第11話 本当の幼馴染に待ち伏せされて、あらぬ誤解をされるオレの悲劇とは如何に

文字数 4,881文字

なんて日だ!
なんて日だ!
なんて日だ!
オレは心の中で連呼し続ける。

「駿、くん。」

オレは今日何度目か分からない苦虫を噛み潰したような顔をする。

柱から現れたのは佐野真紀子。
保育園から高校に至るまで唯一ずっと同じ所に通っている、謂わば本当の幼馴染だ。クラスが違うときもあったから特別仲が良いわけではないが、学校人生のほぼ半分以上は佐野真紀子こと委員長と過ごしてきた。今は委員長じゃないが。

オレが鳩原の次に学校で関わりたくないと思っている相手。昔馴染みはどうにも幼少期からの熟成されたノリというか、阿吽の呼吸とでも言おうか決まったテンポもあり、冷たく接しづらさがある。

それが何故だ。
何故、高校に入ってからほとんど話すことはなかったのに、出待ちのうえ話しかけて来たのだ。これは、何かある。オレは注意深く委員長を観察しつつ、心の中でファイティングポーズをとる。委員長は眉間に少し皺寄せて怒っているように見えた。
そして、ゴングが鳴らされる。カーンッ。

「久しぶりだね、話すの。」
「ああ。」

そう返しながら、オレは咄嗟に歩き始める。

「話があるなら手短に。歩きながら聞くから。」
「えっ、ああ。はい。」

委員長は少し動揺しながらもオレの後に着いてきた。駅前のバスターミナルの円周を縁取る歩道を、二人で少し離れて歩く。
オレが歩き出したのには理由があった。委員長の緊張した様子からなんとなく長話になると感じたのだ。それに気付くと同時に、ふと葦名のことが頭を過ぎった。葦名に委員長と話しているところを見られるのはまずい。直感的にそう思い、駅を出てから話を聞くことにした。

「で?」
「えっ、ああ。うんと…」


オレは中々用件を言わない委員長にイライラしながらも、スタスタと歩き続ける。最悪、置いていっても仕方ないと思っている。寧ろとぼけたフリして置いて行きたいくらいだ。あっ、それもありか。奥の手として取っておこう。


「こうやって一緒に帰るの初めてかな?」
「そうかもな。」
「駿君、高校に入って変わったよね。」
「そうかもな。」
「昔はもっと優しかった。」
「そっ。」

ちなみに、オレが優しかった時期などない。

「何かあったの?一年生のとき。」
「関係ないだろ。」

何かあったのは高校じゃない。そして、百鬼夜行が来るから昔の話はしないでくれ。

「うん、そうだけど…。少し心配で。」
「そっ。」
「私ね、心配で昔先生に相談したことあるの、内木君上手くいってないみたいですって。」
「そっ。」

いつまでこんなどうでもいいジャブが来るんだ。早く本題に入りやがれ。そう思いながら素気なく返事だけしておく。

バスターミナル出口となる市街地へ続く交差点で、信号機が赤になり、オレは横断歩道の前で停まった。少し後ろに委員長が追いつき停まる。それが足音と気配で背中に伝わる。

オレはうんざりしてしまう。人の足音がこんなに不快だとは思わなかった。早く一人で帰りたい。なんで、こんな話に付き合わねばならないんだ。これもどれも葦名のせいだ。溜め息を吐く。

いや、危ない危ない。葦名のせいかはまだ分からんか。疲れ過ぎて全部葦名のせいにしちゃった。ただきっと葦名が来たことがキッカケの一つとなったのは間違いないだろうな。じゃないとこのタイミングはおかしい。馬岡もそうだ。あっ、そっか。結局葦名のせいか。

大体、葦名も委員長もなんなんだよ、もう。迷惑な奴らめ。心配なんて余計なお世話なんだよ。オレはこの生活を望んでしているんだからさ。しかも、先生に相談するなんて優等生過ぎるだろ!変な世話役やる奴も、先生に相談する奴も、バカが着くほど優等生過ぎて、オレの小さい頭じゃ理解出来ないね。相談したってなーんにもしてくれないって。無駄だよ、無駄。


