第1章 無垢なる天使たちとミロウシ。

文字数 16,843文字


第1章 無垢なる天使たちとミロウシ。


1.経過観察

「おいおい、あいつらまたやってるぞ? マラソン大会」
食堂で久しぶりに遭遇した同僚から出合い頭にそう告げられてミロウシは苦笑した。
「今度はどっちだ?」
「ヒロアーキが逃げ回ってる。」
「うーん…」
「今朝おれが目撃したのはな。正面階段入口脇のエントランスの傘立てのそばにスグルが居たわけだ。」
「おう」
「そこへ遅刻寸前のヒロアーキがダッシュで走って来ましたよと。」
「あぁ、」
「スグルに気がつくだろ?」
「だろうな」
「ダッシュの勢いのまま直角に曲がりやがって、遅刻ぎりぎりだってのに…建物外周わざわざ大回りして、裏門北口から入り直して、ロッカー無視して泥靴と私服のまま集合。」
「…おーい…。」
目に見えるような醜態に、苦笑して頭を抱える。
「まぁそれでもなんとか間に合うところが、あいつの俊足なんだがな~…」
「そこで感心せんでくれ。」
喋りながらよいしょと斜め前の席に腰かけて手に持っていたトレーのAランチを素早くかっこみ始めた同僚にセルフサービスの冷水を注いでやりながら、ミロウシは言った。
「大体よ」
「おん?」
「あいつら、どー…っ! …見たって! …両想いだよな? …完全に。」
「だと思うが」
「なんでいつまでもあの調子なんだよ。いいかげんくっつけよ。ここに来てからだって、もう四~五年は経ってるだろうに。」
「…俺に言わんでくれ…」
ミロウシはもうこのセリフ何度目かなと思いながら嘆息する。
「だっておまえら三人て幼な馴染なんだろ?」
「いやちょっと違うぞ?」
「え? 違うのか?」
「俺と広明はそれこそ卵のころからのツレだが優に遭ったのは高校ん時。日系人の文化学習クラスの合同授業があってさ。地域の学校いくつか横断で」
「そうなのか。」
「しかも出会い頭のアッパーカット!」
「なんだそれ。」
「広明が、なんか失礼なこと言ったらしくて」
「やりそう」
「頭ひとつ分くらい身長差あったのに優の右腕炸裂で、広明の顎骨が砕ける寸前」
「うひゃひゃ」
「以来、広明は、優の貞操観念がもんのすごく堅い! …と、思いこんでてな~…」
頭が痛い。
「…え?」
同僚が本当に心底、キョトンとした顔をした。
「だってスグルってアレだろ? 日系人てより、《乱交猿》の血のほうが濃い…」
「…しゃらっぷ! それ、差別用語だからな?」
「おうすまん。」
「俺はいいけど、他では使うなよ? 外交問題になるぞ?」
「済まんて。口が滑った。」
「あぁ。」



銀河時代も数百年と経てば星間移動もありふれた日帰り旅行になるが。
起源の異なる三つの人類が集まってできた《リステラス銀河連盟》にはまだまだ色々と民族紛争だの人種差別だの階級闘争だの人身売買だの性的強制犯罪だの…の、昏くて長い歴史の傷跡が残っていたりする。
集積された遺伝子データの合成によって人為的かつ計画的に人口の半分くらいが製造されてなんとか社会が補完されているような、自然出生率が激減の時代になっても。…だ。
ヒロアキ・イダ=タカギ(和名:高木広明)とミロウシ・アシガラヤマ=アダシガハラ(和名:足柄山美浪士)は「日系おたく」と総称される《やまと民族文化保存継承財団》からの定期発注で生産された「ほぼ純血」に近い「和種」と呼ばれる銘柄だが。
話題のもう一人、ラウ・レ・ライ・リ・カ・ネタカ=ス・グル(和名:兼高 優)は。
今どき珍しい、自由恋愛関係による二人の異人種の精子と卵子を自然性交によってかけあわせて、さらに自然出産された…混血。だった。
その母親の血筋については、なにかととやかく噂にされる、謎の多い少数民族である。
「…まぁとにかく、オレはよ?」
さっさと平らげたトレーを片手に立ち去りかけながら同僚フランツ・ハインツ=アイゼンはのたまった。
「可愛いスグルちゃんの可愛いお尻を毎週ありがたくお借りしている身としては、おれの心の安寧のためにも、さっさと幸せなバカップルになってくれて、落ち着いちゃってほしいわけだよ。…うん。」
肩をすくめて憮然としているミロウシににやりと笑って、
「ヒロアーキには内緒な?」と、
言いおいて、同僚はさっさと逃げた。
「…いや、多分、ばれてるぞ~?」と呟いたミロウシの声は、聞こえなかった。ようだ…

