第2章 護衛天使と猛獣パメラ

文字数 4,096文字


第2章 護衛天使と猛獣パメラ

1.猛獣来襲

「…げ!」
「ぅぎゃッ?」
「…ぱ… パメラ…ッ??」
ミロウシと広明と優が順番に奇声を発した。
「あ~ら随分お久しぶりね~、ヒロアーキ!」
怨み骨髄。という恐ろしい笑顔を浮かべて真紅の唇でにったりと笑った美女は。
名前をパメラ・ラ=ルウという。
「…なんだおまえら知り合いか…?」
昨日の盗掘団襲撃事件を受けて監視カメラの緊急補修と増設のため、さっそく増員手配された臨時スタッフを紹介しようとした途端の朝礼での騒ぎに、所長は困惑した。
「えぇ~もちろん! 私たち、婚約者でしたの♡」
「…えぇっ?」
「嘘つくなッ! …おい信じるな優ッ!」
「…こ、婚約…?」
「だから違うって!」
なぜか真に受けて涙目になる優の横顔を一目見ただけで広明はパニックに陥っている。
「…ぅへぇ…。」
ミロウシは頭を抱えつつ、ごくごく常識的に事態の収集に乗り出した。
「所長。コイツはおれらと同じ大学でしたが、広明に対する度重なるストーカー行為の罪で即日裁判の結果、公式に接近禁止令が出されているはずですが」
広明の顔だちについてはさして整っているわけでもなく平凡というか普通だが。
長身大柄でスポーツ万能、学業優秀にして女性には礼儀正しくそっけなく…(だって優にしか興味がないから!)という特徴が、逆に女性陣から多大な支持をうけて学生時代にミスター大学!に選ばれたことがあった。
その年のミズ大学!の称号を獲得していたパメラに、二人並んでの受賞発表から表彰台へと至る場の最中に、突然、一方的に。「恋人獲得!」宣言をかまされた…。
衆人環視の壇上の、その場で慌ててきっぱり速攻で、断った広明に、
「…恥をかかされた…ッ!」と逆上し。
「だって私があなたをこんなに好きになったのに!
なぜあなたは私を好きになってくれないの!?」
…という超絶自分勝手論理でもって。
「意地でも無理でも、世界で一番に!愛されて!プロポーズされて!」
「世界一豪華な結婚式を上げさせて!幸せにしてもらう!」
「までは絶対に、赦さない…ッ!」
…と、追いかけ回され。
その後の非常識すぎる迷惑行為の数々と、とばっちりで優に激しく被害が及んだために広明がキレて警察と裁判所に届け出たので転居や就職に際して必要な公式資料には性的犯罪歴として明記がされている。はずだが。
「…いや? 必要書類は昨夜のうちに精査したが、どこにもそんな記載はなかったぞ?」
「そんなはずは…」
「あぁらいゃあねミロ君てば♡ あれはもちろん、ヒロアーキがあの後すぐに訴えを取り下げてくれたのよ♪」
「してねぇッ!」
「いやぁん♪ あたしのこと、ほんとは愛しているくせに~♡」
所長はどちらの言い分も半信半疑の様子だったが、広明やミロウシがそんなことで嘘をつく人間でないことはもちろん理解している。
「…とりあえず、今日の担当箇所はまったく別方向だし、業務に必要な資格と経験は有しているはずなので、天候が崩れる前に作業にとりかかってくれないか?
その件については改めて、大学星府に問い合わせを出しておく。」
所長が言って、その場は収まった。
…かに見えた。
ミロウシはその後しばらく女性である所長に対してぶすぶす文句を言っていた。
「…ったく! 女ってやつぁ被害者が女の場合だけちょっとのことでもセクハラよー!とか大騒ぎして問題視しやがるくせに。男が被害に遭ってる時はやたら反応が鈍い!」
広明は苦笑した。
それは女が被害者の場合の男の反応だってそうである。
両性具有者である優が害されないようにとは、最大限の配慮を払ってくれている所長であった。
その日のランチタイムにはひとしきりつきまとわれたがまぁ一応「昔の女」(自称)としては常識の範囲内の言動で。
午後から暴風雨になり、先に壊れていた監視カメラの補修作業どころではなく、新たな故障や倒壊破損が相次ぎ、その応急処置と散策路に取り残された参観者たちの回収保護と治療と送迎などの騒ぎに追われた。
その晩だった。

