第12話 我が家への来訪者現わる!そして突きつけられる理不尽な要求!

文字数 3,303文字

ガチャリと鍵を鳴らし、オレは安心安全の百年住宅である、父が老後も働き続ける事が約束された我が家に入る。薄暗く赤みを帯始めた玄関に、落とすかのように鞄をぼとりと置き、誰も居ないリビングの戸を開くなり、ソファに倒れ込むようにダイブした。そしてそのまま、巨大なスライムかの如く、ソファと一体化するように溶け出す。

た、大変だった。今日一日で数年分の疲労が一気にやって来た感じだ。一体何だったと言うのだ、今日の出来事は。未だに脳味噌が疲弊し過ぎて、目を閉じていても世界がグルグル回っているような浮遊感というか、夢心地のような感覚がある。いや、夢心地というようなポジティブなものじゃないが。

葦名、馬岡、鳩原、委員長…。
まるで怪獣大戦争だ。今日は風呂上がったら速攻で寝よう。もうすぐ母が帰ってくるはずだ。そしたら、すぐ飯作るようにお願いしてさ。

しかし、本当今日は色々な事があった。二度とこんな目には遭いたくない。もう一刻も早く穏やかな気持ちで過ごせるようになりたい。そう祈らずには居られない。きっと、こんなに強く平和を願っているのなんてオレとガンジーぐらいなもんだ。

そんな事を祈りながらも、刺激の強い今日の出来事が何度も何度も、動画投稿サイトのリピート再生みたいに繰り返された。その最中ふと気になる場面があって、オレはこのポンコツ脳みそのリピート再生を停止して、濡れた布団よりも重い体をして起き上がる。

昔お昼の顔だった有名芸人のサングラスよりも黒いテレビラックのガラス戸を開いて、そこに白雪姫のように眠るDVD BOXを取り出した。タイトルはそう、『煎餅は嫌いです。』。BOXの側面には、主演した子役たちと父親が、クレヨンで幼児が描いたような背景の中で楽しそうに歌っているキービジュアルと、タイトルを連ねた目次があった。そこから、第一巻を取り出して、DVDをプレイヤーにセットした。リモコンを何度か操作すると、テレビには少し荒くて古い感じのする映像が流れ始めて、主題歌が流れ出した。

『煎餅は嫌いです。』は、オレが小学生のときに流行ったドラマで、子役たちが歌う主題歌が一世を風靡してたらしい。このDVDBOXもオレがサンタに頼んだらしいが、そのときのことは憶えていない。では、何故知っているか。悔しいことに、鳩原にからかわれるからだ。そのため、知らないのに知っているという訳わからんことになっている。

しかし、自慢じゃないが、内容は結構覚えているのだ。最近で言えば、オレは中三の春休みというか、卒業後の暇な時に観たからね。といっても葦名のように熱烈に好きってわけじゃない。我が家の家人どもはあまりテレビを観る習慣がなく、父は新聞ばかり見てて、姉はいつも壁に貼られた世界地図でダーツして怒られ続けていたし、母は自分の話しに夢中だった。そのため、テレビを集中して見ないからドラマなんかのDVDが驚くほどない。夕方の主婦向けのテレビがつまらない時間帯にテレビでボーッと暇を潰すならこれか、父親が何と間違えたのか知らないが、「間違えて買ってきた。」と茹で蛸のように顔を赤くして怒りながら言い張る『タイガーvsシャーク』というとんでもなくつまらない映画を流すしかない。ちなみに、『タイガーvsシャーク』は家族で見ることになったけれど、開始5分で姉と母が猛烈に父にダメ出しを始め、父は怒って自室へ行き、姉と母は風呂やキッチンに行ったから、ちゃんと内容を知る者はオレしかいない。その上、誰も買わないせいで、今ではプレミアがつき始めたくらいにクソ映画だ。だからまぁ、見ることはない。ということで、オレは暇になると『煎餅は嫌いです。』を見るのだった。