2.事件発生

彼らの勤務先は観光地図では「森林公園」または「自然植生観賞公園」等とわかりやすく省略されているが、たんに観光客への一般公開だけを行う娯楽観賞の場ではなく。
絶滅危惧種の保護育成から各星各地方の原生植相系の再現と保全、観察と報告や新種の発見、遺伝子解析から薬学や商品化応用までをもこなす各方面の優秀な人材が多数集まる総合的研究機関を兼ねた広大な複合野外施設である。
各地の原植生を正確にコピーして再現するとなれば当然ながら鳥や動物や昆虫や細菌も含めて面倒をみることになる。(それらに関する専門研究機関は近くに点在している。)
本人自身がリスタルラーナ星間連盟における最重要指定の絶滅危惧種な少数民族の出身のうえに、さらに世界でただ一人の地球人との混血。という一種一個体特別種である兼高優が選んだ仕事は、同じ絶滅希少種たちの保護育成と育種という、ある意味では自分で自分の観察記録も付けながら暮らすような、重要だが地味で静かな職業だった。
専攻はヤモリやカエルやサンショウウオといった森林水場域に棲息する両生類学だ。
怪我したところを保護して治療して、けして人馴れはさせぬように気をつけて、回復と同時に野生…とはいってもそもそも再現合成したジオラマ公園のドーム内だが…に戻した藤色蝶紋ヤモリのその後の様子を調べに行って、他にも気になる生物や植物を色々と調査してまわって、さあ戻ろうと思った時には時刻はだいぶ遅くなり薄暗くなっていた。
人造とはいえ規模からいえば間違いなく深いといえる森の中の一本道の隘路を通る。
通い慣れた職場のなかだが、今日は様子が違った。
「…?」
鳥や虫が(侵入者警戒!)のコードを発している。
と、思った時には、声をかけられていた。
「よーう。やっと逢えたなバニーちゃん!」
「遅かったじゃん。今日この時間にここで待ってりゃ逢えるって情報、ガセかと思ったぜ?」
瞬時に(危険!)と本能で悟ったが、すでに走って逃げられるような状況にはない。
努めて、落ち着いた声を出してみた。
「…誰ですか? ここは一般開放されていないエリアです。観光客のかたは侵入禁止ですよ!」
「かーわいい~♪ 声までか~わいい~♪♪」
無責任に囃したてる口調には、まともに会話をする気はないという意思表示が含まれている。
「あんたがアレだろ? あの有名な。頼めば誰でもヤラせてくれるという白兎なバニーちゃん♪」
「…何の話ですか…」
しらばくれてもムダとは思ったが悪意ある無責任な噂を肯定してやる気もない。
白兎じゃなくて《乱交猿》と蔑称される種族とのハーフだが、バニー呼ばわりは「誰でもいつでも性交可能」を意味する地球系特定職業の制服に似ているという揶揄と、自分の両耳が動物のように広がって斜めに立ち上がっている「耳翼」と呼ばれる形で、色の薄い柔毛のせいで長く見えるからだろう。
優は恐怖で早鐘を打っている心臓をごまかすために必死で冷静に分析脳を動かした。
どこからどうやって森の奥まで入り込んで来たのか、襲撃者たちは十数人はいる。
若くて体格がよくて筋肉だけはむきむきでオツムは軽そうで、親のコネとか金回りだけは良さげな、そ品性と知性は最底辺に下劣な、定番とも呼ぶべきチンピラたちである。
にやにやと下品な嗤いを浮かべて腰をゆらゆら前後に揺すっているから、地球系人類の表情や感情や機微にはいまひとつ疎くて鈍感な異星系ハーフの優にでも、その襲撃の意図は明白だ。
「前ここで働いてたって奴からアンタのお尻の噂を聞いてさ~♪」
「可愛いスグルちゃんの可愛いお尻ぃ~♪」
「すげぇ具合がいーんだって?」
「頼めばいつでもやらせてくれんだろ?」
「あんたの文化圏だと、初対面の奴にセックス誘われて、断ったら失礼だって?」
「誰でもオッケー? おっけーおっけー!」
「…てことでみんなで『お願い』しに来ましたー♡」
「高かったんだぜー? ここまでの案内料!」
…知るかい!
優は内心で絶叫した。
まただ。また、みんなに…
…広明に。
…迷惑を、かける…。
悲しくて、唇を、噛んだ。



まずいことに、この辺りの監視カメラは先日の嵐で壊れたまま修理が終わっていない。
武器か退路はないものかと、焦りを抑えて必死であたりを見回した。
舗装された道幅は、作業用車両が一台通れるくらいで、この時間にここを通りかかる予定の車も人もない。
前後から挟みうちにされていて、走っては逃げられない。
…頭上は?
見上げれば、上から樹冠を見下ろす参観学習用の空中散策路が通ってる。
…あそこまで木登りで行ければ、通報用の非常電話があるな…。
考える間にも近づいてきて腕を掴もうとしていた奴らからは咄嗟に跳びのいた。
最初の数人までなら、日頃からこんな時のために鍛錬している護身術の基本通りに蹴り飛ばし殴りつけ、ぶん投げて、放り飛ばして。
それから隙をついて小道の脇の浅い沼地を跳び越えて…樹上に!
走りぬけようとした。
その足元に。
希少種の七色イモリが泳いでた。
…踏んだら潰れる…!
とっさに足の位置をずらした。
みごとに転んだ。
泥にまみれた。
げらげら、笑い声がわきあがった。
「…ど~したの~? バニーちゃーん!」
「見かけによらず強いね~! おれら驚いちゃったよ~?」
ずるりと、腕を掴んで泥の中からひきずり上げられ。
乾いた小道の上に押さえつけられ、
四肢を開かれて。
勝手に服をはだけられ、ベルトをはずされ、
下着を…
(暴力だ! …これは…、親愛の性行為じゃなくて、…性の… 暴力だ…!)
本当に怖くて、がたがた震えた。
必死で叫んだ。
「…た、…救けて…ッ!!」

