6.起源解説

文字数 2,489文字


6.起源解説

リステラス銀河の最初期においては中心星系から発した先史人類が存在したが、文明の爛熟期に至って政治的かつ精神的な進化退行の病に陥り、星雲の端々まで増え広がっていた全ての植民都市群を道ずれに、ある時を境に短期間で一気に滅びた。
リスタルラーナ母星にかつて遺されていた上古文明遺跡がその一例である。
後代において《ユヴァの猿族》と呼ばれるのはこの遺跡の滅びよりも少し前、膿み腐れた階級身分制物質偏重文明に嫌気がさして都市生活を離れたいわゆる《世捨て人》の一群であったと推測されている。
都市内人類は心の病の蔓延により自滅したが、もともと完全閉鎖系であった環境管理都市群の滅びは惑星環境にはなんら悪影響を及ぼさなかったため、《ユヴァ》族は脱出済みで良かったとだけ安気に祝して呑気に野外生活を楽しみ、そのまま数万年の時を野生生物の一種となり生態環境に同化して、ただ口伝と歌唱詞をもってのみその来歴と精神文化の機微を伝えた。
彼女らはすべて両性具有種で、また生まれながらにして一族すべてが高度のテレパスでもあった。
例えば一人が自分の足の裏に棘が刺さったかな?と思えば、瞬時に後ろにいる同族の「眼を借りて」自分の足の裏の様子を観て、手を伸ばして精確にそれを抜き取ることができた、というような使い方がされていた。
彼女ら自身はこの力を《共鳴共感の力》ニワンサーと呼んでいた。
すべての争いを未然に防ぐことのできる天与の力であった。



数万年の後、別の惑星で生き残っていた上古文明の実験体生物らの子孫が増え広がって新たな文明を成立させた。そして爛熟し、滅びた。
その最終争乱において惑星上の生存環境を壊滅させたため、新天地を求めて急造された原始的な星間移動船で旅立った彼らが、数百年の深宇宙彷徨の末、辿り着き、墜落同然に落下して移住したのが、現在のリスタルラーナ母星であった。
その彼らが増え広がったのが現在のリスタルラーナ文明圏人類の祖である。
始め惑星上赤道付近の温暖湿潤な地域に展開していた彼らは、やがて乾いて寒冷な高緯度地方に向けて開拓入植を進めていった。
辺境において未知の類人猿族との接近遭遇が起こった。
じつのところ《ユヴァ》側ではむしろ新来の移住難民たちのほうを《進化途上の猿》リーンと呼んでいたのだが、外見としては、毛深く大柄で鈍重に見え、手をついて歩き、草や木の実を指で摘んで生で食べ、むきだしの野原で丸まって眠る彼女らのほうが野生動物たる《猿》という概念に近かった。
《ユヴァの猿族》と《リーンの裸猿たち》はお互いに距離を保ちつつ当初は平和な隣人として過ごした。



《ユヴァ》は両性具有であり精神共鳴者であった。個体という概念は薄く、群体として生存していた。
その生殖活動もまた協同共鳴の行為であり、発情期がおとずれた個体は群れの中心へと集まり、偶然その時期を同じくしていた同族すべてと互いに深く睦みあい交歓し、子種を交換し、あい孕んだ。
妊娠期は数ヶ月ほどで出産は安定しており死産や流産は少なく、生まれた子への育乳期間は十年ほどに及んだ。誰が誰に授乳するといったこだわりはなく、すべての親がすべての子を愛し、群れ全体としてはぐくんだ。
一方で《リーン》の猿たちは入植過程において小さい単位に分断されることが多く、また慣れない異星環境での暮らしで飢餓や未知の病に斃れることも多かった。
死に分かれ、また貧困のあまりに捨てられることもあり、まだ幼い子どもがただひとり野に泣き叫ぶことが度々あった。
《ユヴァ》は憐れんで養子に迎え、抱いて温め、乳を与えた。
この養子らは精神共鳴の力を持たなかったため、ユヴァは長らく忘れていた《音の言葉》を発して会話することを思い出し、《リーン》の言葉を覚えて世話をしてやった。



やがて子らは《ユヴァ》よりはるかに素早く成長し、生殖年齢に達した。
《リーン》は雌雄に分かれた単性生殖の体をしていたが、《ユヴァ》はあまり気にせず、それぞれの群れの真ん中の《性交の広場》に交えてやった。
ここで問題が…静かに…起きた。
《ユヴァ》の発情期は一度の出産授乳が終わるごとに十年一度の半月ほどであったが。
《リーン》の子どもはひとたび生殖年齢に達すると、数十年を経て老衰するまで延々と果てなく発情期のままである。
牝の子どもはまだ良かった。
妊娠すれば性欲は収まり、おとなしく育児に専念するから。
しかし、牡は。
食餌と睡眠の時間のほかは、すべての労力を狂ったように生殖に費やした。
しかも《共鳴の力》を持たぬので、行為の相手が喜んでいるのか苦しんでいるのか、快感を分け合っているのか苦痛しか与えていないのか、まったくおかまいなしに自分勝手で強引な抜き差しばかりを果てなく繰り返すのであった。
一方的な長時間の行為の強要に痛めつけられて心を病み死に至る者さえも出た。
一人の耐えがたい苦痛は《共鳴》して群体すべての苦痛となった。
幾つかの群れでは牡の子どもを厳しく叱りつけ、教導しようとはしたが、効果がないと見切ると子を《リーン》の村へと放逐し、群れの居住地を遠くへ移した。
また幾つかの群れでは逆に《共鳴力》があだとなって牡の子どもの怒りに屈した。
子は犯して犯して犯しつくし、やがてやせ衰えて死んだ。
その期間に発情期を迎えていたすべての《ユヴァ》からは《リーン》の血をひく子どもが生まれた。
その子どもは毛が薄く、《共鳴》の力も弱く、しかし体格は大きく、雌雄の別がある者と両性具有の者とに分かれた。
《ユヴァ》は牡と牝の子どもは《リーン》の村に捨て子し、両性具有の子だけを連れて、次第に《リーン》から遠ざかり、やがては姿を消した。
結局、《共鳴》の力は弱く、性欲だけは人一倍強かったこの子どもたちの遺伝子が移住後の群れのすべての個体に種つけされまくり…
やがて、純血の《ユヴァ》は絶滅し、姿を消した。

あとに遺された《ユヴァの血をひくリーンの子どもたち》のうち両性具有の特徴を継承した者らは、《ユーヴェリー》と総称された。

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