2.食人習慣

かなり長引いた残業が終わって遅い時間にひと風呂浴びた広明は、調理スタッフは帰宅した後の深夜帯のレンジ飯になってしまったなと嘆息しながら食堂へ足を運んだ。
すでに無人で明かりは落ちている。広明の気配をセンサーが拾って自動で点灯する。
自販機の前でどれを喰おうかと迷っていると、背後に不穏な気配を感じた。
「うっふっふ♪ うらぶれた背中も素敵~♪」
「げッ!」
ストーカー女に待ち伏せされた! 広明は固まった。
仕事が忙し過ぎてうっかり忘れていたし、疲れて腹も減りすぎていて、咄嗟にどう逃げたらいいものか…反応できない。
「うふふ、そんなに困らなくたっていいじゃなーい」
「…おまえ、どうやってここの入所資格ごまかしたんだ…?」
作業に同行した監督スタッフから聞いた限りでは業務知識や言動に特に問題はなかったという。本当にストーカーとして届けるほど異常行動があったのか?と逆に質問されたというのがミロウシからの耳打ち情報だ。
しかし自分は確かに警察と裁判所で手続きをした。
取り下げたりしたら、自分はともかく優にまた深刻な危害を及ぼされるではないか…。
「うふん? 苦労したのよ? 手引きしてくれる人たちがいてね。昨日の連中と一緒の船で来たんだけれども。あいつらスグルの噂ばっかりで。こんなに熟れたイイ女の私が同船してるっていうのに…無視よ無視。失礼しちゃう~ッ!」
「…おい? 昨日のやつらと同船って…ッ!?」
まるきり犯罪者ってことじゃないかッ!
…と、広明が事態を悟って青ざめる暇もなく。
それまで相手を安心させるようにゆっくりゆらゆらと近づいてきていた女は。
いきなり、からだを投げ出すようにして、膝まづき…
広明の、股間を、口で、攻めた…!
「…な…ッ!? ちょ! …をい! やめろ…ッ!!!!?」
女の細腕とも思えない剛力でがっしりと広明の両ひざの動きを抑えこみ。
顎でぐいぐいとあぶない部分をこすり押し付けながら上目遣いの早口でまくしたてる。
「あなた何も解ってないのよ! あんなチビくそじゃりガキのケツの穴なんか相手にしていてアナタみたいに立派な大きいオトコを持ってる人が、満足できるはずないでしょ?
…あたしが! アナタに正しいセックスの歓びを教えてあげるから…ッ!」
…そんなこと言って勝手に男のジッパー下げるのはどこが「正しい」んだよ…ッ? と心底びびりながらも、かといって女を殴りとばすわけにも行かず途中まではまだ半分冗談だと思って、おたおたと必死で後退をくりかえしていたが。
ついには壁際に背中が当たってその反動のまま、ずるりと下半身をひきずりおろされ。
床に座らされて壁に背を斜めにもたれさせた中途半端な姿勢のまま、進退きわまり困り果てる広明の。両脚の間に女は深く潜りこみ。
股間を銜えて舐めてしゃぶって、握って撫でて揺すって…離さず。
しかも、攻略法が…
( …う、…巧すぎる…ッ! )
男のあたまは真っ白になりスパークしそうになった。
なにしろ敵は百戦錬磨だ。
「アタシもうヒロアキに決めた!」と勝手に交際宣言するまでは、学内イケイケ乱交女の最高峰、「頼めばやらせてくれる美穴女!」ナンバーワンの称号をほしいままにしていた手練れの、お姉様である。
実はこの時この齢に至るまで高校一年で一目惚れした優を心底一路一直線に想うあまりにいまだ童貞であった広明の、経験値ゼロの柔らかい皮膚と粘膜には、もはや抵抗のしようもなかった。
「………っ! …………すッ、すまねぇ…っ! …す、すぐるぅ…………ッ!!!!!」
びくんびくんと揺れながら絶叫して、ついには果てた。
その、呼んだ…名前に。
肉食獣は怒り心頭。その直前までは「う・ふ・ふ、慌てちゃって可愛いッ♪ ぜんぶ呑みこんであげるね♪」とか思っていたことも忘れて信じられないほどに濃くて多かったどろりとした液体をすべてげろげろべべっと吐き出し。
その、ストーカー特有の一方的かつ多大にして肥大し腐乱し果てた恋情とプライドの、傷ついた裏返しの勢いの…ままに、
がぶりと。
深夜の寮内に男の悲鳴が響き渡った。
ただごとならぬ騒ぎに、夜警が駆けつけてきた時。
血と精液にまみれた紅い唇を拳でぐいと拭きながら荒々しく立ち去るパメラの姿は。
どんな凶暴な豹よりも虎よりも、人喰いワニよりも、怖かった…!
…と、男夜警はその後たびたび魘されるほどの激甚なトラウマを受けた。
一人では運べなかったので警備室に連絡して増援を呼び、だいじょうぶか、だいじょうぶかと、おろおろ同情しながら男が数人がかりで担架で広明を運んだ。
しかし不幸にして、その深夜の医務室当直は妙齢の美人女医であった。
ばっくりと歯型がつき、深い噛み傷からまだだくだくと血を滴らせながら、ぶくりと膨れ、腫れあがり始めている若いイケメンの哀れな局部の治療を担当するという珍事に…
職務上(という好奇心の言い訳で)受傷に至った経緯を詳しく、こと細かに、聞き出さざるをえず…
一部始終を聞いて、深く同情は(一応)したものの、
…笑いだすことは止められず…
ぎゃはぎゃはと嗤い崩れる発作に、必死で耐えようとしながらも思わずがくがくと震える手でもって、ざくざくざっくりと、まだ麻酔がろくに効き始めてもいない男性局部の傷口を縫われて…
響き渡る深夜の絶叫が、三度四度と。
騒音に叩き起こされた物見高い見物客がなんだなんだと集まり。
かけつけてきた優がショックのあまり大泣きして、手がつけられないほどに取り乱して治療中の広明を揺さぶる勢いでとりすがり。
…広明の受けた体と心の激痛は、さらに深刻なものになったのであった…。



パメラがすぐに性強制と暴行致傷で即日逮捕収監され、盗掘団との関係については継続調査となったのが唯一の救いではあったが。
痛みとショックで広明はしばらく起き上がることもできず。
ミロウシが命名したところの「良い子の優くん早寝早起き大作戦!」計画は当面の見送りを余儀なくされた…。

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