3.問題解決

いきなり広明がダッシュで走り始めた。
「あ? おい!」
声をかけても、振り向きもしない。
銀河人類最速レベルの俊足ですっ飛んでいく。
「………またかよ!」
事態を覚り、ミロウシも慌てて後を追った。
前にも何度かこんなことがあった。
優の危機に際してだけ、広明はとつぜん超能力者になる。
「…警備室! 事件らしい! 通路E57東方!」
走りながら端末を取り出し、とりあえず警備隊の応援を要請しておく。
嵐で崩れた森林内散策路の補修作業の帰り際。機器類は整備して電源も切った後だったので、よかった。
地球人類標準程度の速さで走って追いつくと、すでに事態は収束しつつあった。
広明が、憤怒の形相でちぎっては投げ、ちぎっては投げ、侵入者どもを手早く殴り飛ばしてついでに一人一人の股間を蹴り上げ踏みつけつつ、スタンガンで気絶させていく。
(…その場合、股間蹴りは過剰防衛つうか… 余計だろ?)
個人的なつっこみを入れるつもりは、むろんなかった。
「…ごっ …ごめんなさい…ッ!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている優の表情が、なおいっそう可愛い。
ほぼ裸にひんむかれて、薄い色の柔毛におおわれた局部もシッポもむきだしで。
しどけなく座り込んで。
あられもなく服の端ヒダが手足に絡みついて動きを封じられているのが、なおエロい。
(…股間直撃だぜ…!)
ミロウシは慌てて視線を泳がせつつ。
…まぁ相方が、敵の股間を特に執念深く撃破しているのは、単なる八つ当たりだよな? と敵さんのほうに少しばかり同情した。
「いや… おまえさんは悪くないだろ? …ったく、奴らどっから入り込みやがった?」
「誰か…っ 案内したやつがっ、…いるってっ、…言ってた…ッ!」
エロっぽく喘ぎながら涙声で報告せんでくれ…とミロウシは己の理性と友情を総動員しながら必死であらぬ方角を眺めわたす。
「…案内人?」
「盗掘犯どもだよ」
急行してきた航空警備隊のエアクラフトから降り立ってきた人物がそう告げた。
「やつら侵入者の数が多いほうがこっちの監視網を攪乱できるだろうってんで、カネとってスグルの特秘画像を餌にして、強姦ツアーを募ったらしい。」
「…ごうかん、つあぁ…!?」
なんて嫌な響きだ。
「それにしても、どうしてスグル個人の移動経路と通過時間まで、特定できたのか…」
続く不穏な疑問詞に、ミロウシはさらに唸った。
「…だいじょうぶか、スグル?」
航空警備隊所属のクーリは顔馴染だ。
優の超天然媚態にもびくともしないのは、タイプは違うが彼自身も同格の超絶美形で、さらには長年連れ添った熟愛カップルの相棒が隣にいるからだ。
(もっとも、その相棒のほうは慌てて視線と意識をそらす努力をしていることを、ミロウシは見逃さなかった。)
「破れてなければ、早く服を直しなさい。広明が戻ってこれなくて困っているだろう?」
「…あ! …ごっ! ごめんなさい…っ」
「謝る必要はないから。」
わたわたと服を直す優は本当っに可愛い。
小動物的な悩殺級のエロ可愛さだ。
…もふりたい!
ミロウシは友情と煩悩の板挟みな泥沼にはまり深く深く悶絶苦悩した…。



「…………優ッ!」
服を整えたのをはるかかなたから目の端で見届けたのだろう、ようやく息をはずませて広明がものすごい勢いで慌てて駆け戻ってきて、膝をついた。
「…怪我はないか? やつらに何かされたか?」
「ううん… でも、怖かった…!」
優の大粒の涙に、広明は言葉を失った。
「あいつら、心の中が、真っ暗で、ぐにゃぐにゃで。…僕を、ばかに、してた…ッ!」
接触エンパスでもあるユーヴェリーの血が濃い優には心理的なショックのほうが、体への暴力よりもはるかにダメージが大きい。
「…からだは? なにかされたか?」
「ううん。そっちは… 広明が、来てくれたから…。…無事。」
見上げるでっかいうるうるした涙目には、全幅の、信頼の光が…。
…ぐらぁ~り…
と。
親友の理性がそのまますっ飛びそうになっている事態を、同情と苦笑をこめてミロウシは見守った。
「…侵入者どもは我々警備部で連行するから。スグルをはやく連れていってやれ。」
事情をだいたい知ってるクーリが、ぽんと力をこめて広明の肩を叩いた。
「知ってると思うがユーヴェリーは精神外傷に弱いんだ。今夜うなされないように、早目にメンタルケアを受ける必要がある。」
「…あぁ、うん。…すぐに!」
広明は、(本当はお姫様だっこで! 大事に運びたい!)…という本音をありありと顔に透けさせながらも、
…それでは途中で自分が犯罪者になってしまう!…自覚が重々あるので、くるりと背をむけて、優におぶされと合図した。

4.事態悪化

「っ、…あ、あのねっ! …その前に!」
律義で礼儀正しいおりこうな優ちゃんが、まだエロ荒く息をはずませながら、言った。
「この前は! …も! だけど…! …ごめんなさい…っ!」
「…この前?」
思わず聞いたのはミロウシだ。
言われた広明はかちんと固まっている。
…身には覚えがあるらしい。
「ぼく玄関なんかで待ち伏せしてごめんなさい! ストーカーみたいだよね! 遅刻させちゃってごめんなさい!」
「…いや… あれは… 俺が…。…そもそも… 俺がッ!」
なんとな~く、話の流れの方向性をさとって、不幸にして居合わせたその他三人が非常にばかばかしい気分になりつつ、そっぽを向いてさりげなく距離をおいた。
「…すまん! 本当にすまん! あんな場所で、あんなことを! それもいきなり!」
「…ううん…?」
きょとんと小首をかしげる優の、天然ぼけな愛らしさは、ほんとに犯罪(誘発)級だ。
そっと広明の地面についた両手に、自分の掌を重ねながら…
瞳をみつめあげて、優しく微笑んで…
告げる。

