第19話 夕食も食べてご機嫌で帰る葦名とそれを送るオレ

文字数 1,886文字

「寒ーい!まだ夜は冷えるね。」
「まあな。こっちは、昼は海風、夜は山風。風の質が違うからな。」
「そうなんだ。博識〜。」
「茶化すな、恥ずかしい。」
「地理好きなの?」
「いや、特に。父がそういうことを言ってた。父方の家系は昔漁師だったからかな。」
「へぇー。これじゃあ、折角カレーで温まった体も冷えちゃうね。」
「変な言い方だな。」
「えー、そう?」
「カレーで温まった体なんて普通言わないだろ。風呂じゃあるまいし。」

オレと葦名は今、葦名の仮住まいに向かい、夜道を歩いていた。というのも、記憶を取り戻した後、ハリセンで叩いたことを散々母に怒られた上に、夕飯後には「夜道は何があるか分からないんだから!女の子一人で帰すなんて論外!まなちゃんを送って行きなさい!」と嫌になる程しつこくどやされたのだ。あのまま家にいる事は得策ではなかったので、仕方なく、仕方なーく葦名を送ることにした。

しかし、勿論並んでは歩かない。変な誤解をされたら大変だからだ。委員長の一件もあり、委員長が近所ということもあり、委員長に見られると厄介だということもあり、委員長のテリトリーということもあり、兎に角委員長のことがあるので、オレは慎重に距離を取って歩くことにした。

オレは葦名の家を住所でしか聞いておらず、なんとなくあの辺りかという当たりは付くものの、正確な位置は分からないため、右だ、左だと目印となるパン屋への道を指図しながら、葦名の二歩後ろを着いて歩いた。当初は並ぼうと速度を緩めた葦名だったが、それに合わせてオレも遅くなるから遂にこの位置で諦めた。

「ねえ、今日凄い濃い一日じゃなかった?」
「ああ。アンタのせいでね。」
「こっちのセリフなんですけどー!」
「オレは被害者だ。」
「そんなこと言って〜。ホントは楽しかったんでしょ?」
「いや?」
「なにー、ノリノリでハリセン使った癖に。」
「やめろ、思い出させるな。あの時は疲れでどうかしてたんだ。」
「嘘つき。家で一人で『煎餅は嫌いです。』を見ようとする人が疲れてるわけない!」
「偏見が過ぎる。そして、それ以上オレの傷を抉るな。」

オレは恥ずかしさでガッカリと項垂れながら歩く。葦名はそんなオレを「あははは。」と笑って見てた。夕飯時の閑静な住宅街の、歩道もない少し狭めの道路では、人の気配がなく、世界に二人しかいないようだった。

「本当は私のことどう思ってる?」
「めんどくさい。」
「これ、本気の質問なんですけど。」
「はあ。さあな。よくわからん。」
「ねえ、教えてよー!」
「教える義理もない。」
「一緒にハリセン叩いた仲じゃないかー!」
「うるせー。」
「もう!」
「諦めろ。」

ふんっ、と言って葦名はわざとらしくそっぽを向いた。そして、ポツリと雨のように話し出す。

「私ね、医師になりたいんだ。精神科の。」
「へぇ。」
「駿君はなんか夢ある?」
「ないな。」
「ふふっ、そんな気がしてた。実はね、この事業に参加したのもそれと同じなの。」
「医師になるのと?」
「うん。発達障害とか、うつ病とか、生き辛さを感じてる人の助けになりたいの。でも、私にはまだそういう人たちの力になれる知識も能力もない。だから、この事業の募集を見て、"友達になることなら私にも出来る"って応募したの。」
「へぇ。随分立派なことだな。」
「へへっ、ありがとう。面と向かって褒められると意外に照れ臭いね。」
「多少引いてるんだけどな。」
「ひどーい!なんでよ!」
「熱いのは苦手なんだよ。東北人は寒冷地仕様なんだ。」
「もう、すぐふざけるんだから。ハリセンにあれだけ熱くなってた癖に。」
「おい、止せ。」
「ふふっ。それでね、私が関わった二人はね、昔いじめにあったり、発達障害って診断されてたり、やっぱり苦労していて、人付き合いが苦手ってタイプだったんだ。」
「へぇ。」
「だから、本とか読んで調べて、色んな知識を身に付けた。結構頑張ったと思うし、肩に力が入っていたとも思う。なんというか、この人たちを助けなきゃーっていう気持ちでいた。」
「そう。」
「でも、君は違う。」
「えっ。」
「私、なんだか君のことを知りたいって思ってる。」

オレは真意を測りかねて、世界史の授業のときの黒板の字が「シ」か「ツ」かを見定める時のような顔をした。葦名に車のヘッドライトが当たる。足元から顔へ向かい、徐々にはっきりと照らし出される。オレの影も葦名の体に重なり、徐々に葦名の体を覆い隠した。

そのとき、クラクションが鳴らされ、ブレーキ音が響いた。急いで振り返る。こちらにトラックが突っ込んできていた。オレは反射的に目を瞑る。後ろから葦名の悲鳴が聞こえて、オレは死ぬのだと覚悟した。
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