譲るかのように丁寧にオレに席を譲ってくれた。オレはやっと自分の席に座ることが出来た。

「でも、良かったぁ。突然完了報告しようって言い出したときはどうしようかと思っちゃった。今までにそんな人居なかったからさー。」

そう言って葦名は口元に手を当てて軽く笑う。オレは席に完全に落ち着いたその刹那、亀の子ガードを決めた。

「!?」

葦名は狐につままれたように驚いているようだった。勝った。葦名、隙を見せたな!そして、オレは小声で告げる。

「協力するわけないだろ、バーカ。」
「えぇーっ!」

葦名の叫び声が教室に響き渡った。それからすぐに廊下に足音がし始め、葦名は動揺してかワタワタしながらも恨めしそうにオレを横目に見ながらむざむざと教室を去った。足音は別のクラスに入っていって、最初のクラスメイトが来たのはその2〜3分後だった。

葦名は意外と馬鹿かもしれない。上手くやればすぐ追い出せるんじゃないか?オレは、面倒ごとに巻き込まれながらも、多少の達成感を噛み締めながら寝たフリを続けた。いつもはこの時間に寝るのに、今日は興奮のせいか眠れなかった。


時は過ぎて、朝のホームルーム。

「東京から転校してきました。葦名愛美と申します。東京以外に住むのは初めてで、ご迷惑をお掛けするかもしれませんがよろしくお願いします。」

葦名の声は、清流のように透き通り、春の晴れ渡る青空のように暖かな高揚をもたらしてくれる。淀みなく流れるその声は、目を閉じて聴くと、朝のラジオのように穏やかで耳触りが良い。オレには見せなかったおしとやかなその振舞いもクラスの心を掴んでいるように思えた。

しかし、ここにいる誰も知らない。この子が頭おかしいことを。そして、頑固で融通が利かないことを。

今、葦名は転校生としていつもより早く始まった朝のホームルームの時間に教師に促されて自己紹介をしていた。オレはいつものように頭を突っ伏して、この時間をやり過ごそうとしている。

(ふむ、なかなかいい声をしている。)

葦名の声はラジオのMCとかプロみたいだった。抑揚と言うのだろうか。それが弱くて、とても聞き心地がいい。朝はそれどころじゃなくて、気付かなかったけど。しかし、それ故にオレにとっては危険でもある。

オレは昔ラジオのMCに恋をした事がある。失礼な話だが、実際にその女性を見たときに失恋してしまったのだけれど。そんな失恋から学んだことだが、良い声というのは何倍も人を良く魅せる力がある。実際顔が良くなくても声優はモテるとも聞くし、声はとても危険な力をもつのだ。

きっと朝のように混乱したままであれば、この美声に気付かず、自然と恋していたかもしれない。想像の中の自分が冷や汗を拭い、唾を飲む。
これからオレは、そんな危険な女子と殺り合わねばならない。まるでノルマンディー上陸作戦だ。「何もせず何人にも関わらず!」と叫びながら軍服と銃を提げたオレが、葦名が降らせる弾丸の雨の中駆け抜ける。

そんなことより、まずは作戦を立てよう。どうしようかな…。

なんて考えているうちに、葦名の挨拶の途中でいつの間にかオレは眠ってしまった。

夢を見た。
葦名怪獣が地球の平和を破壊すべく暴れ回っていて、変身した巨大なオレが戦いに臨むのだった。街のビル群には小さなオレが沢山いて、平和を求めて巨大なオレを応援していた。

周りの物音で意識が少しずつ戻ってくる。オレは寝たフリの姿勢を解かぬまま密かに欠伸をした。目は閉じたままのため目頭に涙が溜まる。

あぁ、夢か。いやー、残念だ。葦名怪獣を追い出せたと思ったのに。いやいや。というか、もしかしたら、朝の出来事すら夢かもしれない。

…いや、そうであってほしい。一時間目の終わりを告げる鐘が鳴り終わる。腕枕に頭を乗せたまま、緩やかに目を開ける。

「おはよう。」

周りにバレないように、オレにすら聞こえないくらい小さく、隣の席から声がかけられる。隣の席に座る葦名が同じ体勢で、呆れながら見ていた。
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