「…ぼく驚いただけで。嫌じゃなかったし。
あの時なにも言えなくってごめんなさい。
ああいう時は、なにか、気のきいた褒め言葉を言わなくちゃいけないんだよね?
地球式だと。
ぼくよく分らなくって。
でもあれは暴力じゃなくて優しかったし。
友達だからでしょ?
ぼく、広明の感情はあまりよく読めないんだけど、いつだって優しくしてくれるし。
だいじな友達だし。
…あの…
地球人て、ほら、

言葉は悪いけど、リーン以上に『万年発情期』って体質だから。
いきなり、いつでも、ああなるから、
…時々不便なんでしょ?
それはちゃんと知ってるから。
ぜんぜん厭じゃなかったし。
もちろん怒ってないし。
ぼく広明のことは大好きだから。
いつも、すごく救けてもらってばっかりだし。
それなのにぜんぜん何も、お礼もできてないし。
…だから。
いつでもぼくが必要な時は、…言ってね?
ぼくなんだってお手伝いするから。
この間はとつぜんだったからびっくりしちゃって、
ぼく何もお手伝いしてあげられないうちに
広明かってにイっちゃってたから、
ぼく本当にそれ、残念だったから。
広明なら、ほんといつでも好きなように『使って』くれて構わないから。
遠慮なんかしないでね?
ね? …ぜひ。」

広明は、…気の毒なほどに真っ赤になって…
黄色くなって、青くなって、…どす黒くなった。
心底、まじめに、真剣に、本気で!
惚れて…惚れすぎて、惚れぬくあまりに、手のひとつも握れないほどの、相手から。
「いつでも気軽にセフレに使ってね♪」
とか、言われて…
(そしてなおかつ「他のたくさんの人たちと同じように。」という意味合いで。…だ!)
嬉しい男が、はたしているだろうか…? (いや、いない…)
「…………違うッ! …違うんだ~ッ!!!!」
哭きながら絶叫すると、広明はダッシュではるか彼方へと、再び走り去っていった…。



(あ~、ありゃーまた外構一周フルマラソン走り切るまでは、戻って来ねーなー…。)
やはり、実は幼馴染の親友が本気の本気で惚れこんでいる!という驚愕の事実に気がつく前までは、という、ごく限定的な期間のみの間柄では、あったが。
「可愛いスグルちゃんの可愛いお尻♪」に、一度ならず繰り返し、親しくもありがたくお世話になった(ほぼ交際関係だ、とそのころは思っていた)時期があった、ミロウシとしては…
ただ困惑して、事態を見守るしか、なかった。
…だってだ。
十代の健全な地球人しかも日系の男子に!
あの可愛い、性別のない、むしろ聖別されたとでも表現したくなるような、繊細な白毛の兎耳に無邪気に輝く子猫のような瞳の。
美少女ではなく美少年でもありはしない、優しく礼儀正しい両性具有の…相手から。
「もしよかったら、いつでもお相手しますよ?」なんて、
にっこり、微笑まれて…
そのありがたくも天使の福音かと思わんばかりのお誘いを、断われるやつがいたら。
そのほうが、よっぽど… ありえない、事態というべきだった。
(…広明くらいだろ…?)
ミロウシはため息をついて、広明の突然の暴走に呆れたふりを装いつつ、実は内心で、うっすらと忸怩たるものは感じつつ。…も。
「あの… ぼく、また、なにか… 失言? しちゃった…??」
優の涙目が可愛すぎて、コレ独占できるなんてうっきうきだ~♪
「あ~、あいつはさっき使ってた電ノコのスイッチ切り忘れでも思い出したんだろ! ほっとけほっとけ!」
…役得役得♪ と、喜んで優を(もちろん広明に遠慮なんかせず、お姫様だっこで!)
抱き上げて医務室まで、運んだ。

5.起源解説

リステラス銀河の最初期においては中心星系から発した先史人類が存在したが、文明の爛熟期に至って政治的かつ精神的な進化退行の病に陥り、星雲の端々まで増え広がっていた全ての植民都市群を道ずれに、ある時を境に短期間で一気に滅びた。
リスタルラーナ母星にかつて遺されていた上古文明遺跡がその一例である。
後代において《ユヴァの猿族》と呼ばれるのは、この遺跡の滅びよりも少し前、膿み腐れた階級身分制物質偏重文明に嫌気がさして都市生活を離れたいわゆる《世捨て人》の一群であったと推測されている。
都市内人類は(心の病の蔓延により)自滅したが、もともと完全閉鎖系であった環境管理都市群の滅びは惑星環境にはなんら悪影響を及ぼさなかったため、《ユヴァ》族は脱出済みで良かったと祝して野外生活を楽しみ、そのまま数万年の時を野生生物の一種となり生態環境に同化して、口伝と歌唱詞をもってのみその来歴と精神文化の機微を伝えた。
彼女らはすべて両性具有種で、また生まれながらにして一族すべてが高度のテレパスでもあった。
例えば一人が自分の足の裏に棘が刺さったかな?と思えば、瞬時に後ろにいる同族の「眼を借りて」自分の足の裏の様子を観て、手を伸ばして精確にそれを抜き取ることができた、というような使い方がされていた。
彼女ら自身はこの力を《共鳴共感の力》ニワンサーと呼んでいた。
すべての争いを未然に防ぐことのできる天与の力であった。