………って、ん?
瞬間、オレの意識はロケットに乗って成層圏まで勢いよく飛び出す。ロケットが成層圏で勢いを失い、静止軌道に入る。無線機にノイズ混じりで「Hello World。」という粋な台詞を呟く。ロケットの丸い窓からは、地球の赤茶けた地表や真っ青な海が流れていく様を見る事が出来る。オレはロケットの窓から、地表のオレと委員長を俯瞰する。委員長、お前か。

さっきの委員長の言葉が頭の中でフラッシュバックして、針の飛んだ蓄音機のように繰り返される。レトロなロボットがピーガシャガシャと音を立てながら、何やら文字を記録した紙を口から吐き出す。そして、ロボットが告げる。「コタエガデタマシタ。」と。

オレはロートルな脳みそを駆使して、あるスマートな結論を導き出した。


「でも、鳩原先生と話すようだったから少し安心していたんだけれど…」

鳩原だと?いやしかし、今はそれどころではない。オレはこめかみを抑えるように、目に手を当てて俯きながら聞く。

「とりあえず委員長、ちょっといいか?」
「ん?なに?私、まだ話の途中だけど…。」
「さっき、先生に相談したって言ったよな?」
「うん。」
「なんて言ったんだ?」
「えっ?先生に相談したことあるの、内木君上手くいってないみたいですって、って言ったよ。今。」
「そうじゃなくて、なんて当時相談したんだってこと。」
「えっ?えーと、内木君は中学生の頃は明るくてクラスの中心にいたんですけど、今のクラスでは誰とも話せていないみたいで、暗くなってしまったように思えます。高校に中学の同級生もほとんどいないことが原因かもしれません。とか、もしかしたら、何かあったのかも知れませんとか。先生、内木君のこと助けてあげられませんか。って感じのことかな?あまり詳しくは覚えてないけれど。」


カンッ!カンッ!カーーンッ!
オレのアゴに委員長の一撃必殺アッパーが決まり、オレは鼻血を噴射しながら瞬間マットの上に大の字で倒れ伏した。
ドクターストップ!試合終了です!
ゴングと同時に、黒人の縦縞のポロシャツを着たレフリーが大きく手を振りながら試合を止める。
オレは泡を吐きながら白くなって昇天しかける。勿論、魂が抜けかけている現実世界のオレはただ無感情のアンドロイドみたいにぎこちない表情で固まっているだけなのだが。

そう、コイツのせいなのである!

オレは拳を強く握り、服をはち切らせるほど筋肉を膨張させてブルブルと震える。噛み締めた口からは血が滴り、目からは血の涙が流れる。



コイツの…

せいで…

コイツの…

せいで…


葦名が来たのかあああああああ!
オレから出た風圧で周囲百メートル内のビルが軒並み崩れていく。

ほぼほぼ間違いない!いや、100%間違いない!コイツが相談したせいで、センコー共が余計なこと始めたのだ!なんて野郎だ!コイツのせいでオレの安寧は壊されたのか!ノックアウト!ワンラウンドケイオーです!レフリーストップですよ!余計なことしやがって!おおおおおお!

信号機が青に変わる。頭の中だけ騒がしくなり、本体は茫然としているオレを尻目に、少し訝しみながら委員長は言う。

「駿君、青だよ。どうしたの?行こうよ。」

オレは壊れたオモチャのように口をパクパクさせる。クッ、クッ、クソッ!抑えられない!言いたい。すごく言いたい。でも、それだけは…男としてそれだけはしちゃいけない。だけど、やばい。やばい!

エイリアンが生まれてくるとき腹を裂いて出てくるように、噴火する火山が山頂を破裂させてマグマが出てくるように、古くなった靴下から親指が出てくるように、オレの思いがモリモリと膨らんで喉元まで来ている。

もっ、もう無理っ。でっ、出る。

オレは、引き攣った笑顔で怒りを存分に抑えながら震え声で言う。




「委員長、一発殴らせてくれ。」


「えっ!?」

委員長は思わず一瞬後退りして、露骨に嫌な顔になった。しかし、瞬時に

「駿君!やっぱり!」

そう叫びを上げるなり、オレにラガーマンばりの勢いで突進して抱き着き、オレの腕や体を拘束するように抱き締める。オレは委員長の勢いに負けてで二三歩後ろによろけながら後退する。いや、どういうこと!?そう混乱するオレに、畳みかけるようにして抱き着いてきた委員長は叫び続ける。

