第6話 教科書のないことを手始めにオレの籠絡作戦を始める葦名

文字数 1,508文字

葦名が戻ってくるのと時を同じくして、アインシュタインのような白髪のだらけた数学教師が「ぱぁ!」と言いながら教室の戸を開けた。
そして、彼は驚くほど静かになった教室で「もっと笑ってもいいんだよ。」と一人笑っていた。

隣をチラリと見ると、葦名は口を少し開けて唖然としていた。
そう、最初はそうなるよな。久しぶりに見たよ、そのリアクション。春に自分の横を黄色いカバーを着けたランドセルが駆けていくのを見た時のような遠い目をして、葦名の反応を懐かしむ。

数学教師はくちゃくちゃと訳の分からない話を一通りした後、余計な言葉をバラの花束のように沢山添えながら、葦名へ誰かに教科書を見せてもらうように指示した。
葦名は茫然として一拍置きながらも、次には気持ちを切り替えて、チャンスとばかりにオレに微笑みかけた。

「ごめん。教科書見せて?」
葦名は片手で拝むポーズをしつつも、もう片方の手は、机をオレに寄せるために、既に机の端にかけていた。
やれやれ。コイツ、オレに借りるつもりか?仕方ない奴だ。まぁ、転校初日だし仕方ないか。なんて思いながらオレは地蔵のような顔をして…


そっぽを向いた。

プイッと葦名から顔を180度回転し、窓の奥に広がる空を見ながら頬杖をついて欠伸をする。今日も空は青いなぁ。平和っていいよね。大好き。眠くなってきちゃうよ、ハワワワワァ〜なんてね。

欠伸で口が最も開いていた途端、猪でもぶつかったのかと思うほどの衝撃が机に走った。思わず頬杖が砕けて、頭が手の平から落石した。

(What's?!)
余りに驚きすぎて脳内言語が英語になりつつ急いで顔を回すと、オレの机にもう一つ、机がピッタリとくっ付いている。震源は葦名沖1800m。オレは海溝のような机と机の接線を迷惑そうに少し眺め続けた。

その後直ぐにオレは、迷惑だった感じをアピールするために、神妙な面持ちで机が割れていないか大事そうに舐めるように撫で回し確認した上で、葦名を一度だけ睨み付け、葦名から離れる為に机の端に手を伸ばそうとした。
そのとき、オレの肩がぎゅうっと強く握られる。おいおい、誰だオレの肩をリンゴと勘違いしている握力バカは。

「ウ・チ・キ君? 見〜せ〜て〜♪」
葦名は優しい笑顔を浮かべていた。

しかし、葦名の後ろには地獄の業火が燃え滾っている。正しく鬼神とも言うべき威風で、どこかの寺の国宝の阿修羅像と言っても誰も気付かないほどの迫力だ。作者はきっと運慶に違いない。

(やれやれ、仕方あるまい。)
オレは心の中で1970年頃のアメリカのドラマを気取ったハンズアップをして、諦めるように目を閉じて、鼻で笑った。
これを断ればオレの鎖骨が折られそうだ。オレは教科書の位置を変えて、葦名にも見えるようにした。

この妖怪トモダチヅクリババアめ!

しばらくして、黒板は真っ白(真っ黒)にも拘らず、葦名は頬を膨らませながら眉間に皺を寄せて、怒った顔をしながら何か熱心に書いている。

ほほぅ、勉強熱心なやつだ。十五分にも及ぶあのアインシュタインもどきのくだらない余談までメモ取るとは。オレも見習いたいものだね。オレは呆れながらもペンをクルクル回してその様子を横目に見る。オレの育ちが悪ければ、今頃鼻をほじっていそうだ。

描き終えると葦名は満足そうに一息ついて、ノートを此方に見えるように滑らせる。オレに桜色のシャープペンで「ここを見るように」と促してきた。
オレ宛てだったのか…。思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

『なに無視してんだよー!』

頭から蒸気を噴射して怒るウサギの絵が書き添えられている。お互いのノートの端で筆談が始まった。

それにより、どうやらオレと葦名は幼馴染だということが分かった。
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