数万年の後、別の惑星で生き残っていた上古文明の娯楽用実験生物らの子孫が増え広がって新たな文明を成立させた。そして爛熟し、滅びた。
その最終争乱において惑星上の生存環境を壊滅させたため、新天地を求めて急造された原始的な星間移動船で旅立った彼らが、数百年の深宇宙彷徨の末、辿り着き、墜落同然に落下して移住したのが、現在のリスタルラーナ母星であった。
その彼らが増え広がったのが現在のリスタルラーナ文明圏人類の祖である。
始め惑星上赤道付近の温暖湿潤な地域に展開していた彼らは、やがて乾いて寒冷な高緯度地方に向けて開拓入植を進めていった。
辺境において未知の類人猿族との接近遭遇が起こった。
じつのところ《ユヴァ》側ではむしろ新来の移住難民たちのほうを《進化途上の猿》リーンと呼んでいたのだが、外見としては、毛深く大柄で鈍重に見え、手をついて歩き、草や木の実を指で摘んで生で食べ、むきだしの野原で丸まって眠る彼女らのほうが野生動物たる《猿》という概念に近かった。
《ユヴァの猿族》と《リーンの裸猿たち》はお互いに距離を保ちつつ当初は平和な隣人として過ごした。



《ユヴァ》は両性具有であり精神共鳴者であった。個体という概念は薄く、群体として生存していた。
その生殖活動もまた協同共鳴の行為であり、発情期がおとずれた個体は群れの中心へと集まり、偶然その時期を同じくしていた同族すべてと互いに深く睦みあい交歓し、子種を交換し、あい孕んだ。
妊娠期は数ヶ月ほどで出産は安定しており死産や流産は少なく、生まれた子への育乳期間は十年ほどに及んだ。誰が誰に授乳するといったこだわりはなく、すべての親がすべての子を愛し、群れ全体としてはぐくんだ。
一方で《リーン》の猿たちは入植過程において小さい単位に分断されることが多く、また慣れない異星環境での暮らしで飢餓や未知の病に斃れることも多かった。
死に分かれ、また貧困のあまりに捨てられることもあり、まだ幼い子どもがただひとり野に泣き叫ぶことが度々あった。
《ユヴァ》は憐れんで養子に迎え、抱いて温め、乳を与えた。
この養子らは精神共鳴の力を持たなかったため、ユヴァは長らく忘れていた《音の言葉》を発して会話することを思い出し、《リーン》の言葉を覚えて世話をしてやった。
やがて子らは《ユヴァ》よりはるかに素早く成長し、生殖年齢に達した。
《リーン》は雌雄に分かれた単性生殖の体をしていたが、《ユヴァ》はあまり気にせず、それぞれの群れの真ん中の《性交の広場》に交えてやった。
ここで問題が…静かに…起きた。
《ユヴァ》の発情期は一度の出産授乳が終わるごとに十年一度の半月ほどであったが。
《リーン》の子どもはひとたび生殖年齢に達すると、数十年を経て老衰するまで延々と果てなく発情期のままである。
牝の子どもはまだ良かった。
妊娠すれば性欲は収まり、おとなしく育児に専念するから。
しかし、牡は。
食餌と睡眠の時間のほかは、すべての労力を狂ったように生殖に費やした。
しかも《共鳴の力》を持たぬので、行為の相手が喜んでいるのか苦しんでいるのか、快感を分け合っているのか苦痛しか与えていないのか、まったくおかまいなしに自分勝手で強引な抜き差しばかりを果てなく繰り返すのであった。
一方的な長時間の行為の強要に痛めつけられて心を病み死に至る者さえも出た。
一人の耐えがたい苦痛は《共鳴》して群体すべての苦痛となった。
幾つかの群れでは牡の子どもを厳しく叱りつけ、教導しようとはしたが、効果がないと見切ると子を《リーン》の村へと放逐し、群れの居住地を遠くへ移した。
また幾つかの群れでは逆に《共鳴力》があだとなって牡の子どもの怒りに屈した。
子は犯して犯して犯しつくし、やがてやせ衰えて死んだ。
その期間に発情期を迎えていたすべての《ユヴァ》からは《リーン》の血をひく子どもが生まれた。
その子どもは毛が薄く、《共鳴》の力も弱く、しかし体格は大きく、雌雄の別がある者と両性具有の者とに分かれた。
《ユヴァ》は牡と牝の子どもは《リーン》の村に捨て子し、両性具有の子だけを連れて、次第に《リーン》から遠ざかり、やがては姿を消した。
結局、《共鳴》の力は弱く、性欲だけは人一倍強かったこの子どもたちの遺伝子が移住後の群れのすべての個体に種つけされまくり…
やがて、純血の《ユヴァ》は絶滅し、姿を消した。