「葦名さんのせいなんだね!やっぱりそうなんでしょ!」
「いや、お前のせいだよ!お前のせいで葦名が…」「ほら、訳の分からないこと言ってる!」
「駿君、可哀想!」

なにが!?
可哀想なのは、アンタのせいで穏やかな生活を奪われたオレだよ!いや、結局オレか!違う違う、そうじゃなくてアンタが原因なんだよ、可哀想になったのは!
そう言いたいが、言葉が出るより早く委員長の言葉のマシンガンが炸裂する。

「おかしくなっちゃったんでしょ!葦名さんのせいで。私、幼馴染だから分かるよ!駿君苦しんでる!せっかく鳩原先生という気の置けない相手を見つけたのに、葦名さんが来たせいでまた気を張ってしまって!だからおかしくなっちゃったんだよね。葦名さんのせいなんだよね、全部葦名さんが悪いよね!」

いや、全部アンタのせいだけど!?そう思うものの、徐々に委員長の締め付けがきつくなっていき、そちらに気を取られてしまう。くっ、苦しい。それと同時に柔らかきモノの感触が…。だっ、ダメだ。それ以上はよせ!オレは二つの意味で固まる。

「ハ、ハナレロ…」
「離れないよ!離さない!
おかしいと思ったの。今まで、駿君に幼馴染がいるなんて聞いたことなかったし、保育園の頃だってそんな子に会ったことないもの。
駿君の話し方、改心して主人公の仲間になった魔物が、結局魔王に操られて主人公たちに刃を向けるときみたいになってる!こんな話し方になるまで追い詰められちゃったんだね!可哀想に!葦名さんのせいで!」

いや、例えがファンタジー!話し方はアンタがギュッと締めてるせいですけどね!しかし、前半部分はまずい!核心に迫っている。どう返答する?とりあえず、委員長だろうが葦名が青春応援担当だなんて分かられたくない。って、やべっ、さっき咄嗟に言いかけた!と思いつつ、委員長の話は続く。

「駿君、騙されてるんでしょ!洗脳されてるんでしょ!いくら貢いだのよ!葦名さんに握られた秘密は何なの!
葦名さん、有名な詐欺師の一族で駿君たち家族は貢がされてて、そして今遂に黒幕が本丸が乗り込んできて最後の仕上げをしようとしているんでしょ!駿君たちの骨の髄までしゃぶろうとしているんでしょ!そんなの非道い!葦名さん非道いよ!」

おいおいおい、さっきから魔王だの、詐欺師だの、黒幕だのと随分と物騒な話になって来たじゃないの。そんなのの被害に遭うなんて大変でしたね。えっ?オレの話?いやいや、そんな訳ないでしょ!葦名が悪者というところは大体合っているのだけれども、いやオレも葦名が悪役というところは同意するけどさ。アンタの想像、1ミリもカスってないわ!頭ファンタジーかよ!委員長、何があったんだよ!頭おかしいよ!昔はこんな狂ってなかっただろ!

「私、駿君のこと…」

そして、委員長の締め付けは、本日最高潮を迎える。結構な大声を出しながら、人通りの多い交差点にいたオレたちは、カップルの喧嘩と勘違いしているであろう好奇の目や、何事かしらと心配するおばちゃんに徐々に遠目から注目され始めていた。時々、地雷系女子とホストみたいな男の痴話喧嘩を見た事があったけれど、まさか自分が見られる側になるなんて。オレはその注目に気付いた途端に恥ずかしさが爆発して、遂に男女の力の差に頼り無理矢理振り解き、逃げ出した。腰らへんが強調されないように気を付けながら。

交差点に残された委員長には風が吹き付ける。信号がまた赤へと変わる。女だが男らしく委員長は風に吹かれながら、覚悟をあらたに呟く。


「護らなきゃ。駿君と鳩原先生の未来を…。」

そして、拳を握り、一度深呼吸をしてから目をゆっくりと開いた。

「決めたよ、私。
私は…」



「鳩原先生(キング)アンド駿君(プリンセス)の騎士(ナイト)になる!」

その目は遠くを見据え、決意の炎が瞳の奥に燃えていた。そのときオレは、背筋にとてつもない悪寒が走り、何か途方もなく嫌な事が起こるのではなかろうかと心配するのだった。ポケットの委員長が入れた交通安全祈願のお守りが入っているとも知らずに。
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