などと自分自身に言い訳をしている間に、主題歌がサビに突入した。と同時に、インターホンが鳴った。ピンポーン。

「やれやれ…。宗教の勧誘だったら許さんぞ。」

重力が5倍の部屋で過ごしているかのようにゆっくりとした動作で立ち上がり、インターホンの応答ボタンを押して欠伸をする。

「ふぁ〜い。何ですか。」

画面に映っていたのは、制服を着た満面の笑みの美少女だった。オレは一瞬で青ざめて、顎が床に着きそうなくらい口を開く。

《葦名でーす。内木君ですか?》

オレは一歩後退り、黙り込む。な、な、なんでコイツが!?葦名は小学生が友達ん家に遊びに来た時のようなイントネーションで言う。

《入ーれーてー》

オレは、ジェイソンやフレディーなどのホラー映画の幽霊たちがやって来たかのような心待ちになって、最早葦名の笑顔にサイコパスが笑っているかのような恐怖を感じてしまう。やばい。どうしよう。

「あ"あ"い?あんた、誰だい?ワシャ、セールスお断りじゃ。」
《どなたですか?》
「金木じゃ。」
《表札には、内木とありましたけど…。》
「祖父じゃ。」
《ふふっ。お爺さん、今日公民館で体操の日でしょ。最初と喋り方変えてるし、バレてるよー。》

なんてことだ、バレてた!それに、コイツ分かってて泳がせやがったな!悔しい!って、何でジジイのルーティーンを知っている!そもそも何故家を知っている!?

「どうやって来た。」
《スマホ!》

そう言うなり、ジャーンとスマホをインターホンの画面いっぱいに近付ける。
「住所は。」
《契約書!》

今度は何かの書類をカバンから引っ張り出して見せて来た。なるほど。辿り着けた理由は分かった。って、ん?

「お前、道分かんないんじゃなかったのか。」
《えへ。》

そう言って葦名は頭を掻く。コイツやりやがった…。

「嵌めたな。」
《ごめん!素直に言ったら連れてってくれなそうだったから…。それに、なんか駅で別れるムードになっちゃったし…》

オレは項垂れてわざと大きく溜め息を吐く。

「はぁ。」
《へへっ、ごめんて。》
「で、用を言え。」
《はい、今日おかあさんと会う約束してるので来ました!》
「残念。不在。だから、帰れ。」
《そっか!まだ約束の時間になってないからねぇー。と言うことで、お家で待たせて!》
「やだ。どっかで暇潰してこいよ。」
《えー、そんな!一緒に待とうよ!》
「やだ。じゃ、切るぞ。」
《ちょっと待った!いいの?いいの!?佐野さんとのこと、おかあさんに言うよ!?》

委員長?待て、待て。オレは、カメラにストップとでも言いたげに慌てながら両手で制止しているポーズを取る葦名が映った、インターホンのカメラの切るためのボタンを押し込もうとしている指を止める。念のため聞いておくか。

「なんのことだ。」
《ふふっ、駅でのことー。若い二人だもん、感情のまま熱くギューってしたくなるときもあるよね。ニヤニヤしちゃった。》

な、な、何と言うことか!コイツ見てたのか!まるで時限爆弾を解除しなきゃいけないハリウッド映画の主人公みたいに、冷や汗がブワッと噴き出した。

「それはやめろ。」
《えへへ、ならば二択です。》
「なんだ。」
《私と一緒に待つか〜、私がおかあさんに言うかです!!》

オレは十数秒考える。母は知っての通り、口がヘリウムよりも軽く、そして同じ話をマシンガンのように誰彼構わず撃ちまくる。だから、母が知った話はまずこの町内ほぼ全域に拡散されると思って間違いない。つまり、委員長の母親にも十中八九伝達するのだ。そして、母と委員長の母親は共に、そう言うのを囃し立てて、ややこしいお節介をこれでもかというくらい焼いてくるタイプだ。結論、オレにとってのマイナスがデカ過ぎる。

「開けてやる。少し待て。」

そう、テレビでは今『煎餅は嫌いです。』が流れている。消して仕舞うまでの時間を稼ぎたかった。

《あっ、いいよ。私、おかあさんから合鍵貰っているから。》
「えっ。」

理解する前に、鍵の開く音が聞こえる。オレは、咄嗟にテレビのリモコンに、鼠を見つけた猫のように駆けつけ、電源ボタンだけを急いで押す。プレイヤーは動き続けていたが仕方ない。「お邪魔しまーす。」という声がして、葦名がウチにやって来た。

初めて女子を家にあげた。オレは、そのことを含む諸々の動揺で、身体が岩石になったかと思うくらい緊張して、葦名がリビングに到達するまで動けずにいた。

そして今日最後の葦名との場外乱闘が始まるのだった。
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