6.移動経路

ここまでは世界有数の自然生態研究機関である惑星(ティアラ)の公設植物園に勤めるほどの者ならば『外来種との交雑による原生種純血性の喪失崩壊』の代表例として、誰もが熟知するところである。
…おれは高校の時に、その貴重なユーヴェリーの末裔のしかもさらに希少かつ世界唯一の「地球人との自然交雑」という国家レベルで保護育成観察対象指定にされてる一種一個体の超絶希少種たる優に、初対面でいきなりうっかり「援交猿」(※《乱交猿》という一般的な蔑称ですらなく、まだ十五歳だった優のあまりな可愛らしさに目がくらみ「今すぐ手を出したい!」と発狂したあまり、言い間違えたのだ!)…と失言をかましてアッパーカットを喰らった広明の罰則ボランティア学習のつきあいで、当のユーヴェリー村に社会奉仕に行かされた時のビデオで知ったんだけどな~…
等と、ミロウシは必死でまじめかつ学術的なことを考えて自分の煩悩の気をそらそうとか、無駄な努力をしながら走った。
なにしろその見た目の愛くるしさと、さらにそれすら上回る天然ぼけでまっすぐ素直で親切公平な性格の神々しさのあまり、周囲の者すべてを無意識に悩殺しまくっている最終兵器な優ちゃんが、
「…ぅえ~ん! ミロ~!」とか涙声ですすり啼いて、
「また広明に嫌われた~!」
などと、あるはずもない完全誤解で悲嘆にくれながら、お姫様だっこで運んでいる自分の首にしがみつき、ぐすぐすとべそをかきながら、その可愛い頭と髪と耳の柔毛を、くりくりと、こすりつけてくるのである…
( …股間、直撃だ…!)
「…おや。最短最速で来たねぇ…」
息を切らしながらようやく医務室にたどりつくと、ストップウォッチで所要時間と、優が常時身につけているGPSで位置および移動経路をしっかり監視していたらしい担当医が、にや~り…と笑った。
と言うのも優が強姦や輪姦や、そこまではいかなくても性的接触強制犯罪や未遂事件に遭うのは、けしてこれが初めてではなく。
以前には職務の一環として医務室まで急行中だったはずの救護隊員らにその途中で密室に連れ込まれて再度輪姦された、なんて悲惨な事件まで、起こっているわけで。
「…ス・グールが可愛いのが悪いんだー!」とか、
「おれたちは誘惑に敗けただけだー!」とか、
叫びながら警察に連行されていったが。
輪姦事件現場から手遅れで事後に救出されてぼろぼろ泣いている被害者を。
その哭いている姿が可愛かったから!という理由で、さらに寄ってたかって再度輪姦する救護隊員。というのは…本人たちが如何に情状酌量を要求しようとも、容認されてはならないだろう…。
(当然ミロウシだって奴らの二の舞を踏んだりはしたくない!)
まぁ、そんなこんなで優の身辺にはいろいろと厳重警戒が必要なのだが。
「…じゃ、優、またあとでな! おれは緊急会議にカオ出してくるから、内容は後で教えるな!」
「うんありがとうミロ。…ほんとに今日は、眠るまで一緒にいてくれる…?」
「…おう。後でな!」
「うん。またね ♡ 」
ミロウシは必死のなにくわない笑顔をたもって天使のあたまをぐしゃぐしゃ撫でると、ふふん判ってるんだぜ?という顔でにやにやしている医師は無視してダッシュで駆けだし、そのまま個室に直行して我慢の限界物件を解放してやった。



まぁどうせそのタイムラグの理由はなかば公然とバレているので気恥ずかしくはあったが、少し遅れて会議に参加した。
優を急襲した集団は、さらにタチの悪い重犯罪である盗掘団によって侵入時のカモフラージュのために運び込まれてきたという。
そいつらは航空警備隊の活躍によって未然に逮捕されたが、首領級は逃げ出した。
近日再犯される危惧が極めて高い。
この「植物園」には、麻薬も毒薬も絶滅危惧種も…いろいろ満載で。
世の中には、どんな大金を払ってでも「珍しいものを手に入れたい!」という偏執的かつ変質的なコレクターというものが絶えたこともないわけで…。
とりあえず、先日の嵐で壊れたまま手がまわりきらず後回しにされていた外構の監視カメラ網には緊急予算がついて最速で修理と増設が行なわれることが決まった。
そのため外部からの業者応援も頼むことになり、その業者が作業中にうっかり希少種を傷つけたり、実は盗掘犯の一味であったり…等ということがないよう、内部の熟練スタッフが各チームの作業監視についてまわるとか。
近隣他園との連携もとりあって、喫緊で作業スケジュールの変更とシフト換えと員配置の変更伝達事項が云々と延々と…
まぁ基本が実は「優の保護対策要員」として採用されている自分と広明には直接関係ない異動の話を片耳で聴いてメモだけとりながら、ミロウシは今夜の甘く恐ろしい拷問?の時間を想って、ひたすらそわそわしていた。



優に対して大失言をかまして注意罰則を喰らったはずの広明と、好奇心半分のつきそいで行っただけの自分は。そのユーヴェリーの保護居留地を訪問した際になぜか「無害」判定のお墨付きを頂戴してしまった。
彼女(彼)らは基本全員が接触エンパスなので。
表向きの言動の粗さや不器用さはどうあれ、それが悪意や無知傲慢の罪によるものなのか、はたまた悪気は全くなくて、ただの大ぼけな失言野郎に過ぎないのか…
…触ってみれば、解る。というのだ…。
自分も広明も、地球系人類十代後半青少年の普通に健全な性欲に暴走することはあっても。
けして悪意で、他人を傷つけて平気、というたぐいの人間ではないと…。
ありがたくも、お墨付きを頂戴してしまい。
広明は土下座せんばかりの勢いで優に失言を謝りたおし、もちろんすぐに赦してもらえて。(逆にアッパーカットの件を平謝りに謝り返され。)
父方は同じ「地球産日系人」という文化的背景を共有していたこともあり…
個人的にも、すぐに和解して、すっかり仲良くなってしまい…。
周辺環境からも認知されて、ボランティアとしても、職務としても、「護衛」的な役割を、期待され、与えられてしまい…
それでも。
ミロウシは一時は誘惑にかられて性的な関係を、幾度も。持ってしまったのだが。
広明は、それに気がついた後ですら、絶対に、自分はそうしようとは…しなかった。
あくまでも、「保護者」に徹しようと…ひたすら…
無駄にも思える努力を、していた…

