第5話 葦名のちょっとした仕草で簡単に良いやつと思っちゃう容易いオレ

文字数 1,134文字

オレはオーバーヒートした。
いつの間にか隣の席に美少女が居た。しかも起き抜けの不意を突いておはようと言われてしまった。

これはいけない。
これはノーガードに打ち込まれた右ストレート。オレは矢吹ジョーばりの耐久力もなければ、クロスカウンターなんて代物ももってないんだ。オレの頭は咄嗟の出来事にポンっと音を立てて、思考する事をやめてしまった。頭から煙が立ち登る。

「なんで隣にアンタがいるんだ!」

そう言いたいところだが、ここはクラスのど真ん中。オレは「何もせず何人にも関わらず」を貫き、クラスでは空気として生きてきたから、声を出す訳にはいかない。口だけパクパクしていると、葦名が少し笑った。

休み時間となった今、そんなオレを他所にクラスメイトがまばらに動き始め、教室が騒がしくなる。いつしか葦名の周りには蜜蜂の巣を思わせるほど人だかりができ、転校生恒例の質問大会が始まっていた。

やれ、前の学校の話だの、趣味はなんだの、そんなつまらない質問が一通り繰り広げられた。葦名はそれらを上手いこと捌き、クラスメイトとの距離を詰めていく。

一方、蜂の巣が出来上がる前になんとか正気を取り戻したオレは、ギリギリのタイミングで寝たフリを間に合わせ、蜜蜂の群れに飲まれる頃には空気と化していた。

しかしそのせいで、はしゃぎ、オレ面白い人ですよアピールをする男どもに時々ぶつかられた。

(殺すぞ。)
と、思いながらも特に何も表さずに寝たフリを続ける。しかしながら、知らない人に囲まれるのはとても息苦しいものだ。牧師姿のオレが磔にされた痩せこけたオレに涙ながらに、はやく居なくなれと祈っていた。

祈りが通じたのか、葦名はそんなオレを察してくれ、記者会見の場を移してくれた。行列を引き連れる様はやっぱり女王蜂のようだ。

「ねぇ、君は葦名さんと仲良いの?」

急に前の席から声がする。思わず心臓が飛び出かかる。はぐれた働き蜂が一匹、オレの防護服の中に入ってしまっています!女王蜂様、しっかりしてください!オレは内心慌てふためきながらも、とりあえず今は寝たフリをしているのでそのまま無視した。さぁ、どうか自分の巣にお戻りなさい!

空白の時間が流れる。心臓の鼓動が耳まで届くような緊張した時間だった。

「ふーん、寝てるのかな。」

そう言って椅子の足が床に擦れる音がして、彼はまた群れに戻っていった。声色からして、彼は確かクラス一のイケメンの真中?だったかな。名前覚えてないや。まぁ、どうでもいい。二度と関わる事はあるまい。

なんて思っていると、チャイムが鳴って葦名は戻ってきた。戻り際に目が合うと葦名は優しく微笑んで小声でごめんと謝った。

意外と良いところもあるじゃないか。この休み時間でマイナスになったオレの中の葦名評価がゼロになった。
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