7.密室殺人

「…わぁいミロ、ほんとに来てくれたー♪」
「おうよ。約束したじゃんよ!」
「忙しいのにごめんねー! ありがとうー!」
深夜に私室を訪問すればドアを開けたとたんに笑み崩れてにこにこと、心の底から嬉しそうに抱きついてきて安心した顔を見せてくれる優をハグすれば、ミロウシの決心なぞ、すぐにも揺らぎそうになるのだが…
自分はもう、絶対になにもしない。
そう広明に誓った。
信じているかどうかは、知らない。
優が、地球人における生殖目的以外のセックスという行為の意味を誤解したままでいるかぎりは。
…だ。
「ぼく本当にひとりで眠るのって苦手なんだよ。特に嫌なことがあった日にはさ。」
「おう知ってる。」
ユーヴェリーは基本が群れて暮らす生物だ。「猫だんご」状態になって密集して眠る。
「でも他の人に『今夜は一緒にいてくれる?』ってお願いすると、お喋りとかしてるうちに何だか色々と脱線して手首の体操とか眠る前の軽い運動とかが始まっちゃって睡眠時間が短くなっちゃうことが多くて。
かえって疲れたりするし。相手の人たちも寝不足になるみたいだし。
みんな忙しいのにそんなにしょっちゅうぼくの都合で添い寝を頼んでたら悪いでしょ?
だからなるべく沢山の人に交代で、平均して公平にお願いするようにしてるんだけど…」
…いや…。それはそもそも地球人における「添い寝」の概念と違う…。
「でもミロと広明だけは本当に一緒に眠ってくれるからたっぷり休めて大好きー!」
もう着替えも歯磨きもきちんと済ませてわくわくしながら待っていたらしい優はぐいぐいとミロウシの手をひいてベッドへ一直線だ。
…おいちょっと待て。
「広明にも? …頼んだこと、あるのか?」
「うーん… 時々ね。」
おい聞いてないぞ。
「ほんとに添い寝だけしたのか?」
「ううん? それは嫌なんだって。ミロ以外の誰かと一緒だと眠れない体質なんだって。
そんで、ぼくが眠るまで枕元に座って、たくさんお話して、手ぇ握っててくれたよ?」
「ほう。」
まったく健気なやっちゃ…。
「じゃあおれは絵本でも読んでやろうか?」
「…ぼく子どもなわけじゃないから!」
ぶんむくれた優の、可愛いこと可愛いこと…。
おれはおもわず抱きしめた。ベッドのなかで。
一緒に並んで、…横に、なりながら…。
「…ミロ?」
ひたいに口づけて。
ほっぺたに口づけて。
誤解はさせないように。
背中に腕をまわして、当然ながらすでに危ないおれの股間はけして当らないよう、姿勢に気をつけて。
安心させるように足先だけ、搦めて。
優は微弱ながらユーヴェリーの特徴たる接触エンパスの能力は、あるから。
ミロウシが欲情していることは分かる。
そしてそれ以上に、大きな親愛の情があるから性的行為に及ばない。という、地球人にしては超絶矛盾した(と優は思っている)論理の説明については、あまりよく理解できているとは…思えないが。
「…ありがと。ミロ。」
ぴったりと胸に寄り添われるのは、ほんとに冷や汗ものの…
拷問なのだが。
その地球人の「変な」やせ我慢と、払われる自己犠牲的な多大なエネルギーの量は…
ユーヴェリーにとっては「面白い」ものらしい。
くすくすと、本当に幸せそうに、嬉しそうに、目の前に横たわるミロウシを見つめて、笑いながら…
やはり今日のことで精神的に疲れていたらしい優は、すぐに目を閉じ、すぅすぅと規則正しい寝息をたてはじめた。



まぁちょっと、それからその、色々…。
眠っている優の唇に口づけたり。
ついでにちょっとだけと…結局かなり…
舐めてしまって…みたり。
こっそりと、ゆっくりと、唇をこじ開けて、舌まで…
ちょっとだけ…ちょっとだけだ…
けっきょく深く…搦めて…、
舐めて…吸って…して…
みたり。

背中の性感帯でもあるユーヴェリーの特徴の白い柔毛の縞々のしげみを…
起こさないようにと気をつけながらだ…
すこしばかり…すこしだけだ…
撫でて撫でて…
してみたり。

発情期ではないのでひっそりと閉じたままの
前がわの生殖孔の割れ目のしげみも。
こっそり…触って…撫でて…
して…みたり。
指でそぉっと…細くかたいすきまに割り入れて。
温く乾いている奥まで… そぉっとだ…
触ってみたり。

うしろのおしりの穴のまわりも…
起こさないようにそっとだ! そっと…
指で、愛しんで…
いつくしんで…
なでなでと。

涙が出てくるぐらいに愛しい。
起こしたい。

でも… けして、しない…。
鼻を鳴らしてぐずったりして、優の安眠を妨害は…しないように。
色々と、最低限の自制だけは総動員しながら…

けっきょくいろいろかなり、
…熟睡している相手に無断で行うには犯罪に近いレベルまで…、
おさわり、しまくって… しまったが。

…まぁ、挿れなかったんだから。

赦せ広明…

8.新案特許

とりあえず自分で抜いて、落ち着いて、手と顔を洗って、なにくわぬ人畜無害そうな表情をちゃんととり繕えているかどうかを鏡でよくよく点検して、
…深呼吸してから。
携帯で広明を叩き起こして、今すぐ来い! と呼びつけた。
ダッシュで飛んで来た。
(どうせ眠れてなかった。…よな?)
「おう、おれの理性が限界だ。こいつ夜中にうなされそうで心配だからさ。あと頼む」
「…………おう。わかった。」
固まった表情で短く返事をしたのは、自分の理性のほうがよっぽど信用ならないと広明は自分で思っている。せいだが。
…その理性さっさと捨てちまえよ? まったく…!



翌朝。
にこにこと、とても嬉しそうな優のうしろから一緒に食堂に現われた広明を目にした一瞬だけは、「おぉっ? ついにまとまったかっ?」…と、さりげなく気にしてそわそわしていた「交代で添い寝」要員ご指名な関係者十数名たちは内心どよめいてみたのだが。
嬉しそうなのは優だけで、広明のほうはいつもと同じ少し困ったような笑みを浮かべた寝不足のしょぼ目でエスコートしていたので、「…な~んだ…」と嘆息しつつ。
実は安堵に胸をなでおろしている自分たちの本音に、内心の後ろめたさも味わう。
当の優はそんなカラダの関係各位の胸の裡になど、まったく気がついていなかった。
(あくまでも彼はテレパスではなく「接触エンパス」なので…。)
「おはよー! ミロウシー!」
「おう。おはようさん。」
「起きたらミロじゃなくて広明がいたからびっくりしたー!」
「サプライズだったろ?」
「うん嬉しかったの! ありがとう~!」
まぁ朝一番から首ったまにかじりついてハグしてくれての両頬に素早く感謝のキス♪…とかいう役得な余禄に与かったのは一応、労が報われた。と思っておくべきか…?
ミロウシは広明の寝不足の顔は斜めに眺めてとりあえず無視して、今朝の定食は七番がおまえの好きそうなメニューだったが売り切れも早そうだったから急いで行ってこい!と優に教える。
「うんありがとう! 広明のも買ってくるね! 同じでいい?」
「あぁ。頼む。」
「うん!」
駆けだしていく優たんのよく動くあんよとお尻がとっても可愛らしいな~ゆうべは惜しいことをしたな~。…とかミロウシはぼんやり考える。
その隣に、無言でどさっと広明が腰をおろした。
「…どうよ?」
「いや? どうも?」
なにしろ同じ新生児育成施設でほぼ同じ銘柄の遺伝子ロットの掛け合わせで受精されて隣の孵卵器から同日同時刻に産み出されて同じ授乳施設の隣の保育器で育ち。
同じ養育施設の同室で暮らして誰よりも長くずっと一緒に過ごして。その後もなぜか縁があって馬が合って小中高大のすべての学生時代とついには職場まで一緒に採用された。
もし仮に自然出産で生まれた子どもだったら「二卵性の双子」と言ってもいいくらい、濃いつきあいの二人だ。
会話は、とことん短い。
「さっさとハーレム解散させろよー!」
「やだ。」
「変だろオマエの考え方」
「変じゃねーよ。」
「う~ん…★」
広明は、唯一無二の恋人に選ばれるのでなければ意地でも優とセックスはしたくない。と言い張り。
優はひとりで眠るのが苦手だからと手あたり次第に「友人を」ベッドに呼び込む。
呼ばれた友人は当然のごとくベッドで優に「友人以上の」関係と行為と好意を求める。
…でも実は優だって広明が「一番大好き!」なんじゃん!…と、すぐに気がつく。
そこでモメて優に嫌われて追い出されて終わる場合と、甘んじて「セックスも!させてもらえる大事なお友達♪」な関係に落ち着くかどうか…で、立ち位置が天地に別れる。
(…やっぱり、変だろ…??)
今や職場寮内で公然と「優のハーレム」と呼ばれる「友人」集団は、う~んと唸る。
しかなかった…。
(さっさと普通にくっつけよ~ッ!)と、みな、思うのだが。
それでも優の「添い寝」に呼ばれれば。
「なにも手を出さずにただ一緒に眠る」なんて芸当は。
少なくともそう関係者全員に宣言して自分を追い込んでしまった広明以外には…
無理だった。



だけどその朝の優はとてもとても嬉しそうだった。
他の誰と一緒に食堂に出てくる時よりも、瞳の輝きがだんぜん違った。
なんなら、いつもこの手で行くか? とミロウシは真剣に検討してみた。
いつも眠る前には、おれが行って寝かしつけてやって。
(…まぁちょっと触る…以外は…何もせずに!)
広明に、その間に先に最低限の睡眠時間は確保させてやって。
朝、起きる時に、優の枕元に待機させといてやれば。
想いの深さのあまりに空回りして、すれ違いまくっている相思の人間同士に。
これ以上、淋しく虚しい(そして周囲の迷惑な!)毎日を、過ごさせずに済むように…
と。
こそりと「関係者」には意見交換と根回しを済ませて。
夕飯の時に二人に提案してみよう。と。
思っている最中の職場の朝礼で、その事変は、起きた。

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